
(7)
「少し、休憩にしましょうか」
数日後。
イタチの修行の相手をしていた鬼鮫は、イタチにそう言った。
「まだ始めたばかりだぞ?」
「そうですが。何だか…お疲れのようなので」
イタチは反論しようとして口を開いたが、何も言わぬまま口を噤んだ。
そして、倒木に腰を降ろす。
「少し、睡眠不足が続いただけなのにな。我ながら情けない…」
「何ヶ月もずっと体調不良が続いていたのだから無理もないですよ。それより……お子さんに何かあったんですか?」
鬼鮫の問いに、イタチは首を横に振った。
「では……サスケさんと……?」
イタチはすぐには答えなかった。
鬼鮫はそんなイタチが口を開くのを、辛抱強く待った。
「__最近…サスケはどうしている?」
暫くの沈黙の後、答える代わりにイタチは訊いた。
「サスケさんと、会っていないんですか?」
「側近たちと会議のあった晩以来、姿を見せていない。俺の方から会いに行くことも出来ないし……」
幽かに眉を顰めたイタチを、鬼鮫は見つめた。
側に歩み寄り、隣に腰を降ろす。
「…あなたはご自分の事を話したがらない人だから、私も無理には聞きませんでした__今までは」
でも、と、鬼鮫は続けた。
「今はあなたの本心が知りたい。だから話してくれませんか?何故あなたが、サスケさんを拒んでいるのかを」
イタチは答えず、鬼鮫のほうを見もしなかった。
沈黙が続き、鬼鮫が答えを聞くのを諦めかけた時に、イタチは口を開いた。
「……伊織を見ていると、サスケが赤ん坊だった頃の事を思い出す。サスケと一緒に居ると、思い出すのは二人ともまだほんの子供だった頃の事ばかりだ」
そして、と、イタチは続けた。
「昔の事を思い出せば、俺たちが血の繋がった兄弟なのだと、その事を考えずにはいられない……」
------俺とサスケは実の兄弟だ__余りに不自然だし、自然の摂理に反する…
妊娠したと知った時のイタチの言葉が、鬼鮫の脳裏に蘇った。
確かにイタチは実の弟と深い仲になる事を躊躇っていたが、子供を産むと決意した時にふっ切れたのだと思っていた。
「……私はあなたがサスケさんを受け入れる決意をしたから、お子さんを産む気になったのだと思っていましたが」
「サスケは俺が子供を産む事を望んでいたが、サスケの為に産む気になった訳では無い。何の罪も無い生命を闇に葬り去ってしまうのが、忍び難かっただけだ」
イタチの言葉に、イタチが子供を産む決心をしたのは始めて胎動を感じた時だったと、鬼鮫は改めて思い起こした。
イタチがサスケの子を孕んだと知った時、イタチを取り戻すことなど出来ないのだと半ば諦めていた。
だが元々イタチは望んで妊娠した訳では無く、イタチの言葉を信じるならばサスケと肌を交わしたのも一夜だけの事だ。
言ってみれば、一時の感情に流されただけ。
妊娠したのはほんの偶然の結果に過ぎない。
「…確かにあなた方は血の繋がった兄弟ですが、恋人同士になってもそれを咎める者は、ここには誰も居ませんよ?」
内心、逸る気持ちを抑えて、静かに鬼鮫は言った。
「非難される事を恐れている訳では無い。自分で正しいと信じられるなら、誰に何と言われようと構わない。だが俺には……これが正しい事だとは思えない…」
では、と、一呼吸置いて鬼鮫は続けた。
「もう一度サスケさんの記憶を操作して木の葉の里に帰らせようと、今でもそう考えているのですか?」
イタチの表情が幽かに曇るのを、鬼鮫は見逃さなかった。
眼を伏せ、イタチは小さく溜息を吐いた。
「……このまま大蛇丸のフリをし続けるのがサスケの為になるとはとても思えない。いつか誰かに見破られるか、そうでなくとも自らを偽り続ける事に耐えられなくなってしまうだろう。それに伊織も……。重い障害が残るならば別だが、木の葉の里で暮らす方が幸せな筈だ」
鬼鮫はイタチの手に軽く触れた。
そしてこちらを見たイタチを、まっすぐに見つめる。
「サスケさんやお子さんの為は別として、あなたはご自身はどうしたいのですか?」
「俺は……」
イタチは視線を逸らした。
「……判らない……」
「__判らない…?」
「サスケや伊織と離れたくは無い。だが俺は伊織に母親だとは名乗れない。両性具有だと気づいてからもずっと男として生きて来たのに、今更、『母親』になどなれない。だが伊織を手元に置いたまま、欺き続けたくも無い。それに……サスケの望みにも応えられない……」
鬼鮫はイタチの手に触れたまま、イタチの横顔を見つめた。
身を引く決意をしたのも、イタチに口止めされていた真実をサスケに告げたのも、全てはイタチの為だった。
サスケと結ばれる事が、イタチの何よりの望みなのだと信じていた。
それにイタチとサスケが一緒にいる姿は絵のように美しく、自分よりもサスケの方がイタチに相応しいのだと半ば自嘲気味に思ってもいた。
だが実際には、サスケとの恋はイタチを苦しめている。
それならば、と、鬼鮫は思った。
それならばイタチをサスケから奪い返す事を、躊躇うことなど無いのだ…と。
「……例え『正しいこと』では無くとも、あなたもサスケさんもそれを望んでいるのなら、罪悪感を感じる必要など無いのでは…?」
イタチの真意を確かめようと、敢えて鬼鮫は言った。
「…サスケはまだ子供だ。一族を皆殺しにしたあの時には、8歳にもなっていない子供に過ぎなかった。一族の中で孤立していた俺を救おうとして……道を誤った」
「……でもそれは、サスケさんがあなたを愛していたから__」
「あの頃の俺があんな風にサスケに依存してしまわなかったら、サスケは道を誤らなかった筈だ」
「…どういう事ですか?」
イタチは答えず、倒木から立ち上がった。
鬼鮫は暫く間を置いてから、ゆっくりとイタチに歩み寄る。
ツーマンセルのパートナーとして7年以上も寝食を共にしてきたのに、イタチがこんな風に自分の内心を語った事など殆ど無い。
きっとサスケが会いに来なくなったせいで悩んでいるのだろう。
そのせいで眠れぬ夜を過ごし、弱気になっている。
今、聞き出してしまわなければ二度とこんな機会は無いのかも知れないのだ。
「あなたがサスケさんに依存していたとは、どういう意味なんですか?」
イタチは答えなかった。
鬼鮫は更にイタチに歩み寄ると、大きな手をイタチの両肩にそっと置いた。
「話して下さい。あなたが私を、少しでも信頼しているのなら」
イタチは振り向き、夜闇を思わせる瞳で鬼鮫を見上げた。
それから視線を落とし、溜息を吐く。
「…文字通りの意味だ。あの頃の俺は……サスケに生かされていた…」
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