(6)


「お子さんを護る為に嘘を?それはどういう…」
聞き返した鬼鮫の方を見もせず、サスケは続けた。
「あいつが心変わりしたと知れば、オレが居たたまれなくなってこの里を出て行くんじゃないかと、あいつは思っているのかも知れない。オレがそこまで無責任だとは考えないまでも、オレが動揺して大蛇丸の部下たちに正体を見破られるんじゃないかと……」
視線を逸らしたまま苛立たしげに言うサスケを、鬼鮫は黙って見下ろした。
つい今しがたまでは、イタチとサスケは互いを深く理解し愛し合い、他者の入り込む隙など何処にもないのだと思っていた。
だが、理由が何であれイタチがサスケを拒絶しているのはどうやら否定しようの無い事実で、サスケはそんなイタチの真意が判らず疑心暗鬼に捕らわれている。
鬼鮫自身、イタチの本心を図りかねてもどかしい思いをした事が過去に何度かあったが、それは幼い頃から共に過ごしてきたサスケも変わらないらしい。
サスケに対して無意識の内に抱いていた一種の劣等感が薄れてゆくのを、鬼鮫は感じた。
「…こんな短期間の間にイタチさんが心変わりしたとは、私にはとても思えませんが」
「オレだってそんなこと、信じられない。だが、他にどんな理由があるって言うんだ?」
「…もう一度、私からイタチさんに訊いてみましょうか?」

サスケはすぐには答えず、黙って鬼鮫を見た。
もしもイタチが鬼鮫と恋人同士の関係に戻っているなら、そしてそれを自分に隠すようにイタチが望んでいるなら、鬼鮫は嘘を吐き通すだろう。
矢張り鬼鮫に相談したのは間違いだったと、サスケは臍を噛んだ。
これではまるで、自分の弱みを晒しているようなものだ。
鬼鮫がイタチと恋人同士に戻っていなくとも、その可能性があるのだとわざわざ示唆しているに等しい。

「…この事は、忘れてくれ」
低く、呟くようにサスケは言った。
「今、オレがあんたに話した事も、この前話したことも、全て忘れてくれ」
「…サスケさん…」
「つまらない事で悩んでたオレがガキだったんだ。イタチとオレの間には伊織という娘もいる。イタチは伊織を可愛がってるし、オレにも優しくしてくれる。それなのにイタチの気持ちを疑ったりしたオレがバカだっただけだ」
だから、と、サスケは続けた。
「忘れてくれ。そして、二度と口にしないでくれ」



「サスケ…?」
夜になってイタチの部屋を訪れたサスケを、イタチは意外そうな表情で迎えた。
「今夜は大蛇丸の側近たちとの酒宴だったのではないのか?」
「…断った」
短く、サスケは答えた。
「何故、そんな事を?会議で何かあったのか?」
サスケは答える代わりに視線を逸らした。
そのサスケの腕に、イタチは軽く触れた。
「鬼鮫は暁のスパイの可能性が高いから、この里から追放するようにと側近の一人が進言したそうだな」
「……誰がそれを?」
「カブトだ」

イタチの言葉に、サスケは苛立ちを感じた。
今夜ここに来たのは、イタチが自分を拒んでいる理由を聞き質す為だった。
理由も判らずに拒まれる__そんなもどかしい想いに終止符を打ちたくて、イタチの本心を聞きに来たのだ。
だがもし、もうお前を愛してはいないのだと告げられたらと思うと、その可能性を考えるだけで胸が痛む。
だからイタチがいつものように優しい言葉をかけてくれたなら、こんな疑惑などただの思いすごしで、何も心配する事は無いのだと自らに言い聞かせただろう。
それなのに、イタチが心配しているのは鬼鮫の事だ。

「……カブトと妙に親しそうだな」
サスケの言葉に、イタチは幽かに眉を顰めた。
「カブトが俺の目の治療をしている事はお前も知っているだろう?その時に話を聞いただけだ」
「そんな事は判ってる。オレが言いたいのは__」
途中で、サスケは口を噤んだ。
鬼鮫もカブトもどうでも良い。
ただ自分がイタチを愛しているのと同じように、イタチも自分を想ってくれているのだと、その確証が欲しい。
イタチが妊娠したと知った時に産む事を望んだのも、子供がいれば二人の結びつきが強まるのだと信じたからだ。
鬼鮫からイタチを奪い返し、自分だけのものにしたかった。
そしてその望みは叶った筈だった。
だが今にして思えば、それはただの思い込みだったのかも知れない。
「オレが言いたかったのは……カブトは信用できないから、あいつの言葉を鵜呑みにしないで欲しいって__」
「では、鬼鮫を追放しろと言った側近などいなかったという事か?」

サスケの言葉を遮って言ったイタチを、サスケは改めて見つめた。
脳裏に浮かぶのは、大蛇丸の部屋に呼び出した時の鬼鮫の落ち着き払った態度。
1年前にかいま見た、イタチと鬼鮫の情事。
暗闇の中だったから姿ははっきりとは見えなかったが、それだけに却って吐息や息遣いが耳にこびりついている。
そして二人は8年も寝食を共にし、互いを信頼するパートナーであったのだという事実__

「……追放しろと言った側近はいた。状況を考えれば、当然の事だ」
「それでお前はどう、答えた?」
心配そうに問うイタチに、苛立ちが募るのを、サスケは覚えた。
「『今はただ、泳がせているだけ。不穏な動きが見えたらすぐにでも殺す』…と。勿論、あの人を殺したりはしない。でも場合によっては……この里から出て行って貰うことになるかも知れない」
「…本気で言っているのか?」
信じられないと言いたげな表情で、イタチは問うた。
「しょうがないだろう?あんたと伊織を護るためには、オレは『大蛇丸』でいなければならない。誰かに勘付かれる訳には行かないんだ」
「それは、判っている」
言って、イタチはサスケの頬に軽く触れた。
「こんな形でお前にばかり負担を強いるのは俺も不本意だ。だがもう暫く様子を見て、伊織が酸欠状態で生まれた事の後遺症がどの程度の影響を及ぼすか見極めるまでは、ここから動きようが無い」
「……その通りだ。だから伊織の為に、鬼鮫さんにこの里から出て行って貰わなければならなくなるかも知れない。オレだってそんな事はしたくない。だが__」
「判っている」

相手の言葉を遮って、イタチはサスケから離れた。
そして、苛立たしげに髪をかきあげる。
その姿に、サスケは嫉妬が募るのを覚えた。
もしもイタチが鬼鮫と恋人同士の関係に戻っているならば、自分は体よく利用されているだけだ。
そしてそんな風に疑う自分と、疑いを持たせるイタチに苛立ちを感じる。

「あんたが何年もずっと一緒だったパートナーを裏切りたくない気持ちは判る。だが……これは伊織の為だ」
「……判っている」
だが、と、サスケの方を見ることもなく、イタチは言った。
「鬼鮫は俺の為に暁を抜けたのだ。この里を追放されたら、どこにも行くあてなど__」
「オレはあんたの為に皆を殺したんだ……!!」




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