(4)


「鬼鮫と一緒に、『狩り』に行っていたそうだな」
その夜。
サスケがイタチの部屋を訪れると、イタチはそう言った。
「あ…あ。心配させたくなかったから、あんたには言わなかったけど」
「戻ったばかりなのに、明日は側近たちとの会議だそうだな」
イタチの言葉に、サスケは幽かに眉を顰めた。
「…誰が、それを?」
「カブトから聞いた。出来るだけの協力はすると、カブトは言っていたが……」
言って、イタチはサスケの髪を優しく撫でた。
「お前にばかり負担をかけて、済まないと思っている」
「そんな事……」
サスケはイタチの身体に腕を回し、抱き寄せた。
「オレはあんたと伊織を護る為なら何だってする。負担だなんて、これっぽっちも思ってないぜ?」
それより、と、サスケは続けた。
「あんたが夜中にも伊織の様子を見に行ってるって鬼鮫さんに聞いたけど…あんたこそ、そうやって無理をしてるんじゃないのか?」

イタチは幽かに微笑い、首を横に振った。
そのイタチを、サスケは間近に見つめる。

「…あんたは最初は子供を堕ろす積りだったんだろう?子供が出来てあんたがどんなにショックを受けたか……。オレはもっとあんたの気持ちを考えてから、産んでくれって言うべきだった」
「……過ぎたことだ」
眼を伏せ、呟くように言ったイタチの頬に、サスケは軽く触れた。
「妊娠中にあんなにあんたの体調が悪くなるなんて思ってもいなかったし、あの頃は自分の浅はかさを後悔した。だけど__今はただ、感謝している」
「…サスケ…」
「大蛇丸のフリをしなけりゃならないせいでたまにしか会いに行けないが、それでも…伊織はオレの__オレたちの__宝物だ。伊織を産んでくれた事、あんたにはどんなに感謝してもしきれない」

答える代わりにただ微笑ったイタチに、サスケは口づけた。
軽い、小鳥のような口づけだ。
それからあらためて抱きしめ、しなやかな髪に指を絡める。

「綺麗な髪だな……。柔らかくて、艶やかで。オレの癖毛とは大違いだ」
「…ひいお爺様がお前と同じような癖毛だったと、いつか母上から聞いた事がある。伊織は、どちらに似るのだろう」
「どっちでも良いけど…オレはあんたに似てくれたほうが嬉しい」
「残念だな。俺はお前に似たほうが嬉しい」
軽く笑って言ったイタチを、サスケは改めて見つめた。
何度か心中で言葉を反芻し、それから口を開く。
「なあ……。今夜、ここに泊まっても良いか?」
サスケの期待に反して__そして予想通りに__イタチは首を横に振った。
「明日は大蛇丸の側近たちとの重要な会議なのだろう?戻って準備をするか、さもなければ早めに寝るべきだ」
「オレはただ……あんたの側にいたいだけだ。あんたの望まない事は、何もしない」

サスケの言葉に、イタチは幽かに眉を顰めた。
そして、視線を逸らす。

「鬼鮫から聞いているのだろう?俺は夜中に何度か伊織の様子を見に行く。俺が起きれば、お前も起してしまいかねない」
「そんな事、構わない。出来れば一緒に行きたい位だけど、それは出来ないからせめて__」
「戻って、休め。お前は疲れている筈だ」
自分の言葉を遮って言ったイタチに、サスケは軽い苛立ちを覚えた。
「……何で鬼鮫さんにまで嘘を吐いたんだ?それとも、鬼鮫さんがオレに嘘を言ったのか?」
「…サスケ…?」
「カブトに確認した。そうしたら、あんたが夜中に伊織の様子を見に行っているのは昼間、何か気にかかることがあった時だけだって…」
それなのに、と、サスケはイタチの腕を掴んだ。
「何でいつもオレを拒むんだ?オレのどこが気に入らない?それとも…まだ鬼鮫さんに未練があるのか?」
「…鬼鮫の事は、関係ない…」
「だったら何故なんだ?ただ側にいさせてくれって言ってるだけなのに、それさえも拒むのか?」
イタチは僅かに躊躇い、それから改めてサスケを見た。
「…何故、俺の言葉を疑って、カブトを信じる?」
「……カブトの言葉を鵜呑みにした訳じゃない。あんたと言ってる事が食い違ったから、伊織の世話をしてる医療忍たちに確認した」

そうしたら、と、サスケは一旦、言葉を切った。
ひと呼吸おき、それから続ける。

「あんたが夜中に伊織のところに来た事は、一度も無い…と」
「それは俺が口止めしたからだ」
澱みなく、イタチは言った。
「伊織は俺を言いなりにする為の人質だ。そう、大蛇丸の部下たちは信じている。昼間、俺が伊織に会いに行くのも監視つきだ。だから夜中に自分の部屋を抜け出して子供の様子を見に行っている事など無論、大蛇丸は知らないし、秘密にしていて欲しいと頼んである」
サスケは口を噤んだ。
イタチの言っている事は筋が通っているし、カブトを信じてイタチの言葉を疑う積りもない。
だが、それでもどうにも遣り切れない。
「……今夜、一晩だけ……オレの側にいてくれないか?」
夜闇を思わせるイタチの瞳を見つめ、サスケは続けた。
「伊織には医療忍たちがついている。一晩くらい、あんたが見に行かなくても何の問題も無い筈だろう?」
「…伊織はそうだろう。だがお前は明日、大切な会議を控えているのだから、もう自分の部屋に戻るべきだ」

だからこそ__咽喉まで出掛かった言葉を、サスケは噛み殺した。
だからこそ、不安でたまらない。
だからこそ、側にいて欲しい。
だがそんな弱音を吐いて、不用意にイタチを心配させたくは無い。
何より、自分の『弱さ』を認めたくない。

「__判った……」
言って、サスケはイタチから離れた。
ドアに歩み寄り、立ち止まる。
「…一つだけ、聞かせてくれ」
「…何だ?」
相手に背を向けたまま、サスケは問うた。
「今でも……鬼鮫さんを愛しているのか?」
イタチは幽かに眉を顰めた。
予想の出来る問いだったにも拘わらず、実際に問われてみると、意外なほどに胸が苦しい。
「……仲間として…信頼している」
「だったらもう一つ」
声が震えるのを何とか押さえ、サスケは続けた。
「カブトの事…どう、思ってる?」
幾分か驚き、イタチはサスケの後姿を見つめた。
こんな事を問われるのは心外だ。
だが冷静に考えるならば、この問いも予想しておくべきだったのだろう。
「…カブトは大蛇丸の側近で、大蛇丸がお前の身体を器として乗っ取るのに協力した。その事実は、何があっても赦せない__決して」




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