(2)


躊躇い、言葉を選びながら訥々と話すサスケを、鬼鮫は黙ったまま見遣った。
「だから別に素っ気無いって訳じゃ無い。オレが行くのを待っててくれてるみたいだし、愚痴も嫌がらずに聞いてくれる。だから__」
途中で言葉を切り、サスケはもう一度、溜息を吐いた。
「……だから、何ですか?」
サスケは続きを促した鬼鮫を瞥見し、すぐにまた視線を逸らした。
「だから……尚更、判らない。どうしてアイツがオレを…」
受け入れてくれないのか、と、殆ど口の中で呟くようにサスケは言った。
16の少年にしては随分と控えめな物言いだが、サスケのようにプライドの高い者に取って、いわば恋敵である自分にここまで打ち明けるのは余程の決心が必要だったのだろうと、鬼鮫は思った。
イタチとサスケの性格には正反対と言っても良いほど異なっている面もあるが、プライドが高く本心を他者に見せたがらないところは共通している。
自分と深い仲だった数ヶ月の間も、イタチは自分の過去の事など話してくれなかったし、感情の全てを曝け出していたとは思えない。
それでも肌を交わし、イタチを腕の中に抱きしめて眠れば、確かに愛されているのだと信じることが出来た。
だから、サスケが悩む気持ちは判る。
「まだ体調が良くないんじゃないですか?」
それが理由ではあるまいと判っていながら、鬼鮫は言った。

イタチの体調が落ち着き伊織を保育器から出せるようになった時、それまでいた研究所からこの隠れ家に移り住んだ。
大蛇丸には敵が多く常に生命を狙われているので、一箇所に長く留まるのは危険だからだ。
研究所には大蛇丸の人体実験の為の医療忍が数多くいたが、今この隠れ家にいる大蛇丸の部下は、カブトの他には伊織の世話をしている数人のくのいちと、警護の為の少数の忍だけだ。
イタチは体調が回復すると共に鬼鮫を相手に少しずつ修行をして身体を慣らしている。
まだチャクラコントロールがうまく行かず疲れやすいのは事実だが、恋人との営みを拒絶するほどだとは思えない。

「だとしたら、何でそう言ってくれないんだ?体調の事を聞いても大丈夫だって言うだけで……」
鬼鮫から視線を逸らしたまま、低くサスケは言った。
イタチがサスケを拒絶しているのは意外だと、鬼鮫は思った。
大蛇丸に捕らえられて以来、サスケとイタチが二人でいる姿を見る機会は余り無いが、それでも二人の間の呆れるほどに強い結びつきが揺らぐ事はないと思っていた。
今では二人の間に子供までいるのだから、その絆は強まる事があっても弱まる事など無いのだと諦めていたのだ。
「……イタチさんは、どう言ってるんですか?」
「誰かに気づかれたら困るとか、今日は少し疲れたとか……。前の研究所と違ってここには大蛇丸の部下は殆どいないし、あいつの部屋には夜は誰も近づかないようにさせてるのに…」
言って、サスケは爪を噛んだ。
暫く黙り込んだ後、改めて鬼鮫を見る。
「最近、あんたと一緒に修行とかしてるんだよな?」
「ええ、まあ…。身体を慣らす程度にですが」
自分を見上げるサスケの瞳に幽かな嫉妬の色を感じながら、曖昧に鬼鮫は答えた。
「オレの事、あんたに何か言ってなかったか?」
「…毎日ずっと大蛇丸の振りをしていなければならないのはストレスがたまるだろうから、それが心配だとは仰ってましたが」
「それだけか?」
「……」

鬼鮫はすぐには答えなかった。
今でもイタチへの想いは変わっていないしサスケもそれは判っている筈なのに、こんな風に相談されるなどと、奇妙な話だ。
だがサスケが相談できる相手など他にはおらず、それだけ思いつめているのだろう。

「…もし宜しければ、私からイタチさんにそれとなく探りを入れて見ましょうか?アナタから話を聞いた事は伏せておきますから」
「そうしてくれると…有難い」
安堵と、それとは別の感情が混ざった微妙な表情で、サスケは言った。
恋敵にこんな事を頼むのは屈辱でもあり、不安でもあるのだろうと、鬼鮫は思った。
「『狩り』の件ですが、いつやります?」
話題を変えた鬼鮫に、サスケは今度こそ本当に安堵したような表情を見せ、それから姿勢を正した。



数日後。
「さっき、伊織がミルクを吐いていたが、大丈夫なのか?」
眼の治療の為にイタチの部屋をカブトが訪れると、相手の顔を見るなりイタチはそう、訊いた。
カブトは軽く肩を竦め、笑った。
「くのいち達が説明しただろうけど、あれは乳児にはよくある事だよ。別に心配する必要は無い」
「だが…」
「彼女たちは自分の子を産んだ経験こそないが、何人もの赤ん坊を育てている。それに医療忍としての知識も経験もある。だから、安心して任せて大丈夫だよ」
「別に疑っている訳では無いが…」
語尾を濁し、イタチは視線を逸らせた。

育児の知識の無い自分の代わりに伊織の世話をしてくれているくのいち達には感謝している。
彼女たちの医療忍としての知識や経験を疑うわけではないが、それでも今まで育てた赤ん坊は皆、人体実験の材料に過ぎなかった事を思うと、幾許かの不安は消せない。
初め、伊織が保育器から出せるようになった時、イタチは伊織を自分の部屋に連れてきて手元で育てる積りだった。
だが、それではイタチに負担がかかるのでカブトとサスケが反対し、育児知識の無いイタチよりは医療忍たちに任せる方が伊織の為だし、何より『人質』である伊織をイタチの手元に置いては他の部下に疑いを抱かせる危険があると言って説得したのだ。

「だったらくのいち達に任せてくれ。君がわざわざ夜中に起きて様子を見に行く必要は無いよ」
カブトの言葉にイタチは相手を見、すぐにまた視線を逸らせた。
何も言わず、前髪をかきあげる。
イタチがそうやって髪をかきあげるのは苛立っている時らしいと、カブトは気づいていた。
そう言えばサスケも最近、沈んだ表情をしている。
二人の間に何かがあったのかと、カブトは興味を覚えた。

「…今日、鬼鮫は用事で出かけると言っていた」
話題を変え、イタチは言った。
「1週間ほど、留守にすると。何の用なのか、聞いても言わなかったが」
「『大蛇丸』様と一緒に『狩り』に出かけたよ」
「『狩り』…?」
鸚鵡返しにイタチは訊いた。
カブトは頷き、続けた。
「音の里の財政は主に賞金首の獲得で賄っているんだ。ところが部下たちが何度か返り討ちにあってね。それで『大蛇丸』様ご自身のお出まし…という訳だ」
「サスケは…俺にはそんな事はひと言も言っていなかったが…」
幽かに眉を顰めたイタチを宥めるように、カブトは相手の手に軽く触れた。
「心配させたくなかっただけじゃないのかな。大蛇丸様ほどで無いにしろ、今のサスケ君は充分に強いし、鬼鮫も一緒なのだから心配する必要は無いとは思うけど」
視線を逸らせたイタチの横顔を、カブトは間近に見つめた。
体調が回復している事は大蛇丸の他の部下には秘密にしてあるので、日中でも髪を降ろし、寝着のままだ。
無論、鬼鮫と修行をする時には忍装束だが、そうして身体を鍛えている事も当然、他の部下には極秘にしてあり、外に出ても余り陽に当たらないように気遣っている。
カブトはその事情を知っているが、こうして脆弱を装っている姿はたおやかで儚げで、まるで誘っているかのようにすら見える。
勿論、イタチにそんな積りがない事をカブトは重々承知している。
だがもし、入り込む隙がまるで無かった筈の二人の関係が揺らいでいるなら……
自分の内部で燻っていた何かが燃え上げるのを、カブトは感じた。





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