
(19)
2日後。
意識を取り戻した鬼鮫を、イタチはカブトに変化して密かに見舞った。
他の医療忍たちを下がらせ、気配が遠ざかるのを待ってから変化を解く。
「腕の傷は、大丈夫なんですか?」
イタチが問う前に、鬼鮫は訊いた。
イタチは口元に、幽かな笑みを浮かべた。
「もう、跡も殆ど残っていない程だ。それよりお前は?」
「暫くは動けませんが、ご心配には及びません」
それより、と、鬼鮫は表情を曇らせた。
「サスケさんは……?」
イタチは黙ったままベッドの端に腰を降ろした。
鬼鮫を見つめ、口を開く。
「身体の傷は医療術で治癒した。今は薬で昏睡状態だが…問題は精神の方だ」
「大蛇丸が…復活したんですね?」
鬼鮫の言葉に、イタチは頷いた。
「どうすればサスケの身体に負担をかけずに確実に大蛇丸の精神を消滅させることが出来るのか、今その方法を模索中だ」
イタチとカブトは禁術の巻物を調べ、その方法を懸命に探し出そうとしていた。
だが月読以上にそれに適した術は無く、そして大蛇丸に同じ術が二度、通用する可能性は極めて低い。何より、タイミングを誤ればサスケの精神を崩壊させる恐れもある。
「こんな時に何のお役にも立てなくて、済みません」
謝った鬼鮫に、イタチは気にするな、と首を横に振って見せた。
そのまま口を噤んだイタチの横顔を、鬼鮫はベッドに横たわったまま見上げた。
「……何か、私に話したい事があるんじゃないんですか?」
イタチは鬼鮫を見たが、すぐには何も言わなかった。
------君はサスケ君か鬼鮫か、どちらかを選ぶべきだ
カブトの言葉が脳裏に蘇る。
もう、答えは決まっているのだろう。
だが、認めてしまうのは躊躇われる。
鬼鮫は暫く黙ったままイタチを見つめていたが、やがて口を開いた。
「…私の事、怒っているのでしょう?」
「何故…そんな事を?」
訊き返したイタチに、鬼鮫は苦笑した。
「説明が必要ですか?」
イタチは幽かに眉を顰めた。
「…あの時、お前はああするしか無かった。大蛇丸が相手では手加減など出来ないのは当然だし、お前が止めてくれなかったら、俺は殺されていたかも知れない」
「でも、私はサスケさんに大怪我を負わせた」
「お前に落ち度は無い。あの時には、ああするしか無かった」
言いながら、呼吸が苦しくなるような感覚を、イタチは覚えた。
肩から胸にかけて鮫肌で引き裂かれ、血みどろになって倒れ伏すサスケの姿が脳裏に浮かぶ。
「それでも……もしもあの時、私がサスケさんを殺していたなら__あなたはきっと、私を赦せなかったでしょうね」
「鬼鮫……」
「あなたがあの時、私を止めたのは、どんな状況であってもサスケさんが危害を加えられるのを黙って見過ごしには出来なかったから__違いますか?」
イタチは鬼鮫をまっすぐに見つめ、その手に触れた。
「済まない……」
枕に頭を乗せたまま、鬼鮫は首を横に振った。
イタチの手を軽く握り返し、微苦笑する。
「…それがあなたの本心なんですよ。認める事を恐れ、否定していた。それでも、抑える事は出来ない」
「……」
無言のまま幽かに眉を曇らせたイタチに、鬼鮫はもう一度、笑った。
「あなたは誰よりも強くサスケさんを愛しているんですよ。失うことなど、耐えられない程に」
「…俺は__」
「サスケさんとの恋に溺れて理性を失う事をあなたは恐れている。でももう、手遅れなんです。あなたはもう、サスケさんから離れる事など耐えられなくなっている」
否定しようとして、イタチは口を噤んだ。
あの時、鬼鮫を止めたのは、忍としては明らかに間違った判断だった。
カブトの裏切りが無ければ、自分もあのまま殺されていたかも知れない。
理性ではその事は充分、判っている。
だがそれでも、もしも鬼鮫がサスケを斃していたならば、鬼鮫を赦せなくなっていただろう。
血みどろで倒れ伏すサスケの姿を見た時、このままサスケを喪うのでは無いかと恐怖に身が竦んだのも事実だ。
もう一度、記憶を操作して木の葉に帰らせるのがサスケと伊織の為だと信じて疑わなかった。
だが今は、それを考えただけで身を引き裂かれるように辛い。
「…お前の言う通りなのかも知れない。今の俺は……サスケを失う事など考えられない__お前には、済まないと思っている…」
眼を閉じ、呟くようにイタチは言った。
鬼鮫は笑った。
「謝る事なんてありませんよ。私の望みは、あなたの幸せなんですから」
「…それで、お前は本当に良いのか?」
胸が疼くのを、鬼鮫は覚えた。
それは傷のせいでもあり、嫉妬のせいでもあるのだろう。
イタチへの未練は断ち切りがたく、サスケを祝福できるようになるにはまだ時間がかかるだろう。
だがイタチの幸せを願う気持ちには何らの偽りも迷いも無いのだと、躊躇いもなく言いきれる。
「どうか幸せになって下さい……。そして、無為に過ごさなければならなかった7年の空白を、サスケさんと共に埋めてください」
「…あの7年が、無為だったとは思わない」
お前がいたから__相手を見つめ、静かにイタチは言った。
鬼鮫はもう一方の手を伸ばし、イタチの腕に触れようとした。
「__!……」
突然、何かが爆発するような衝撃を感じ、鬼鮫は身体が強張るのを覚えた。
すぐにはその正体が判らなかったが、内臓が圧迫されるような威圧感と背筋が凍るような冷気に、凄まじいばかりの質量のチャクラだと気づく。
空間を埋め尽くしているそのチャクラに、金縛りにあったように身体が動かない。
「……サスケ……」
呟くように言って部屋を出て行ったイタチを、鬼鮫は止めることが出来なかった。
大蛇丸の寝所でイタチが見たものは、寝台を中心にして燃え盛る紅蓮の焔と、廊下の隅で立ち竦んでいるカブトの姿だった。
「…何があった?」
声をかけられて、初めてカブトはイタチがそこにいる事に気づいた。
喋ろうとしても、凄まじいばかりのチャクラに圧倒されてまともに声が出せない。
「……僕はただ、点滴を……突然、火が__」
「サスケはあの中なんだな?」
イタチに問われ、カブトは何とか頷いた。
金縛りにあったかの様に、身体が殆ど動かない。
「……!イタチ君……!」
イタチが何の躊躇いも無く焔に身を投ずるのを見た時も、何もする事が出来なかった。
ただ呆然と、焔を見つめ続ける他には。
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