
(18)
「打開策を考えよう」
イタチの向いに置かれた椅子に腰を降ろし、カブトは言った。
「もう一度、大蛇丸に月読を__」
「大蛇丸様が二度も同じ手に引っかかる筈が無いよ。それに三ヶ月前より大分、回復したとは言え、まだ君の眼も体調も万全では無いだろう?」
「では、他にどうやってサスケを救う?」
カブトは眼鏡の蔓に触れ、一呼吸、置いてから口を開いた。
「音の里が存続する為には、強力な求心力となる者の存在が不可欠だ。圧倒的な強さと、人を従わせるだけの『何か』を持った人物が」
そして、と、カブトは続けた。
「君はそれに該当する」
「…サスケを大蛇丸共々、殺せと言う気か?」
イタチのチャクラが険しいものに変わったのを、カブトは感じた。
殺気とは異なるが、息苦しくなるような威圧感を覚える。
音の里の長に相応しいと見込んだ事は間違いでは無かったと、カブトは思った。
「もう一度、大蛇丸様__嫌、大蛇丸が復活したなら、僕は確実に殺される。鬼鮫はまだ動けないし、大蛇丸は今度こそ確実に君を斃す為に、君の娘を人質にするだろう。そうなっては、君は手出しが出来まい?」
「…昨日、大蛇丸は伊織を人質にしようとはしなかった。伊織をあの場に連れて来れば、それだけサスケが必死に止めようとすると判っていたのだろう。それに大蛇丸の動きは鈍かったし、冷静でも無かった。サスケの精神を抑え込んで身体を操るのが精一杯で、大蛇丸には余裕が無かったのだろう」
「昨日はそうだったけど、次がどうなるか判らないじゃないか。それにサスケ君が何とか大蛇丸の精神に打ち勝って覚醒する事が出来ても、いつまでその状態を続けられるのか、確証は何も無い。サスケ君は体内に爆弾を抱えているようなものだ」
何より、と、カブトは続けた。
「君はサスケ君か鬼鮫か、どちらかを選ぶべきだ」
イタチの指先が、ぴくりと震える。
「サスケ君が精神的に不安定になって大蛇丸に復活の機会を与えてしまった理由は、僕が言うまでも無く判っているだろう?サスケ君は嫉妬の余り、鬼鮫を殺そうとさえしていた」
「…そんな言葉は、信じない」
「サスケ君が一族を滅ぼしたのは君の為じゃ無かったのか?実の両親すら手にかけたのなら、恋敵を殺しても不思議では無いよ」
イタチは口を噤み、視線を逸らした。
森の中で鬼鮫の腕に抱かれている姿を見られた時、サスケが確かに鬼鮫に殺気を向けていたのを思い出す。
「サスケ君が何とか覚醒できたとしても、鬼鮫がいればずっと不安定なままだろう。たとえ大蛇丸の精神を完全に殺せたとしても、側近たちを欺き続けるのには限界がある」
「…その側近たちが、俺を里長として受け入れるとは思えない」
「彼らは大蛇丸ではなく、大蛇丸の力に惹かれたんだ。大蛇丸を超える力を持った者が現われれば、そちらに従うだろう。逆らう者がいれば却って好都合だ。君の力を見せ付けてやれば、恐れをなして君に従う事になる」
イタチは、ゆっくりと首を横に振った。
「サスケを、見殺しになど出来ない」
「だったら鬼鮫を諦めるべきだね。サスケ君はもう、あの男の存在に耐えられなくなっている」
イタチは再び口を噤んだ。
椅子から身を乗り出すようにして、カブトは続けた。
「君が一番、護りたいのは誰だ?生まれて間もない娘じゃないのか?だったらこの里の存在を利用して、君の大切な子供を護れば良い。君はサスケ君と娘を木の葉に帰そうとしているらしいけど、サスケ君は一度、里を棄てた身だ。戻ったとしてもすんなり受け入れられる筈が無い。きっと娘とも引き離されるだろう」
そうなったら、と、カブトは言った。
「誰も君の娘を護れない」
イタチは口を噤んだまま、苦しげに眉を顰めた。
カブトは席を立ってイタチに歩み寄り、その手に触れた。
「君がサスケ君を助けたい気持ちは判るけど、彼は不安定で不確実だ。君の娘の為を思ったら、そんな不確実な要素に頼るのでは無く、もっと確実な方法を選ぶべきじゃないのか?」
イタチは逸らしていた視線をカブトに向けた。
初めてイタチに会った頃に感じた、見下ろすかのような視線だと、カブトは思った。
「不確実な要素に頼ろうとしているのはお前の方だ」
「…僕が?」
「俺が以前の能力(ちから)を取り戻せる保証など、どこにも無い。現に伊織を産んで三ヶ月も経っているのに、まだチャクラコントロールすら誤る時がある」
「まだ三ヶ月じゃないか。普通の女性でも、産後の体調が回復するにはそれなりに時間がかかるものだよ」
イタチはもう一度、首を横に振った。
「以前とはチャクラの質も流れも変わっているのが自分で判る。体調が回復しても、以前の能力がそのまま戻るとは思えない」
「……サスケ君を助けたくてそんな事を言っているんだろう?」
「その判断はお前には出来まい。それでも、そんな不確実な要素に頼る気か?」
カブトは暫く口を噤んだままでいた。
それから溜息を吐き、苦笑する。
自分が何故、大蛇丸を裏切ってまでイタチを助けようとしたのか、その理由がおぼろげながら判る。
確かにその美貌に惹かれてはいるが、何より心を捉えて止まないのはどんな苦境にあっても変わらぬ毅然とした態度だ。
幾度もその機会があったにも拘わらずイタチを力ずくで手に入れようとしなかったのは、その誇りを穢したくなかったからだろう。
今の望みは音の里を護る事だが、それは自分の居場所を失いたくないからだ。
思えば草として木の葉に送り込まれた時から__嫌、里抜けした両親が置き去りにした孤児として砂の里にいた頃から__渇望していたのはそこに在る事で安寧と安らぎを得られる居場所だったのかも知れない。
そして『居場所』とは、必ずしも物理的な場所を意味しない。
愛する者と共に在る事が出来れば、定まった場所などなくても安らぎを得られるのかも知れない。
たとえその相手が、自分を愛していなくとも。
「……判ったよ。何とかサスケ君を救う方法を考えよう。時間はまだ、ある__たっぷりと…と言う訳には行かないけど」
カブトはイタチから離れ、ドアに歩み寄った。
ドアノブに手をかけたまま、振り向かずに口を開く。
「一つだけ、言っておきたい事がある」
イタチは何も言わず、カブトが続けるのを待った。
「僕が取引を持ちかけて君を抱こうとしたのは、君の身体に興味があるからじゃ、無いよ」
イタチは幽かに眉を潜めたが、口を噤んだままでいた。
カブトは続けた。
「君を抱けば、僕が死んだ後でも君が僕を覚えていてくれるだろうと、期待したからだ」
「……憎悪の対象として、か?」
カブトはイタチに振り向き、幽かに笑った。
「それでも、忘れられるよりは、ずっと良い」
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