(16)


カブトと鬼鮫が隠れ家に戻ったのは、予定を3日遅れて出発の十日後だった。
「あの男、思っていた以上に強いね。それにチャクラ量も膨大だ。バケモノ並みなのは外見だけじゃなかったようだ。敵との戦いでチャクラを消耗したところを狙って仕留めようと思っていたけど…」
「……殺せという命令は出さなかった筈だ」
低く呟くように言ったサスケに、カブトは肩を竦めた。
「勿論、それは判っているよ。ただ__まあ良い。こうなると、矢張り病死に見せかけるしか無い様だね」

サスケは答えず、視線を逸らせた。
鬼鮫が死んでも、イタチの気持ちが変わるとは思えない。
イタチはいずれ自分から離れてゆく。
そしてそれを止める術は無いのだ。

「……イタチ君と、何かあったのかい?」
黙り込んだサスケに、カブトは訊いた。
サスケは口を噤んだままだ。
「鬼鮫を薬殺するにしても時間がかかる。それまでイタチ君を音の里に引きとめておく為に、何か手を打つべきだろうね」
カブトは眼鏡の位置を正し、続けた。
「娘に障害があると判れば、イタチ君はここに留まるのだろう?」
「……ッ…」

声にならない呻きと共に、サスケは歯噛みした。
イタチを引き止める方法は、もう他に無い。
だがその為に何の罪も無い伊織に故意に障害を負わせるなど、考えるのもおぞましい。

「…君の可愛い娘に苦痛を味合わせたりはしないよ。それに障害があっても医療忍たちが手厚く介護するからね。そう、不幸な事でも__」
飛び掛るようにしてカブトの咽喉元を締め上げ、サスケは相手の言葉を遮った。
「言った筈だ……。伊織に手を出したら殺す、と」
カブトはサスケの手を振り払い、咳き込んだ。
荒い息をし、睨むようにサスケを見る。
「君の手はもう、汚れているんだ。今更……奇麗事を言うな」
「貴様の指図は受けない」
「君はイタチ君の為に両親を殺したんじゃ無かったのか?一族を滅ぼしたのはイタチ君の為だったんじゃないのか?だったら、イタチ君を引き止める為に娘に僅かばかりの傷を負わせて何が悪い?」
脳裏にあの日の光景が蘇り、サスケの身体が幽かに震えた。
口から血を流し、死に切れずに苦しむ両親の姿。
哀しげにこちらを見つめていたイタチの涙。

------俺の為ならば、お前はどんな無謀な事でもするだろう。そしてそれは、いつかきっと身の破滅を招く…

イタチの言葉が、まるで呪いであるかのように耳の奥で木霊する。
「オレ…は……」
「君はイタチ君の為に一族を滅ぼした。イタチ君の言葉通りに復讐を果たす為、仲間も里も棄てた。君が今までやってきた事の全ては、生きてきた時間の全ては、イタチ君の為じゃなかったのか?」
「……だが、イタチは…伊織を……」
聞くまいとするかのように両耳を手で覆ったサスケの手首を、カブトは乱暴に掴んだ。
「君の全てはイタチ君なんだろう?イタチ君を失ったら、君に何が残る?」
「……」
言葉を失ったサスケを、カブトは間近に見た。
「決断するんだ__イタチ君を、失いたくなかったら」




3日後。
自室に居るイタチを、鬼鮫の分身が密かに訪れた。
「決心は付きましたか?」
鬼鮫の言葉にイタチは相手を見、視線を逸らせてから頷いた。
「…体調が戻って記憶操作の術が使えるようになったら、サスケと伊織を木の葉に帰す」
「それで、本当に良いんですね?」
イタチはすぐには答えなかった。
小さく溜息を吐き、それから改めて口を開く。
「……サスケとは、今の関係を絶つのがお互いの為なのだと思う。サスケも伊織も、木の葉に帰った方が幸せな筈だ」
鬼鮫は、イタチの手に軽く触れた。
「…辛いのは今の内だけですよ。サスケさんもいずれきっと、新しい恋に巡り合うでしょうし、その人と二人で伊織さんを幸せにしてくれるでしょう」

鬼鮫の言葉に、イタチは胸が痛むのを覚えた。
無意識のうちに眉を幽かに顰め、それから自嘲気味に笑う。

「…俺では良い『母親』にはなれそうにないからな……」
「私が言いたかったのは__」
鬼鮫が言いかけた時、近づいてくる足音がした。
鬼鮫はすぐに分身を消し、やがてドアがノックされた。
入って来たのは、医療忍のくのいちの一人、沙耶乃だ。
「大蛇丸様がお呼びです」
「大蛇丸が?何故だ?」
問われた沙耶乃は、さあ、と首を傾げた。
綾乃が伊織を部屋に連れて来た日以来、サスケには会っていない。
それが何故、今急に、それもイタチの部屋に忍んで来るのでは無く、大蛇丸の部屋に呼び出すのか不審に思いながら、イタチは沙耶乃の後に従った。

大蛇丸の部屋に向かう途中、イタチはカブトと擦れ違った。
カブトはイタチを呼び止めた。
「どこに行くんだい?」
「…大蛇丸に、呼び出された」
カブトは幽かに眉を顰めた。
3日前、サスケに決断を迫ったが、まだ答えは聞いていない。
今、イタチを呼び出すのは、その事をイタチに話して自分に対する不信感を植え付ける為かも知れないと、カブトは思った。
「僕も一緒に行くよ」
言って、カブトはイタチと共に歩き出した。




「お前を呼んだ覚えは無いけれど、丁度良かったわ」
カブトの姿を見ると、大蛇丸は言った。
軽く頷き、沙耶乃を下がらせる。
ドアが重い音を立てて閉まり、大蛇丸の口元に冷たい嗤いが浮かんだ。
「__!……」
大蛇丸が口から吐き出した草薙の剣でイタチに斬りかかったのと、イタチがそれを避けたのがほぼ同時だった。
だがかわしたのが一瞬、遅れ、身を庇ったイタチの腕から鮮血が迸る。
「イタチ君……!」
「どきなさい、邪魔よ」
イタチに駆け寄ろうとしたカブトを、大蛇丸が一喝した。
「大蛇丸……様…?」

信じられない思いで、カブトは相手を見た。
大蛇丸は三ヶ月前、イタチの月読で精神崩壊を起した筈だ。だが今、サスケの身体を操っているのは、明らかに大蛇丸だ。
三ヶ月前、イタチはとても術など使えるような状態では無かった。
その状態で万華鏡写輪眼が発動したのは文字通りに奇跡だったが、それはどうやら不完全なものだったようだ。
イタチとの関係で思い悩み続けていたサスケの心は傷つき、酷く不安定だった。
その隙をついて大蛇丸が蘇生したのは、当然とも言える。
サスケを追い詰めすぎた__そう後悔した一瞬の後、後悔した自分をカブトは嗤った。
サスケはあくまで大蛇丸の身代わりに過ぎなかった。
大蛇丸が蘇生したのなら、重畳ではないか?

「イタチさん、大丈夫ですか…!?」
血の匂いを嗅ぎつけた鬼鮫が駆け込んできたのはその時だった。
イタチが急に大蛇丸の部屋に呼び出された事を不審に思い、部屋の外で様子を窺っていたのだ。
「お前なぞに用は無いわ」
大蛇丸は吐き棄てるように言うと、袖口から複数の毒蛇を放ち、鬼鮫に襲い掛かる。
鬼鮫が鮫肌で毒蛇を薙ぎ払った時、大蛇丸は苦痛に顔を顰めた。
大蛇丸の動きが鈍り、その隙に鬼鮫は鮫肌で斬りかかる。

おかしい、と、カブトは緊張に身を強張らせた。
鬼鮫の今の反撃で大蛇丸が苦痛を感じる筈は無いし、何よりその動きは、本来の彼の実力を思えば明らかに鈍い。
蘇生したとは言えサスケの意識も完全には消失しておらず、身体を巡って二人の意識がせめぎあっているのだろう。

「ぐうっ……!」
肩から胸にかけて鮫肌で抉り取られ、大蛇丸は呻いた。
鮮血が迸り、金臭い血の臭いが部屋に充満する。
「鬼鮫、止めろ……!」
鬼鮫がもう一度、鮫肌を振り上げた時、思わずイタチは叫んだ。
「もらった…!」
鬼鮫がイタチに振り向いた瞬間、大蛇丸の顔が狂喜に歪み、殆ど同時に草薙の剣が鬼鮫の身体を貫く。
「__!……」

かつての恋人の逞しい身体がボロ布の様に床に叩きつけられる様を、イタチは半ば呆然と見やった。
大蛇丸に受けた傷の出血が酷く、吐き気と眩暈がする。
そのイタチを、大蛇丸は獲物を前にした猛禽の様な眼で見据えた。

「…何かの役に立つかも知れないと思ってお前を生かしておいた私が馬鹿だったわ」
反撃どころか防御するだけの力もチャクラも残っていないのだと、イタチは感じた。
左手で動脈を押さえ、右腕の出血を止めようとするが、既に足元がぬかるむ程の血を失っている。
意識を保っているのがやっとだ。
大蛇丸の血走った目が、呪うようにイタチを睨む。
「お前が死ねばサスケは全てを諦めて私のものになる……だから、死になさい……!」



back/next