
(15)
「大蛇丸様」
サスケが伊織の世話をしている医療忍の訪問を受けたのは、カブトと鬼鮫が『狩り』に出た3日後の事だった。
「カブト先生が1週間もいらっしゃらなくて、何かご不自由な事はありませんか?」
「別に。却ってせいせいするわ」
「大蛇丸様ったら……」
言って、医療忍は明るく笑った。
初めてそのくのいちに会った時、大蛇丸の他の部下との雰囲気の違いにサスケは驚いたものだった。
カブトに問うと、彼女たちは厳密には大蛇丸の部下では無いのだとの答えが返ってきた。
部下ではなく、『作品』なのだ、と。
16年前、大蛇丸は人体実験を行い、一人の人間の細胞から三人の赤子を誕生させた。
実験自体は平凡なもので、同様の実験を大蛇丸はずっと以前から行っていた。だからその実験に特別な意味は無かった筈だった。
常ならば、研究所で生まれた赤子たちは別の実験に使われて長くは生きられない。
だが何故か大蛇丸はその三人を別の実験には使わず、綾乃、雪乃、沙耶乃と名前までつけそのまま育て上げた。
カブトが大蛇丸の部下となった後、三人を医療忍として教育したが、大蛇丸が何故そんな特殊な能力がある訳でも無い子供たちを特別扱いするのか、その理由は訊きだせなかった。
カブトの話によれば、大蛇丸は綾乃たちを我が子のように可愛がり、綾乃たちも大蛇丸を慕っていると言う。
そのせいなのだろうが、綾乃たちは他の大蛇丸の部下のような刺々しい雰囲気が無く、伊織を心から可愛がっているようだし、イタチに対する態度も親切だ。
イタチが伊織の世話を綾乃たちに任せる事に同意したのも、彼女たちが大蛇丸の他の部下とは異なるからだ。
だからと言って気を抜くわけには行かないと、サスケは思った。
綾乃たちは大蛇丸を慕っているからこそ、自分の変化を見破られる危険性が高い。
カブトと違って大蛇丸に忠誠心も抱いているだろうから、見破れば報復しようとするだろう。
何よりの問題は、サスケが三人を見分けられない事だ。
他の部下は勿論、三人の師であったカブトも三人を見分けられないと言う。
だが大蛇丸は三人の誰が誰であるか、言い誤った事は無かった。
だからサスケが三人の名を言い誤れば、すぐに正体がばれてしまう。
「今日は、伊織ちゃんの事で、お願いがあって参りました」
「…何かしら?」
内心、幾分か気構えながら、悠然とした態度を装って、サスケは言った。
「イタチさんが昨日から伏せっていて、起きられないんです。でも伊織ちゃんの事を気にかけてらして……。それで、伊織ちゃんをイタチさんの部屋に連れて行ってあげたいんですけど」
「イタチ君が…?」
サスケは思わず眉を顰めた。
イタチの体調が余り良くないらしい事はカブトから聞いていたが、起きられない程に悪いとは思ってもいなかった。
「カブトからそんな報告は受けていないわ。それで、イタチ君の容態はどうなの?」
「起きられなくなったのは昨日からの事で__」
「何故、それを言わなかったの?」
思わず強い口調で言ったサスケに、医療忍は慌てて謝罪した。
サスケは落ち着け、と自らに言い聞かせ、表情を和らげた。
「良いのよ、お前を責めているんじゃないわ。ただイタチ君は私に取ってとても大切な囚人だから、状態はきちんと把握しておきたいの」
「申し訳ありませんでした、大蛇丸様。ただあの……月のものの事ですので、大蛇丸様にお話するのは障りがあるかと思いまして……」
サスケは笑った。
「お前は医療忍なのよ?そんな事で恥ずかしがる必要は無いわ__それで、イタチ君が起きられないのは出血のせいなのね?」
「はい。お薬は出しておきましたから、痛みはもう無いようです。あさって位には起きられるようになると思いますが……」
サスケはどうすべきか、悩んだ。
今すぐにイタチに会いに行きたい気持ちは抑え難いが、行っても却ってイタチを苦しめるだけかもしれないと思うと、二の足を踏まざるを得ない。
「…如何でしょうか、大蛇丸様。勿論、きちんと監視はつけますから__」
「私が行くわ」
言ってしまってから、サスケは幾分か後悔した。
だが、イタチに会いたいという気持ちは抑えられない。
「鬼鮫も外に出ている時にイタチ君と赤ん坊を一緒にするなんて、逃亡する機会を与えているようなものよ。部下どもの監視じゃあてにならない。だから、私が行くわ」
伊織を抱いた医療忍に続いて部屋に入ってきたサスケの姿に、イタチは幽かに眉を顰めた。
何故こんな、周囲に疑われるような事をするのか、真意が掴めない。
「イタチさん、お身体の具合は如何ですか?」
「__ああ…。大丈夫だ」
医療忍に問われ、ベッドの上に半身を起しながら、イタチは言った。
医療忍はイタチの隣に眠っている伊織を横たえる。
「…お前はもう、帰っても良いわ」
「大蛇丸様……?」
サスケの言葉に、医療忍は怪訝そうな表情を浮かべた。
「久しぶりに、イタチ君と二人で話がしたいの」
「判りました。では…何かありましたらお呼び下さい」
医療忍が出て行き、足音が遠ざかるのを確認してから、サスケは変化を解いた。
そして、改めてイタチに向き直る。
「大丈夫…か?」
「…ああ」
短く、イタチは答えた。
「いつも起きられない位に出血が酷いのか?」
イタチは首を横に振った。
「…産後、初めての事だし、悪露がたまっているのかも知れないから安静にした方が良いと医療忍に言われて横になっていただけだ。起きられない訳では無い」
「そう…か」
サスケは僅かに躊躇ってから、眠っている娘の髪を優しく撫でた。
それから、イタチに問う。
「抱いても良い…か?」
イタチは笑った。
「勿論。お前の娘だ」
サスケは気を遣いながら、まだ首の座っていない娘を慎重に抱き上げた。
ミルクの甘い匂いに鼻腔を擽られながら、柔らかな頬に触れる。
「今更、言うのも何だけど……赤ん坊って本当に可愛いな」
「…そうだな…」
「多分…他人(ひと)の子供だったらここまで可愛いとは思わなかった。あんたとオレの子だから……」
イタチは何も言わず、サスケの腕に抱かれた伊織の小さくふっくらした手に軽く触れた。
それから、サスケを見る。
「…今日は…どうして昼間からここに?」
「さっきの医療忍が、起きられないあんたの為に伊織を部屋に連れて行きたいって言うから……その『監視』に」
「俺に話があると言ったのも、ただの口実か?」
サスケは暫く躊躇い、それから伊織をベッドに横たえた。
「将来のこと…色々考えたんだ。どうすれば、伊織を幸せにしてやれるのか」
イタチは黙ってサスケを見つめ、続けるのを待った。
「確かに伊織には、遊び相手や友達になるような子供が必要だと思う。だから研究所にいる子供たちを連れてきて、一緒に育てようと__」
「子供?大蛇丸は子供や赤子まで人体実験の対象にしているのか?」
相手の言葉を遮って、イタチは訊いた。
サスケは頷いた。
「勿論、人体実験は今はすべて中止させている。研究所は隔離されていて側近でも許可無く近づけないから、実験中止を怪しまれる事はない筈だ」
「…何故、子供たちを親元に帰してやらない?」
「あの子供たちは皆、人買いから買ったんだそうだ。人買いに子供を売ったのは、貧しさや何らかの理由で子供を育てられない親だ」
カブトから聞いた話を、サスケはそのままイタチに話した。
イタチは幽かに眉を顰め、視線を逸らした。
鬼鮫は捨子だったし、カブトは生まれてすぐに両親がカブトを置いて里抜けしたと言う。
忍であれば片親もしくは両親を喪った子供は珍しくない。
それに比べれば、両親が揃い、何不自由なく育った自分たちは恵まれているのかも知れないと、イタチは思った__木の葉にいた頃は、そんな風に思った事は無かったが。
いずれにしろ伊織には、出来るだけの事をしてやりたい。
「…その子供たちは伊織の遊び相手くらいにはなるかも知れないが、誰がその子たちを育てるのだ?家畜を飼うように、食料と衣服さえ与えておけば良いというものでは無いだろう」
「ある程度、大きくなるまでは医療忍に養育させるしか無いだろうな。そんなに人数が多い訳じゃないから、隠れ家を移動する時に連れて行けない程じゃない」
「そんな狭い範囲に、伊織の世界を閉じ込めてしまうのか?」
イタチの言葉に、サスケは口を噤んだ。
「ここは所詮、里とは名ばかりの抜け忍の集まりに過ぎない。こんな所にこのままいては、お前も伊織も可能性を狭めてしまうだけだ」
「だったら里らしくするさ。部下を使い捨てにはせず次の世代を育てる。隠れ家を逃げ回るだけなのを止めて拠点を造り、人が暮らせるだけの設備も整える」
「大蛇丸にどれだけ敵がいるか、判って言っているのか?一箇所に留まるなど、自ら進んで攻撃の的になるようなものだ」
判ってるさ、と、サスケは言った。
「だから護りを強化する為にも、里としての体制を整える。勿論、それには資金も必要だろうから、今みたいに裏世界の賞金に頼るのを止めて、任務の依頼を受けられるようにしていく積りだ」
「お前は考えが甘い。どこの里も安定した任務依頼獲得の為にはあらゆる手段を尽くしている。新興の里が任務獲得に動けば、旧勢力が一斉に潰しにかかるだろう」
それに、と、イタチは続けた。
「大蛇丸は最も強力な忍里である木の葉の仇敵だ。音の里が里としての体裁を整えようと動き出したら、木の葉は必ずそれを阻止しようと__」
「だったら木の葉を潰したって構わない…!」
半ば怒鳴るように言ったサスケを、イタチは唖然として見つめた。
「お前は……本気でそんな事を言っているのか…?」
「言った筈だ。オレはあんたと伊織の為なら何だってする。それで地獄に堕ちるなら本望だ」
眠っていた伊織が泣き出し、イタチはサスケから視線を逸らせた。
伊織を泣き止ませなければと思うが、サスケの言葉にショックを受けて、抱き上げてあやす気になれない。
「…ごめん…。大きな声を出したりして」
サスケは謝ったが、イタチは答えず、伊織を抱き上げようともしない。
「__イタチ……?」
「……矢張り俺が側にいるのは、お前の為にならない…」
「何でそんな__」
「俺の為ならば、お前はどんな無謀な事でもするだろう。そしてそれは、いつかきっと身の破滅を招く…」
イタチは、伊織を抱き上げた。
「その時に、伊織を巻き込む訳には行かない……」
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