
(14)
「僕は医療忍だから、補佐に回る。貴方が負傷した時に治療するチャクラを温存しておかなければならないからね」
数日後。
カブトと鬼鮫は共に賞金首を仕留める『狩り』に出る事になり、カブトは作戦を鬼鮫に伝えた。
成る程、と言って、鬼鮫は哂った。
「医療忍であれば、仲間が生命を賭けて戦っている時に安全な場所で高みの見物をしている立派な口実があるという訳ですか」
「残念ながら、補佐というのはそれほど安全な役回りでは無いよ」
その手の嫌味は聞き飽きたと思いながら、カブトは言った。
通常、医療忍を志願するのは体力的にどうしても男に劣るくのいちなので、男でありながら医療忍であるカブトは、鬼鮫が言ったのと異口同音の嫌味を言われ続けてきた。
無論、戦や危険な任務に同行して仲間の生命を救い、間接的に貴重な戦力となる医療忍は確かに存在している。
だが木の葉の里に大蛇丸のスパイとしていた頃ずっと下忍のままだったカブトは、周囲からは腰抜け扱いされた。
それでも、安っぽいプライドの為に身を危険に晒すのは愚かだとカブトは思っている。
慰霊碑に名を刻まれ英雄と讃えられようと、死んでしまえば何も出来ない。
腰抜け扱いされようが、負け犬呼ばわりされようが、生き延びられればそれで良い。
所詮、忍など任務をこなす為の道具なのだ。
その『道具』がプライドに拘るなど、むしろ笑止__
その考えに何の疑問も抱いていなかった自分がイタチの誇り高さに惹かれたのだから、人間とは奇妙な生き物だと、カブトは思った。
だが自分に無いものに惹かれるという意味では、当然の事なのかも知れない。
ならばイタチは、一体、鬼鮫のどこに惹かれたのだろう……
「それで、いつやりますか?」
「出発は明朝になる。それまでにターゲットの特徴と地形を頭に入れておいてくれ」
「今度の『狩り』も、なかなか愉しめそうですね…」
その名の通り、鮫の様な歯を口元から覗かせて、鬼鮫は哂った。
残忍で好戦的な性格が、手に取るようだとカブトは思った。
だが、イタチに接する時の態度はまるで別人だ。
だからと言って、それだけの理由でイタチが鬼鮫に惹かれたとも思えないが。
「帰りの予定は?」
「順調に行けば、1週間くらいだろう」
帰って来れるものならば__内心で思いながら、カブトは言った。
鬼鮫と別れたカブトは、その足でイタチの部屋へ向かった。
サスケが苛立たしげな態度を取り始めたのと時を同じくしてイタチは沈んだ表情を見せるようになったが、ここ数日は特に憔悴ぶりが明らかだ。
それでも美貌に翳を落とすどころか、むしろ病的な艶が増したように感じられる。
「体調はどうだい?__余り良さそうには見えないけど」
訊いたカブトに、イタチは答えなかった。
その存在を無視するかのように、何の反応も示さない。
「…眠れないようなら薬を処方してあげるよ。習慣性の少ない、効き目の穏やかなやつを」
カブトは言ったが、イタチは矢張り答えなかった。
鬼鮫と一緒にいる所をサスケに見られたのは自分がサスケを唆したからだと思い__事実、その通りなのだが__機嫌を損ねたのかも知れないと、カブトは思った。
「……君の娘に関して、話しておかなければならない事があるんだけど」
その言葉に、イタチは漸くカブトに視線を向けた。
「まだ確かな事は判らないのだけれど、どうやら少し、発育に遅れがあるようだ」
「…それは…」
幽かに眉を顰めたイタチに軽く笑いかけ、カブトは続けた。
「心配はしなくて大丈夫だよ。子供の発育には個人差があるし、未熟児で生まれた子は発育が遅れがちになるものだ」
「…酸欠状態で生まれた事とは無関係なのか?」
「酸欠状態で生まれた事も、早産の為に未熟児だった事も、障害の原因にはなりうる」
それに、両親が実の兄弟で濃すぎる血を引いている事もと、カブトは思ったが、口には出さなかった。
口を噤み、視線を落としたイタチの手に、軽く触れる。
「前にも説明したけど、常位胎盤早期剥離は予防しようのない病気で、子供が未熟児で生まれた事で、君が自分を責める必要はないんだよ?__もっとも、サスケ君の行動が無謀だった事は、否めないけどね」
イタチはカブトの手を振り払って席を立った。
もしもあの時、サスケが一人で逃げていればと、考えずにはいられない。
そうなれば早産は避けられただろうし、サスケも大蛇丸の器にされずに済んだ。
カブトの言葉どおり、身重の自分を連れて逃げようとしたサスケは確かに無謀だった。
その事でサスケを責める積りは無い。
感じるのは、ある種の不安だ。
いつもは冷静なサスケが時に信じられないような無謀な行動に出る。そしてその全ては自分の為だったのだと思うと、やはり自分はサスケの側にいるべきでは無いのだと、思わずにいられない。
------あなたは、サスケさんを失うのが怖いんですよ
鬼鮫の言葉が脳裏に蘇り、イタチは幽かに眉を顰めた。
確かに、夢の中でサスケを奪って行った女には、激しい嫉妬を感じた。
鬼鮫が言っていた通り、サスケの想いを受け入れた後でサスケが心変わりしたら、サスケを赦せなくなるかも知れない。
だが何よりも恐れるのはサスケの心変わりよりも、自分がサスケの側にいる事でサスケの人生を狂わせてしまう事だ。
「…君を脅す積りは無かったんだよ」
黙り込んでしまったイタチに、カブトは静かに言った。
「さっきも言った通り、子供の発育には個人差があるからまだ詳しい事は何も判らないし、脳性麻痺などの兆候は今のところ現われていない」
僕はただ、と、カブトは続けた。
「万が一、障害が残るような事があっても、ここにいれば安心だと言いたかっただけだよ。君の娘は専属の医療忍たちが手厚く看護する。不自由を感じる事もないだろう」
イタチはカブトを見たが、何も言わずに視線を逸らした。
イタチに歩み寄り、宥めるようにカブトは言った。
「君だって、あんなに苦労した末に産んだ娘を手放したくは無いだろう?ここにいれば、親子3人、ずっと一緒にいられる。君が両性具有だとか、君とサスケ君が実の兄弟だとか、そんな事も気にする必要は無い。ここにいさえすれば、君も君の娘も、心無い中傷や好奇の目から護られるんだ」
サスケ君が『大蛇丸』様として里を護りさえすれば、と、カブトは付け加えた。
イタチは、口を噤んだままだった。
「明日から僕と鬼鮫は『狩り』に行くけど、その間に少しでもイタチ君との仲を修復しておくんだね」
イタチの部屋を出たカブトは、次に大蛇丸の部屋を訪れた。
サスケは黙ったままただ相手を瞥見した。
カブトは軽く肩を竦めた。
「君たちは二人ともプライドが高いからね。お互いに意地を張っていては関係が悪くなる一方だろう?」
「……そんなんじゃねぇよ」
低く、サスケは言った。
イタチの哀しげな表情が脳裏に浮かび、胸が痛む。
鬼鮫の言っていた通り、自分が会いに行く事でイタチが苦しむことになるなら、当分、会わないほうが良いのかも知れないとさえ思う。
「君は6歳の子供だった頃からずっとイタチ君を愛していたんだろう?他の男に、それもあんなバケモノみたいな奴に取られても良いのか?」
「……少なくともアンタに横取りされるよりはマシだ」
サスケの言葉に、カブトはもう一度、肩を竦めた。
「僕は君の唯一の味方なんだよ?その事を忘れてもらっちゃ、困る」
それはともかく、と、カブトは続けた。
「イタチ君は夜も碌に眠れないくらい、悩んでいるようだ。君がイタチ君の事を想うなら、行って慰めてやるべきじゃないのかい?」
「オレが行けば、却ってイタチを苦しめる……」
苛立たしげに、サスケは言った。
カブトは軽く眉を上げた。
「もしかして、鬼鮫にそう、言われたのかい?」
「…言われたのは確かだけど、オレは__」
「そうやって言いくるめられているんだよ、君も、イタチ君も。あの男は君たちよりずっと年上だからね。特に君たちのような育ちの良い人間は騙されやすい。イタチ君があの男の恋人になったのも、言葉巧みに誘惑されたからなんじゃないのか?」
サスケは無意識の内に、爪を噛んだ。
「それに君は、あの男がイタチ君に相応しいと思うのか?」
「…それは…」
1年前の夜に見た光景が、サスケの脳裏に蘇った。
あの時には、自分の眼が信じられなかった。
選りによって何故、あんなバケモノみたいな男と…と思ったのは否定できない。
古寺で話した時には鬼鮫のイタチへの愛の深さを感じたが、だからと言ってイタチを鬼鮫に譲る気になどなれなかった。
「…『大蛇丸』様のご命令さえあれば、僕は何でもするよ」
サスケの耳元で、囁くようにカブトは言った。
「いなくなってしまえば、イタチ君もあんな男の事はすぐに忘れるだろう。そして君と別れようなんて考えも捨てる筈だ。そうすれば君の娘にも、実の『母親』と別れて暮らす辛さを味あわせずに済む」
「…伊織……」
「これはイタチ君の為でもあり、君たちの娘の為でもある」
さあ、と、カブトはサスケを促した。
「決断してくれ」
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