
(11)
「『北の庄』は砂の暗部の急襲を受けて廃棄、『第2研究所』は設備の老朽化が進んで大掛かりな補修か、別の場所での新築が必要です」
翌日。
カブトは各地にある隠れ家の状況に関し、『大蛇丸』に報告していた。
「『北の庄』は中核的な隠れ家でしたから失ったのは痛いですね。それに研究所の新設にはかなりの費用がかかります。この前の賞金は部下たちに配分してしまいましたし、新たな収入の事を考えないと__聞いていらっしゃいますか、『大蛇丸』様?」
「聞いている__研究所なんぞこれ以上、建てる積りは無い」
半ば吐き棄てるように、サスケは言った。
カブトは軽く肩を竦めた。
「いつまでも人体実験を停止したままでは疑われるよ。大蛇丸様は常に新しい術の研究をしておられた。君という器を手に入れたのも、その野望を推し進める為だ」
「研究所は隔離されていて側近でも許可無く近づけない筈だ。研究をしているかどうかなんぞ、奴等には判らない」
「君は飽く迄も大蛇丸様の代わりなんだ。勝手にやり方を変えられては困る」
サスケは正面からカブトを見据えた。
そして、低く、言う。
「オレに指図するな」
カブトは反論しかけたが、何も言わずに口を噤んだ。
眼鏡の位置を正し、間を置く。
それから、改めて口を開いた。
「…冷静になって良く考えてくれ。僕は音の里を護りたい。その為に君が必要だ。君はイタチ君と娘を護りたい。その為に、音の里が必要だ。木の葉の暗部や暁に追われながら何の支援もなしに子供を育てるなんてとても無理だからね。要するに、僕たちの利害は一致している」
それに、と、声を潜め、サスケの耳元で囁くようにカブトは言った。
「君は鬼鮫からイタチ君を取り戻したいんだろう…?僕は君の味方だよ。それも、唯一の」
「……」
サスケはカブトを睨み、それから視線を逸らした。
カブトは計算高く狡猾で、とても信頼できる相手では無い。
「…あんたがイタチに言い寄ったのは知ってる」
「それはイタチ君の誤解だよ。僕は無駄な努力はしない主義なんだ。イタチ君が僕に靡く可能性が、万に一つでもあると思うかい?」
そう言いながら、何年も時間をかければ或いは、と、内心でカブトは思った。
鬼鮫がイタチの心を捉えたのは、何年もツーマンセルのパートナーとして寝食を共にし、信頼関係を築いた末の事に違いない。
初めはカブトを徹底的に無視し、その感情を利用して逃亡を図ったイタチだが、娘の名を誉めた時に幽かに見せた微笑は偽りでは無かった筈だ。
だが鬼鮫とサスケがいては、何年、待とうとイタチの心を手に入れることなど出来ないだろう。
但しイタチの能力が回復するまでは、音の里を維持する為にサスケの存在は不可欠。
今、まず始末すべきなのは、干柿鬼鮫だ。
「僕を疑うより、鬼鮫をどうにかすべきだ。幸い、『狩り』に事故はつきものだし」
「…勝手なマネは赦さないと言った筈だ」
「イタチ君が鬼鮫と逃げてしまってからでは遅いよ?」
サスケは荒々しく席を立った。
そして、苛立たしげに歩き回る。
そうしながら、前日のイタチとの会話を思い出した。
意を決してイタチの本心を聞き質そうとしたが、結局、何も得られなかった。
------オレがあんたの事を忘れて、思い出すことも無くなっても、あんたは本当に平気なのか?
その問いに、イタチは答えなかった。
肯定はされなかったからまだ望みはあるのかも知れないが、それならば尚更、イタチが自分を拒む理由が判らない。
イタチの辛そうな表情にそれ以上、聞き質すことも出来なくて部屋を出てしまったが、そのせいで却って蟠りが増してしまった。
「……イタチが伊織をこんな所に置き去りにする筈が無い」
カブトを見る事も無く、サスケは言った。
「それは君がそう、思いたがっているだけで__」
「あいつはオレと伊織を、木の葉に帰らせようとしているんだ」
「大丈夫ですか?」
その頃、イタチの修行の相手をする為に共に森の中に行った鬼鮫は、顔色の優れないイタチにそう、訊いた。
「…ああ」
「眠れなかったみたいですね。眼が赤いですよ?」
イタチは曖昧に頷いた。
そしていっそ眠れなかった方がマシだと思った__見知らぬ女がサスケを奪ってゆく夢を見るくらいなら。
「…サスケさんに何か言われたんですか?」
鬼鮫の問いに、イタチは答えなかった。
鬼鮫はイタチの肩に、そっと触れる。
「迷っているんですか?サスケさんと離れるか、それとも添い遂げるかを」
イタチは口を噤んだままでいた。
そして、幽かに溜息を吐く。
「……サスケも伊織も木の葉に帰った方が幸せなのは眼に見えている。俺が一族殲滅の罪を負って里を抜けたのは、サスケをこんな所で朽ちさせる為では無い」
「ですが…あなたはどうなるんですか?10年も前にした事の罪悪感から、そこまで自分を犠牲にする必要があるんですか?」
イタチは鬼鮫を見、そのまま視線を逸らせた。
夢から醒めた時には嫉妬で身体が震えるほどだった。
そしてそんな自分に愕然とした。
元々感情の起伏が激しい方では無く、忍として任務をこなす内に自分の感情を律する術(すべ)を身に付けた。
イタチのその冷静さは常に周囲の賞賛の的だったし、実際、その冷静さのゆえに数多くの困難な任務を成功させ、僅か13で暗部の分隊長にまでなったのだ。
だがサスケと再会してからは、感情が制御しきれなくなっている。
始まりは1年前のあの夜、サスケを拒めなかった時だ。
あの夜から、何かが変わってしまったかのようだ。
そして、それが酷く不安だ。
10年前のあの頃のように自分を見失ってしまうのではないかと思うと、恐れすら感じる。
「……サスケや伊織と離れるのが辛くないと言えば嘘になる。だが……俺とサスケが一緒にいるのは、お互いの為にならない」
「何故…ですか?」
イタチの伏せた長い睫を見つめ、鬼鮫は訊いた。
イタチは幾分か苛立たしげに、髪をかき上げた。
「サスケの側にいると……冷静でいられなくなる時がある。木の葉にいた頃の事ばかりが思い出されて……」
「10年前の、辛かった時期の事…ですか?」
「…ああ。__そればかりと云う訳では無いが…」
昔を思い出してイタチが感情を乱すのは、サスケへの罪悪感の故だろうかと鬼鮫は思った。
だが、本人が気付いていないだけでイタチもサスケに恋をしていたなら、罪悪感自体が無意味だ。
それに10年前がどうであったとしても、今のイタチは確かにサスケに恋をしている。さも無ければ離れるのを辛く思う筈が無い。
だとすれば、イタチは一体、何を思い悩んでいるのか……
「イタチさん」
正面からまっすぐに相手を見つめ、鬼鮫は言った。
「サスケさんがあなたに恋をしたきっかけが何であったにしろ、あなたもサスケさんを愛しているなら罪悪感を感じる必要など無いでしょう?兄弟としての愛情しか無いのなら、離れる事を辛くなんか思わない筈ですよ?」
「……そうかも知れない。だが……」
イタチは一旦、言葉を切り、無意識の内に首飾りに触れた。
13の誕生日にサスケから贈られた、厄除けのお守りだ。
「…サスケは今はただ俺への妄執に囚われているだけだ。おそらく記憶操作がサスケの感情を歪めてしまったのだろう。だがいずれは、過ちに気づく……」
「サスケさんはあなたを愛した事を、後悔しているとは思えませんが」
「実の兄弟に対する恋情など、一時的な気の迷いに決まっている」
鬼鮫は、改めてイタチを見つめた。
イタチほど冷静な人間が、過去の罪悪感だけでここまで悩むとは思えない。
サスケと離れ難く思うのは、イタチもサスケに恋をしているからなのは明らかだ。
では何故、イタチはサスケの想いを認めようとしないのだろうと、鬼鮫は訝しんだ。
まるで、それを認めるのを恐れているかのようだ。
「イタチさん、あなたは……」
何を恐れているのですか?__静かに、鬼鮫は問うた。
「…恐れる…?」
鸚鵡返しに、イタチは訊き返した。
鬼鮫は頷いた。
そして、言った。
「どうしてサスケさんのあなたへの想いを受け止めてあげずに、ただの気の迷いだと否定してしまうのですか?否定しておきながら、眠れぬほどに悩むのは何故なんですか?一体……何を恐れているのです?」
「俺は、何も……」
否定しかけて、イタチは口を噤んだ。
恐れてなどいないと、否定する事は出来なかった。
得体のはっきりしない恐れと不安__それを、否定する事は出来なかった。
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