
(1)
「二言目には『大蛇丸様らしくもない』って言いやがって、あの野郎。嫌味たらしいったらねぇぜ」
「お前が『大蛇丸』であり続ける為にはカブトの協力が不可欠なのだから、仕方あるまい」
愚痴をこぼしたサスケに、宥めるようにイタチは言った。
「それは判ってるけど、箸の上げ下ろしにまで文句をつけるなんて、姑かよ。大蛇丸が一緒に食事する相手なんてカブトだけなんだから、そんな事までいちいち言う必要ないだろ?」
イタチは何も言わず、代わりにただ微笑った。
「__ごめん。愚痴を聞かせる積りは無かったんだけど…」
「構わない。むしろお前が何でも話してくれたほうが、俺も嬉しい」
イタチの言葉にサスケは微笑を返し、椅子から立ってベッドに腰を降ろしているイタチの隣に座った。
腰に腕を回し、間近に見つめる。
「あんたとまた、こうして一緒に暮らせるなんて…夢みたいだ」
「……そうだな…」
言って、イタチは眼を伏せた。
長い睫が翳を落とし、憂いを帯びた表情は見蕩れるほどに美しいが、サスケは幽かな不安を覚えた。
「…身体の具合はどうなんだ?医療忍たちは、順調に回復してるって言ってたけど」
「ああ…。大丈夫だ」
サスケから視線を逸らしたまま、イタチは答えた。
常位胎盤早期剥離による緊急帝王切開から3ヶ月。
妊娠による体調不良が著しく、一時的に失明していたイタチだが、出産後の体調はおおむね順調に回復していた。
未熟児で生まれた娘の伊織も保育器を出て、健やかに育っている。
サスケはカブトの協力を得て大蛇丸を演じ続け、鬼鮫は今は大蛇丸の部下として音の里にいる。
大蛇丸の側近にサスケの正体を見破られれば崩壊してしまう危ういバランスの上に保たれてはいるが、今の生活は平穏だ。
記憶操作のせいでイタチを恨み憎み、復讐を果たす為に力を求め続けていた頃に比べれば__嫌、比べ物にならないほど__今は幸せだ。
サスケは改めて、イタチを見つめた。
日中は大蛇丸として振舞わなければならず緊張が絶えない。それだけに一日を終えた後、こうしてイタチの部屋を訪れる時が、何よりも心が安らぐ。
そしてこうしてイタチの側にいると、安らぎは昂ぶりへと変わる。
「……イタチ…?」
まだ湿り気の残る洗い髪に指を絡め、サスケは相手の名を呼んだ。
イタチは無言のまま、サスケを見つめ返す。
サスケはイタチの頬に触れて引き寄せ、唇を重ねた。
軽い口付けはすぐに深いそれへと変わり、互いに舌を絡めあう。
「イタチ……」
もう一度、囁くように相手の名を呼び、サスケはイタチの首筋に唇を這わせた。
そして寝着の下に指を忍び込ませようとした時、イタチはサスケから離れた。
「__兄貴…?」
イタチはサスケの声を無視するかのようにベッドから離れ、そのまま窓際に歩み寄った。
サスケは為すすべも無く、黙ってイタチの後姿を見つめる。
「…今夜はもう、戻れ。『大蛇丸』が部屋にいないのを側近にでも気づかれたら厄介だ」
「大蛇丸の部屋には分身を置いてきてある」
サスケの言葉に、イタチは幽かに眉を顰めた。
「そんな事に無駄にチャクラを使うな。ただでさえ、一日中、大蛇丸に変化していなければならないのに…」
「『そんな事』にって……」
サスケは抗議するように言ってイタチに歩み寄ったが、触れるのは思いとどまった。
小さく、溜息を吐く。
「…判った。今夜は戻って寝る」
イタチはサスケに「お休み」とだけ言うと、再び視線を逸らせた。
「どうしました、『大蛇丸』様?浮かない顔ですね」
翌朝、大蛇丸の部屋を訪れたカブトはそう訊いた。
一緒に部屋に入って来たのは鬼鮫で、他の忍はいない。
「別に。何でもねぇよ」
地のままの言葉遣いで答えたサスケに、カブトは眉を顰めた。
「…『大蛇丸』様らしくもない仰りようですね」
「るせぇな。他に誰もいないんだから構わねぇだろう?」
「そういう気の緩みが、大きな失敗の元になるんだよ」
サスケはカブトを睨みつけてから椅子の上で座りなおし、姿勢を正した。
「私の顔色を伺うよりも他にやる事があるでしょう?用があるなら早く言いなさい」
カブトは幽かに口元を歪めて笑い、すぐに真顔に戻ると書類を大蛇丸の机の上に置いた。
「昨日、ご報告した財務関係の資料を纏めました。ご確認をお願いします」
「判ったわ。他には?」
「他ならぬ財務の事ですが…昨日もご説明した通り、資金が底を尽きかけております」
サスケは吐きかけた溜息を噛み殺した。
「その事ならば対策は考えてあるわよ。だから鬼鮫を呼んだのよ」
カブトは鬼鮫を瞥見し、それから『大蛇丸』に向き直った。
「僕は蚊帳の外…という訳ですか?」
「生意気な口を利くのは止めなさい」
低く、『大蛇丸』は言った。
「お前が必要な時にはそう言うわ。出すぎたマネは慎む事ね」
「……失礼致しました」
カブトは深く一礼すると、部屋を後にした。
「…大丈夫ですか、サスケさん?カブトにあんな言い方をしてしまって」
「あいつが大蛇丸らしくしろって言うからそうしたまでだ__それより、頼みたい事がある」
地の口調に戻って、サスケは言った。
外見は大蛇丸の姿のまま、サスケの声で話すのは奇妙な光景だが、鬼鮫はそれに馴れていた。
「金の事…ですか?」
ああ、と、サスケは頷いた。
音の里は『里』と名乗ってはいるものの、大名などから任務の依頼を受ける事は殆ど無い。
従って資金源としては賞金首となっている他里の忍を仕留めるか、夜盗の真似事をして金品を強奪する他に手立てが無い。
そしてその賞金首を仕留める事に連続して失敗している為、里を保持する為の資金が尽きかけていた。
「部下を何度、向かわせても返り討ちにあうだけだ。オレが自分で行くしかない」
「ならば私もお手伝いしますよ」
「そうしてくれると有難い。カブトは信用できないからな」
「久しぶりの『狩り』が愉しみですよ。鮫肌も悦ぶでしょう」
壮絶な笑みを薄青い肌の上に浮かべ、鬼鮫は言った。
それから、改めてサスケを見る。
「ところで……イタチさんと何かあったんですか?」
サスケは鬼鮫を見、すぐに視線を逸らせた。
何でもないと言いかけて思いとどまる。
実際のところ、何週間も前から鬼鮫に相談したいと思っていた。
が、かつてイタチの恋人だった鬼鮫にこんな事を相談するべきではないと、躊躇っていたのだ。
だが、他に相談できる相手などいない。
「何かあったって訳じゃない。むしろ……何も無い」
顔の前で組んだ指を見つめながら、サスケは言った。
「何も無い……とは?」
訊き返した鬼鮫に、サスケは溜息を吐いた。
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