アナタは『人』ではなく
『人でなし』でもない
アナタは俺の
綺麗な『けだもの』
−(5)−
「荒れてるなぁ…」
ぼやいた仲間を、カカシは軽い、だが鋭い一瞥で黙らせた。
それから、自分がたった今、屠った相手の屍骸を見下ろす。
文字通りの、血の海。
胴体から離れた頭。
切り裂かれた腹からは、臓器がはみ出している。
確かに、屍体の有様は悲惨だ。だが、それが何だというのだ?
「君たちがぼやぼやしてるから、俺の仕事が増えたんでしょ?」
平淡な口調でカカシは言った。
苛立っていたのは確かだ。だが、苛立っていようがいまいが、殺すべき敵を殺し、始末すべき獲物を始末することに変わりは無い。
罪悪感を覚えたことは無い。
物心ついた頃には既に人を殺めていた。
それが日常となり、習いとなり、性(さが)となった。
血で染まった川を呆然と見つめている夢を見るのは、罪悪感を感じたいと願っているからかもしれないと、イルカに恋をするようになってから思った。
けれどもあの人は、罪悪感など覚えないのだろう。
殺すことだけを任務としていた『鵺』であった両親をイルカがどれほど誇りに思っているか、カカシもよく知っている。イルカの家に行った時に、何度も古いアルバムを見せられた。
そう言えば、イルカの殺し方はとても『綺麗』だ。
同じ任務に就いたのは一度だけだが、その時に垣間見た剣さばきの鮮やかさは、まるで舞を舞っているかのように優雅だった。
そして何より、えげつないまでに巧妙で強力なトラップ。
あれは、正に芸術だ。
「カカシ先輩…!探しましたよ」
一人の忍が息せきって駆け寄って来たのは、何と言ってイルカの機嫌を直させようかとカカシが考え始めた時の事だった。
相手がイルカと同じ小隊の忍だと気づき、カカシは緊張を覚えた。
「うちの部隊長が、カカシ先輩にすぐ来て欲しいと……」
「俺に、何の用?」
「…イルカが……」
「どうしてこんな事になったんだ!?命令ミスじゃないだろうな?」
医務室の廊下でイルカの直属の上官である部隊長に詰め寄り、カカシは言った。
「……イルカらしくもないミスだった。或いは…疲れていたのかも知れん」
部隊長の言葉に、カカシの手が幽かに震えた。
俺が……余計な事を言ったから……?
イルカと口論してから、カカシ自身もずっと苛立っていた。仲間から『荒れている』と言われるような殺し方をしたのもそのせいだ。
イルカも、平静ではいられなかったのだろう。しかもイルカは里外の任務は3年ぶりで、ただでさえ緊張を強いられていたのだ。
「……どいてよ」
病室に入ろうとしたカカシの行く手を遮った医療班の忍に、カカシは低く言った。
「…今は面会謝絶です。火影さまが治療にあたっておられ__」
「死にたいのか?」
相手の顔色がたちまち蒼褪めるのを、カカシは冷たく見遣った。
その場に居合わせた全ての者が、ただならぬ殺気に微動だに出来ずにいる。
ゆっくりと、カカシは病室の扉を開けた。
「……綱手さま?」
血塗れた手を洗っている相手に、カカシは声をかけた。消毒薬の匂いが鼻につく。
「…来たか。意識のない間に何度かお前の名を呼んでいたので、知らせてやって方が良いと思ってね」
にこりともせず、五代目火影は言った。
「……イルカ先生は……」
「治療が済んで、たった今、意識を取り戻したところだ」
兎に角、と、綱手は続けた。
「あの子はお前に会いたがってた。見舞ってやれ」
「……安静にさせておかないで宜しかったのですか?」
病室を出た後、シズネは訊いた。
綱手はすぐには答えなかった。まっすぐに前を見つめ、表情も変えない。
「…私に出来るだけの事はした。後は……」
「……イルカ先生?」
枕元でそっと声をかけると、イルカはうっすらと目を開け、そして微笑んだ。
「…カカシさん……来て下さったんですね…?」
「……俺のせいでこんな事に……」
カカシの言葉に、イルカは幾分か意外そうに目を瞠った。
「どうして…あなたのせいなんですか…?」
「……自惚れなら自惚れでも良いです。でも俺が…アナタを傷つけるような事を言わなければ、アナタはこんな事にはならなかっただろうって……」
イルカは微笑み、ゆっくりと片手を差し出した。
その手を、カカシは両手で握り締める。
「あなたのせいなんかじゃありません。でも…任務中にあなたの事を考えていたのは否定しませんが…」
「…イルカ先生?」
カカシは、イルカの手を握り締める力を強めた。
「里に戻ったら、一緒に暮らしましょう。アナタは暫く養生する必要があるでしょうから、俺に看護させて下さい」
「…でも…カカシさんには任務が…」
「任務を疎かにしたりはしません。アナタがそんな事を許さない人だって言うのも良く判っています。それでも……俺は、アナタの側にいたい…」
イルカは黙ったまま、カカシを見つめた。
「俺たち、知り合ってから少ししか経ってないでしょ?お互いの事を好きになって、でも、お互いの事を碌に知らなくて、誤解して、喧嘩して……。そんなのはもう、ヤです。だから、一緒に暮らしましょう?」
イルカは暫く躊躇うように黙っていた。
それから、口を開く。
「…俺が暗部配属を希望したのは、あなたの事をもっと知りたいと思ったのも理由の一つだったんです。だから、あなたがそう言ってくれて……本当に嬉しいです…」
「イルカ先生……」
カカシはイルカの指先に、軽く口づけた。そして、今度こそ失うまいと心に誓った。
ただ命令に従い任務をこなすだけだった自分が初めて愛し、初めて手に入れたいと思った人だ。
もっと理解しあい、もっと深く愛し、もっと強く愛されたい。
だから、今度こそこの手は離さない……と。
「…少し、眠った方が良いようですね」
イルカのチャクラが弱っているのを感じ取り、カカシは言った。
「どこか痛い所とか、苦しい所はありませんか?」
「…さすが綱手さまですね。もう…何の痛みもありません……」
穏やかに微笑んで、イルカは目を閉じた。
イルカが息を引き取ったのは、翌日未明の事だった。
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