欲しいモノは、もう何も無い
−終章−
「カカシ、いる?」
「邪魔するぞ」
玄関先で紅とアスマが声をかけると、今、手を離せないから勝手に上がってと、幾分か間延びした声が答えた。
イルカが亡くなって以来家に引き篭もり、呼び出しの遣い鳥にも応じないカカシの様子を見て来てくれとの五代目火影の言葉を受けて来ていた二人は、意外に平和そうなカカシの口調に顔を見合わせた。
カカシは普段は冷静だが、オビトが亡くなってから暫くの間、酷く荒れていた。それを知っている暗部上層部でもカカシを案じているほどだ。
ただでさえ木の葉の里は危機に瀕している。
こんな時にカカシのような忍が戦力にならないのは、里にとって大きな損失となる。
イルカの急な死にはアスマと紅もショックを受けた。
イルカを知る全ての者が、多かれ少なかれ、同じ想いでいるだろう。
だがそれでも、誰かの死を悼み感傷に更ける事は、忍には許されない。
「……!」
声を頼りに奥の部屋の戸を開けた二人は、その光景に絶句した。
カカシはイルカをベッドの上に座らせ、背にクッションを宛がっていた。
「これで良いですか、イルカ先生?どこか苦しいとか痛いとか無いですか?」
カカシはうっとりと微笑んで、イルカの髪に軽く指を絡めた。
イルカの口元には以前のように穏やかな微笑が浮かんでいる。が、黒い双眸に、かつての光は無い。
「今日は気分が良さそうだから、髪を梳いてあげますね?」
「…ッ…カカシ、貴様、何て事してやがる……!」
思わず強く言ったアスマを、カカシは敵に対峙した時の様な冷たい眼で見た。
「大きな声を出すなよ、髭。イルカ先生、怪我人なんだよ?見て判るでしょ?」
「……腐乱しないようにチャクラを……こんな事やってたら、お前は……」
「それより何の用?」
イルカの寝具を整えながら訊くカカシに、アスマは背筋が寒くなるのを覚えた。
「…今、里がどんな状況だと思ってんだ?火影様の呼び出しにも応じないで、貴様__」
「俺はイルカ先生の看護をしてんの。綱手さまにもちゃんとそう言ってある」
だから心配しないで下さいね?__アスマに対するのとは打って変わって優しい口調で、カカシはイルカに言った。
そして、人形で遊ぶ幼子のように、イルカの髪を梳く。
「……カカシ。木の葉の里は今__」
「アスマ、もう…止めて」
アスマは自分を止めた紅を見、カカシを見、それからイルカを見た。
まるで幻術でもかけられたかのように意識が混濁し、吐き気がする。
「紅のほうが物分りがいいじゃん。とっとと熊を連れて帰ってよ。火影さまにも、イルカ先生の容態が落ち着いたらちゃんと伺いますって、そう伝えといて」
それだけ言うと、カカシは二人の存在を黙殺するかのように、アスマ達に背を向けた。
立ち尽くすアスマの手を、紅が引く。
「今日の晩御飯、何が食べたいですか?」
カカシの言葉を背に聞きながら、二人はカカシの家を後にした。
「…こんな……こんな事って……」
震える声で言った紅の眼から、大粒の涙が零れ落ちる。
紅のように気の強い女でも、こんな風に泣くことがあるのかと、アスマはぼんやりと思った。
他には、何も考えられなかった。
Fin.
後書きもどき
テーマは平然と人を殺せるイルカさんと、壊れカカシ。
初めはカカシも二人の仲も徐々に壊れていって…みたいな話を考えてたのですが、結局、こうなりました。
暗部イルカというと『カカシ並みに強い』っていう設定をよく見かけるのですが、たまには原作設定に忠実(?)なのも良いかな…と。
その他もろもろは捏造しまくりですが。
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