(2)





「兄さん、遅くなったけど、晩飯の支度が__」
部屋にイタチを呼びに行ったサスケは、眼の前の光景に絶句した。
「な…にやってんだよ…!」
半ば怒鳴るように言って、イタチの手からクナイを取り上げる。
イタチは幽かに眉を顰めた。
「…どうしたんだ、サスケ?俺はクナイを研いでいただけだが」
「そんな事したら、危ないだろうが」
眼が見えないのに、と、咽喉まで出掛かった言葉をサスケは噛み殺した。
「眼が見えなくとも、忍具の手入れくらいは差し支えなく出来る」
サスケの心中を見透かしたかのように、イタチは言った。
そして研ぎ終わったクナイを部屋の隅の棚にしまい、台所に向かう為に部屋を出た。
そのイタチの後を、サスケは黙って歩く。
イタチはこの数ヶ月のうちに家の中の主な場所は把握しきっていて、サスケの手を借りなくとも一人で歩けるようになっていた。
家の中にいる時だけを見ていれば、眼の見えていた時となんら変わらないかのようだ。
「……兄さんの任務は情報分析だろ?何でクナイを研ぐ必要なんかあるんだ?」
サスケの問いに後ろを振り返りもせず、「忍だからだ」とイタチは答えた。

家の中を歩く姿はとも角、食事をするイタチはやはりまだ不自由そうだとサスケは思った。
皿の上で惑うように箸が動き、それから骨を取り除いてある魚の切り身に辿り着くのを見て、サスケは口を開いた。
「…暗部の宿舎なんかに行くの、やっぱり止めたほうが良いんじゃないか?」
部下は魚の骨まで取ってくれないだろう?と、幾分かぶっきら棒な口調で言ったサスケに、イタチは苦笑した。
「それは自分で何とかできるように馴れるしかないだろう。このままずっと、視力は戻らないのだから」

ずくりと、胸が痛むのをサスケは覚えた。
綱手は「イタチより先にお前に話した」と言っていた。
移殖すれば視力が戻るのだと、イタチはまだ知らずにいるのだ。
イタチの眼が光を取り戻せるかどうか、全ては自分にかかっている。
イタチに隠し事をし、迷っている自分にサスケは罪悪感を覚えた。
それがイタチの為ならば片目を差し出す事など躊躇いもしない。それは違わぬ本心だ。
だが視力を取り戻したイタチが再び危険な任務に就かされるようになるのだと思うと、平静ではいられなくなる。

この数ヶ月の間、ずっとイタチの側にいられて、文字通り夢の様に幸せだった。
正確に言えば、初めの頃は戸惑いと恐れがあった。
イタチに対して、どう接していいのかも判らなかった。
8年の間、イタチを憎み、復讐を誓いながらも心のどこかで兄を信じたいという気持ちを捨て切れなかった。
イタチが一族を滅ぼしたのには、何か止むに止まれぬ事情があったからではないのか__
そう、思うたびに決意が揺らぎ、そんな自分を甘いと罵り、縛めてきたのだ。
だからイタチが無実だったと判明しても、却ってすぐには信じられなかった。
これは罠でも幻術でもなく、イタチが里と自分の生命を救ってくれたのだと、漸く実感できるようになったのは一緒に暮らし始めて暫く経ってからだ。
もう二度と最愛の兄を憎まずに済むのだと思った時の喜びは、とても言葉には尽くせない。
それなのにまた引き離されるなどと、耐えられない。

「……行くなよ、暗部の宿舎になんか」
「…サスケ…?」
幾分か困惑したような表情で、イタチはサスケの方に顔を向けた。
が、視線は合わない。
そんな当たり前の事に、サスケは何故か苛立ちを感じた。
「オレはこのままずっと下忍でいたって構わない。ずっと兄さんの側にいて、兄さんの世話をしていられるんなら、それで__」
「サスケ」
名を呼んで、イタチは相手の言葉を遮った。
「一体、どうした?お前は俺を超えるんじゃなかったのか?」
「修行をしないって言ってるんじゃない。もっとずっと強くなりたい。だけどそれは兄さんを護りたいからであって、兄さんと離れて暮らさなきゃならないんだったら、今のままでいた方が__」
「サスケ」
もう一度、イタチはサスケの言葉を遮った。
「俺たちは忍だ。私情より、里の為を優先させるべきだ」

------たった二人のうちは一族、たった二つの純粋な写輪眼。その貴重な資源を有効利用する為には、一人にひとつずつの写輪眼を与えるべきだ

綱手の言葉が、サスケの脳裏に蘇った。
私情を棄て里の為に尽くせとは、アカデミーでも習った忍の心得だ。
だがその為にイタチが濡れ衣を着せられて10年も潜入任務に就かされていたのだと思うと、どうしても割り切れない。
イタチに極秘任務を与えた三代目を、恨めしくすら思う。
だが、綱手が自分に選択権を与えてくれた事は幸いだった。
或いは五代目は、何らかの負い目を感じているのかも知れない。
いずれにしろ、自分が移植手術に同意しなければ、イタチは前線に送られる事は無いのだ。

「……ごめん。少し、感情的になり過ぎた」
敢えて明るい口調で、サスケは言った。
「試験は勿論、受ける。中忍どころか、すぐに上忍にだってなってみせるさ。そして兄さんの分まで任務をこなす」
だから、と、イタチの手に自らのそれを重ね、サスケは続けた。
「この家にいてくれ。父さんと母さんと、皆で一緒に暮らしていたこの家に」
「…サスケ」
「オレが任務でいない時は、部下に送り迎えを頼めば良い。食事の支度とかは…何とかならないか、猫バアにでも相談してみる」
だから、と、重ねてサスケは言った。
「ここにいてくれ…。この家に……」
イタチは暫く口を噤んだままでいたが、やがて小さく、「判った」と呟いた。



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