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「……そうですか」
綱手の言葉に、サスケはそう、答えた。
「イタチが里に戻ってからずっと、あらゆる手は尽くした。こっちの手持ちの資料は勿論、うちは一族の文献も全て当たったんだが……」

済まない、と、五代目火影にして、当代最高と呼ばれる医療忍が謝罪の言葉を口にするのを、サスケは複雑な心境で見遣った。
イタチの失われた視力を回復させる為、綱手は自らずっと治療に当たってきた。
だが、数ヶ月経った今、判ったのは、治療が不可能だと言う事実のみだった。

「こうなったらもう、イタチの視力を取り戻す方法は一つしか無い」
「方法が、あるのか?」
意気込んで聞いたサスケを、綱手は見据えるようにして見た。
それから、口を開く。
「移殖だよ」
「移殖…?」
鸚鵡返しに、サスケは訊き返した。
「だったらオレの__」
「まあ、そう早まるんじゃ無いよ」
殆ど反射的に言ったサスケを、綱手は止めた。
「確かに、他の写輪眼を移殖すればイタチは視力だけで無く、元の能力(ちから)を取り戻せるだろう。そうなればまた、暗部として前線で戦える」
「前線で…?」
そうだ、と、綱手は頷いた。
「あれだけの忍を後方で燻らせているのは里に取っての損失。残っている写輪眼を移殖してすぐに前線復帰させるべきだ__と、言うのが、相談役を初めとする上役どもの意見だ」
まあ、確かに、と綱手は組んでいた指を解き、前髪をかき上げた。
「あの才能と若さを思えば、情報分析だけをやらせておくのは確かに惜しい。イタチとお前と、共に隻眼となっても、さほど戦力に影響は無かろうと言う上役どもの言葉にも一理ある」
だが、と、幽かに眉を顰め、綱手は続けた。
「『たった二人のうちは一族、たった二つの純粋な写輪眼。その貴重な資源を有効利用する為には、一人にひとつずつの写輪眼を与えるべきだ』なんて考えに、私は同意出来ないんだ__医療忍としても、火影としても」
利用するという言葉に、サスケも眉を顰めた。
「だったら……どうする、と?」
「それでもイタチの視力を取り戻す方法は、他に無い。だから、私はお前たちの意思を尊重したい」
まっすぐにサスケを見つめたまま、綱手は言った。
「イタチより先にお前に話したのもその為だ。まず、お前の意思を確認する。そしてお前が移殖に同意するなら、イタチの意思を問う」
「オレの答えは__」

決まっていると言いかけて、サスケは口を噤んだ。
それでイタチが光を取り戻せるなら、自分の片目など惜しくない。
両目を差し出しても構わないくらいだ。
だがそれでも、引っかかるものがあるのは否めない。

「今すぐ答えを出せとは言わない。片目を失えば、慣れるまでは距離感を掴むのに相当、苦労する筈だ。写輪眼の能力にもどの程度の影響を及ぼすのか、実際のところ、判らない。お前は眼の前に中忍試験を控えているが、この時期に手術となれば今回の試験は無理だろう。それに移植に失敗する可能性も、ゼロとは言い切れない」
「……いつまでに、答えを出せば良いんだ?」
問うたサスケに、一週間やろう、と綱手は答えた。
「良く考えるんだな。これは、一生の問題だ」





「中忍試験、もうじきだな」
その日もサスケはいつものように暗部詰所にイタチを迎えに行き、兄の手を引いて共に家路に着いた。
「ちゃんと修行はしているのか?」
「__ああ…。勿論」
「お前の今の実力ならば高が中忍試験と思うかもしれないが、油断は禁物だ。試験はスリーマンセルで行われるからな。思わぬ事態に陥る可能性も高い」
サスケはイタチを見、軽く笑った。
「そんなに心配しなくても大丈夫だ。試験を受けるのだって、初めてじゃ無いし」
イタチはならば良いが、と、口元に微笑を浮かべて言った。
「お前が中忍になったら、俺は暗部の宿舎に移ろうと思う」
「……!」

寝耳に水の言葉に、サスケは一瞬、自分の耳を疑った。
思わず立ち止まり、イタチの手を握る指に力が篭もる。

「何、言ってんだよ。どうして__」
「中忍になれば当然、任務は今より厳しくなり、時間も不規則になる。俺の送り迎えだとか、身の回りの世話をするのは無理になるだろう」
「そんな事、ないさ。確かに泊りがけの任務の時とかは無理だろうけど、それ以外だったら…」
イタチは幾分か困惑したような表情を見せ、サスケの頬に軽く触れた。
「…いつまでもお前の世話にばかりなるのは、心苦しい」
「そんな事、構わないって言っただろう?何より、やっと一緒に暮らせるようになったのに、どうしてまた離れ離れにならなきゃならないんだ?」
僅かに声が上ずり、サスケは自分でも幾分か驚いた。
イタチはただ困惑したような顔で、こちらに視線を向けたまま黙っている。

------そうなればまた、暗部として前線で戦える

綱手の言葉が、サスケの脳裏に蘇った。
あの時、移殖にすぐに同意しなかったのは、イタチを前線などに送り出したくなかったからだと気づく。
兄弟二人、せっかく生き延びて里に帰ってきたというのに、イタチを危険な場所になど行かせたくない。
と言うより、自分から離れてしまうのが耐えられない。
「……サスケ。お前の気持ちは判るが__」
「このままずっと一緒に暮らすのなんて無理だって判ってる。だけど8年も離れてたんだ。だから…せめて今は、一緒にいたい…」
イタチは暫く口を噤んだままでいた。
やがてサスケの癖毛を優しく撫でる。
「お前の中忍昇格までは、一緒にいよう」
「……」
それ以上、喰い下がる事も出来ず、サスケは再び兄の手を引いて歩き始めた。



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