(7)

「暁…か」
三代目火影は自来也からもたらされた報告書に、短く呟いた。
大蛇丸が里を抜けてからずっと自来也は大蛇丸の動向を探っており、大蛇丸が何らかの組織に所属しているらしい事を突き止めていた。
組織の名は「暁」。
構成員は少数ながら手配書(ビンゴ・ブック)でS級にランクされる犯罪者ばかりで、かなりの手練れが揃っているらしい。
問題は彼らの目的だが、それはまだ明らかになってはいない。
「忍大戦、九尾と続いた厄災が去って里も大分落ち着いてきたというに…」
災いの種は尽きないようだと、三代目は軽く溜息を吐いた。
暁の目的を探り、木の葉や同盟国に害を為すようであれば防がなければならない。
だが自来也の情報網だけでは限度があるし、かと言って密偵を送り込むのは殆ど不可能だ。
「待たせたの、イタチ」
自来也の書状を火遁で始末してから、三代目は控えの間で待っているイタチに声をかけた。
11歳で暗部入りを果たしたイタチはその後順調に任務をこなし、先月分隊長に昇格した。
部下となるのは皆イタチより年上の忍たちばかりだが、部下たちの信任も厚く、以前にも増した働きを見せていると、隊長から報告を受けている。
そのイタチが突然、自分を訪ねてきた理由が何なのか、三代目は幾分か気構えてイタチを迎えた。

「まず、人払いをお願いします」
口を開くなり、イタチは言った。
この時火影執務室には二人のほかに誰もいなかったが、護衛の暗部は天井裏と廊下で待機している。
「…良かろう」
三代目が言うと、暗部たちは執務室から離れた。
初めから気配は消しているのだが、彼らが遠ざかったことを、火影もイタチも感じ取っていた。
「話とは、何じゃ」
「これからお話しする事は、決して誰にも口外しないと約束して下さい」
イタチの言葉に、三代目は幽かに眉を顰めた。
「…話の内容も判らぬのに約束など出来ぬな」
「それではお話しする事は何もありません。失礼致しました」
「__待て、イタチ」
踵を返したイタチを、三代目は呼び止めた。
「お前がわざわざワシを訪ねて来たからにはそれ相応の理由があるのじゃろう。話を聞こう」
「…では…」
「約束は守る」
三代目が言うと、イタチは相手に歩み寄った。
そして巻物を取り出し、卓の上に置く。
「…これは?」
「うちは一族が秘密裏に為してきた事の、証拠の写しです」
三代目は巻物を広げた。
たちまちその表情が強張る。
「これは……まことの事か?」
「……残念ながら」

三代目は改めてイタチを見、それからまた巻物を見た。
以前よりうちは一族を主体とした警務部隊第一分隊の動きに不審があり、暗部を通じて探りを入れさせてはいた。
だがはっきりした事は何も掴めず、取り越し苦労だと思いかけていた矢先だった。
まさかうちは一族が里と仲間の忍に対する重大な背信行為を、それも組織的に行っていたなどと思いもしなかった。

「……良く話してくれた。自らの一族の事ゆえ、辛い決断であったろうが__」
「話はまだ終わっておりません」
静かに三代目の言葉を遮って、イタチは言った。
「うちは一族は秘密を知られ、ある男の脅迫を受けています。その巻物は、脅迫者の作った証拠の写しです」
「脅迫…とな」
イタチは頷いた。
「うちは一族は秘密を護る為、脅迫者の要求を受け入れる決定を下しました。すなわち、その脅迫者の犯罪を隠蔽し、禁術の巻物を盗んで他国に売り渡す手助けをする、と」
「何と言う事じゃ…」
低く、三代目は呻いた。

うちは一族は日向一族と並ぶ名門で、警務部隊を通して里の治安維持に貢献してきた。
そのうちは一族が陰で仲間の忍を殺し、生き胆を抜くなどという蛮行を行っていたなどと、とうてい信じがたい。
だが巻物に記された証拠は動かし難いもので、木の葉病院における輸血用血液の紛失など、うちは一族とは何の関係もないと思われていた事件の謎もこれで解明できる。

「今まで一族の暴走を止められずに手を拱いていましたが、これ以上、罪を重ねさせる訳には参りません」
「……お前の気持ちは判った。じゃが、これだけの事をしでかした以上、うちは一族の罪を問わぬ事などできぬ。約束を反故にしてしまうが、捜査と逮捕、首謀者の処刑は免れられん」
「…全員が、首謀者なのです」
感情を抑えた平淡な口調で、イタチは言った。
「うちは一族は定期的に会合を開き、下忍以上の全員が出席していました。そうして秘密を共有し、一族の結束を図っていたのです。ですから、全員が首謀者です__俺自身も含めて」
「む……」
もう一度、三代目は低く呻いた。

証拠の巻物によれば違法な逮捕を行っていたのは警務部隊、そうして捕えた罪人から生き血と生き胆を抜いていたのは医療忍だが、それは失明予防のために下忍以上の全員に分配され、その事は一族の忍、全員が知っていた。
となればうちは一族の全員を処罰の対象とせねばならず、これは大変なスキャンダルとなる。
諸大名の木の葉の忍に対する信頼をも揺るがしかねない。
イタチとの約束は別としても、この事は極秘裏に処理せねばならないと、三代目は思った。

「罰は全員が受けねばならない。だが罪は、俺一人が負えば済む事です」
「イタチ…お主……」
「このままうちは一族と共にその悪行を葬れば、木の葉の里を醜聞から護ることも出来ます」
三代目は組んでいた指に思わず力を込めた。
確かにうちは一族の為した事は大罪だが、全員を極刑に処するのは酷だ。
それに多くの優秀な忍を喪うのは里にとっても損失となる。
だが何より里にとって痛手となるのは、諸大名の信頼を失う事。
そしてそれを避けるためには、うちは一族の暴挙を明るみに出す訳には行かない。それだけは、絶対に避けなければならない。

「……血継限界を護る為とは言え、愚かしい事をしてくれたものじゃ」
「…慙愧に耐えません」
視線を落としたイタチを、三代目は改めて見つめた。
暗部分隊長に任ぜられる程の忍とは言え、まだ年端もゆかぬ少年がこれだけの決意をした心情はいかばかりかと思うと、胸が痛む。
「……お主まで、死なせたくは無い」
「俺も、同罪です。処罰は免れられません」
ただ、と、イタチは続けた。
「弟のサスケ。あれはまだアカデミー生で、一族の秘密に何ら拘わっていません。これだけの大罪となれば連座の罪を適用されても異論は唱えられませんが、慈悲を賜りたい」
「……一族の全てを喪い、自らの兄が一族殺しの罪を負うというのに、ただ一人生き残らせるのか」
それは却って酷だと、三代目は思った。
「今日、伺ったのは、サスケの事をお願いしたいからです」
「…判った。里の為には全てを伏せなければならぬが、出来るだけの事はしよう」
「もしもあれがただ一人で生きる事に耐えられぬようであれば、楽にしてやって下さい」
イタチの言葉に、火影は眼を見開いた。
「サスケには何の罪も無いのにこれだけの重荷を負わせるのは酷です。ですから、もしもあれが耐えられぬようであれば、その時は」

三代目はすぐには何も言えなかった。
口を噤んだまま、イタチを見る。
それでも、と、幽かに口元に微笑を浮かべ、イタチは続けた。

「サスケには耐えられると、俺は信じています。どれ程辛かろうと必ず生き延びて、いつか俺以上の忍になる…と」
「……イタチ……」
「並大抵の試練ではないが、それを乗り越えることでサスケは強くなれる。それだけの可能性を、あれは秘めている」
半ば独り言のように、イタチは言った。
火影は席を立ち、イタチに歩み寄った。
「お主も、生き延びよ」
一族の罪と汚名を一身に背負って生き続けさせるのは却って酷だ。
だがイタチがサスケを信じるように自分もイタチを信じようと、三代目は思った。
「一族殺しの大罪人が、どうして生きていられます?」
「里に留まらせる事は出来ぬ。だが、『大罪人』だからこそ出来る任務がある」
三代目の言葉に、イタチは軽く眉を上げた。
「大蛇丸のいる組織。それに潜入して、情報を得るのじゃ」
「…承知しました」
短く、イタチは答えた。




その日の内にイタチはサスケを除く一族の全員を殺害し、里を出た。
唯一の生き残りであるサスケの証言から、事件は乱心したイタチが己の一族を皆殺しにしたものとして処理された。
イタチはS級犯罪者として手配されたものの、追忍が放たれる事は無かった。
返り討ちにあう可能性が高く、「余りに危険」だとの判断を、三代目が下した為である。

三代目は沈黙を守る事で里の信頼を護り、5年後、大蛇丸によって絶命した。
サスケが里を抜け、大蛇丸の元へと向かうのはその翌年のことである。


fin








後書
うちは一族皆殺し理由を捏造してみようシリーズ第3弾です。
イタチさんが暁に入った理由まで捏造してみました。
シスイさんに至っては亡くなった時期も原作と違っていて殆どオリキャラなんですが、おっとりした性格のキャラクターにしたかったのと、シスイさんの自殺と一族滅亡を同じ時期にしたかったのでこうなりました。
シスイ殺しの嫌疑をかけられた時にイタチさんが語った「器」とか「高み」とかの諸々は、私的に消化できていないというか、ぶっちゃけ訳わからないので今回のストーリーでは取り上げてありません。

シスイタは書いてて楽しかったですが、カカイタの方は、イタチさんが予定していたほどカカシに心を開いてくれなくて「蜻蛉」の時と余り変わらない関係に終始してしまいました。
カカシの方でイタチさんとの間に距離を置こうとしていたので、イタチさんも心を開きようが無かったんですね。
シスイタも片思いですけど。

三代目が生きていれば、イタチとの約束を破ってでもサスケの里抜けを止めたと思います。
でも三代目は大蛇丸に殺され、その大蛇丸の元へ向かう為にサスケは出奔したのだから、皮肉なものです(捏造ですが)
イタチさんが17の時に里帰りしたのは、ナルトが暁に狙われていると知らせる為だったんですね。
17のイタチさんも二十歳のイタチさんも幻術ばっかり使ってるのは、相手に致命的なダメージを与えたくないからなんです(これも捏造)
サスケをサンドバッグにしたのは、ちっとも成長していないサスケを強くする為の愛の鞭だったんですよ。スパルタ教育な愛ですね。お兄ちゃんはきっとS、いえ厳しいんです(さらに捏造)

ついでに一族滅亡の悲劇がいつ起きたのか検証してみました。興味のある方はこちらからどうぞ。イルカさんの卒業時期の謎にも迫っています(笑)
ここまで読んで下さって有難うございました。
BISMARC



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