(6)

イタチは予定を切り上げて4日で任務に戻った。
その夜、緊急かつ難易度の高い任務が入り、暗部宿舎で静養していたカカシもイタチと共にそれに狩り出された。
任務は成功裏に終わった。
が、イタチの様子がおかしいことに、カカシは気づいていた。

「何を荒れてるんだ?」
報告を済ませ、宿舎に戻ろうとしているイタチに、カカシは声を掛けた。
「何の話です」
「家で何があったか知らないケド、外でのゴタゴタを任務に持ち込むもんじゃないよ」
イタチは不機嫌そうに、カカシを見た。
「俺の判断に何か問題でも?」
「判断も命令も的確だった。だがお前のその殺気で味方が怯えていたのに気づかなかったのか?」
イタチは幽かに冷笑した。
「殺気に怯えて暗部が務まりますか」
「いつものお前の殺気は研ぎ澄まされた太刀のようなのに、今夜はまるで粉々に砕け散ったガラスだ。どこに破片が飛んでくるのか判らないんじゃ、不安にもなる」
イタチはカカシの言葉を無視して、踵を返した。
「…何があった?」
静かに、カカシは訊いた。
「お前ほどの忍が感情を乱すなんて、余程の事があったんだろう?」
「……あなたには、関係ない」
カカシに背を向けたまま、イタチは言った。
「言いたくない事を無理に聞こうとは思わない。だがもう暫く、休んでいた方が良いんじゃないか?」
「分隊長がいつまでも不在という訳にはいきません」
「お前が責任感の強い優秀な忍だって事は皆、判っている。だから、余り無理はするな」
イタチは振り向き、カカシを見た。
だが何も言わず、そのまま宿舎に入った。



2日後、イタチは家に呼び戻された。翌日の会合に出席させる為だ。
イタチは家には戻ったものの、任務を理由に会合への出席を拒んだ。
会合の翌日、警務部隊の隊員たちによって、シスイの訃報がもたらされた。
隊員たちがイタチにシスイ殺害の嫌疑をかけ、イタチが彼らを叩きのめす姿をサスケは呆然と見守った。
イタチは大人びていていつも落ち着いていて、感情的になった姿など見たことが無い。
イタチが何に、そして何故それほどまでに憤っているのか、サスケには理解できなかった。

「イタチ…大丈夫?」
部屋に戻ろうとしたイタチに声を掛けたのは、母のミコトだった。
「……少し、取り乱しました」
「当然よ。叔父さまたちあんまりだわ。あなたとシスイがとても仲が良かったって事は判ってるのに」
「……俺が殺したようなものだ」
「……イタチ……?」
ミコトは息を詰め、イタチの横顔を見つめた。
元々寡黙な子だったが、暗部に入ってからは殆ど会話もしていない。
自分の腹を痛めて産んだ子だというのに、いつの間にかイタチは手の届かない所に行ってしまっていた。
「イタチ。それは一体__」
「イタチ。話がある」
ミコトの言葉を遮ったのは、フガクだった。
「あなた、お話なら後でも良いでしょう?少しは…イタチの気持ちも考えてあげて」
「重要な話だ」
「…伺いましょう」
フガクは踵を返して歩き出し、イタチはそれに続いた。
ミコトはただ、二人の背中を見送るしか出来なかった。

「皆があれほどいきり立っていたのには理由がある。シスイの自殺など問題ではない」
一室に落ち着くと、フガクは言った。
「ある男が…うちは一族の秘密を知ったと言って脅迫して来た」
「……!」
「昨日の会合は、その対応策を話し合う為のものだったのだ。そして、これが証拠の写しだ」
言って、フガクは幾つかの巻物をその場に並べた。

イタチはそれを手に取り、中を調べた。
うちは一族が写輪眼を失う事を恐れ、治療薬とするために人の生き血と生き胆を利用している事、それを手に入れる為に罪人に対し不当な処刑を行っていた事実が、過去数年にわたって仔細に記録されている。

「どうして一族以外の者に知られたのかは判らんが……問題は、どう対処するかだ」
「脅迫の内容は?」
「その男は禁術の巻物を盗み出して他国に売り渡す積りらしい。その協力をし、別の犯人を仕立て上げて犯行を隠蔽する事を要求してきた」
「…要求を受け入れる積りなのか」
フガクは溜息を吐いた。
「仕方あるまい。この事が公になれば、うちは一族は終わりだ」

うちは一族はまず脅迫者を闇に葬る事を考えたが、相手もそれを見越して対策を立てていた。
彼が死ねば、協力者に預けてある証拠の品が火影に届けられる手筈となっているという。
脅迫者がうちは一族に捕らえられても、同じ結果となる。

「お前はさっき、一族を見下すような事を言っていたが…これは一族の大事だ。色々と不服や不満はあるかも知れんが、今は一族の存亡の事だけを考えるべきだ」
「では何故、この時期にシスイの自殺の調査を?」
フガクは幽かに眉を曇らせた。
「一族の秘密を脅迫者に暴露したのがお前ではないかと、疑っている者がいる。その事をシスイに知られ、自殺にみせかけて殺したのではないか…と」
「……下らない」
「俺はそんなたわごとは信じていない。むしろ自殺したシスイの方が怪しい。理由は判らんが、シスイはこのところノイローゼ気味だったらしいからな」
秘密を暴露したのがシスイなら、シスイの交友関係を調べることで脅迫者の背後にいる協力者の身元が判る可能性があると、フガクは続けた。
「シスイが一族を裏切った筈が無い…」
低く、イタチは言った。
フガクは腕を組みなおし、改めてイタチに向き直った。
「もう一度言うが、これは一族の大事だ。今は何をおいても、一族の存亡の事だけを考えろ」
「…判っている。一族を裏切るような真似はしません」
「信じているぞ。お前は、俺の子だ」
イタチはすぐには口を開かなかった。
黙ってフガクを見、それから言った。
「うちは一族の名と誇りを護るのが俺の役割。俺はただ、その役割を果たすだけです」



「兄さん、さっき__」
その夜、イタチの部屋のドアを開けたサスケは、その場に立ち尽くした。
「……兄さん…あの……」
「…何か用か」
イタチに問われても、サスケは答えられなかった。
ドアの開いた一瞬、こちらを見たイタチの眼が涙で潤んでいるのを見てしまったからだ。
兄の泣く姿など、一度も見たことが無い。
昼間の出来事と関係があるのかも知れないとは思ったが、意外な事の連続で、サスケは軽いショックを受けた。
「……この間、次の休暇の時には修行に付き合ってやると言ったが、あれは忘れてくれ」
サスケに背を向けたまま、イタチは言った。
「え……あの…」
「もうお前の修行を見てやる事は出来なくなった。許せ、サスケ」
「う…うん……」
他に何も言う事が出来ず、サスケはドアを閉めた。

イタチが三代目火影を訪れたのは、翌日の事だった。







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