(5)

カカシとイタチは1週間の休暇を与えられ、イタチは家に帰った。
シスイがイタチの看護の為に呼ばれていた。
「兄さん。具合が悪いんでなかったら、修行につきあってよ」
サスケはイタチが家に戻った初日から修行をみてくれとイタチに頼み続け、シスイがそれを止めていた。
「サスケ。何度も言っているように、イタチは怪我をしていて、静養の為の休暇なんだよ?」
「だって大した怪我じゃないって兄さんも言ってたし」
あからさまに不機嫌そうにむくれて、サスケは言った。
イタチが毒にやられた事は、サスケには隠してある。
「見てやるだけなら良いだろう。俺もいい加減、閉じ篭りきりなのにはうんざりしている」
「だめだよ、イタチ。血液検査の結果が完全に陰性になってからでないと」
「血液検査……?」
シスイの言葉に、サスケは心配そうに眉を顰めた。
そして、兄の側に歩み寄る。
「軽い怪我の筈なのにどうして血液検査なんか?兄さん…大丈夫なの?」
イタチはサスケの髪を軽く撫で、宥めるように微笑した。
「単に念の為の検査だ。シスイ兄さんは心配性だから」
「でも…」
「次の休暇の時には付き合ってやる。今日は一人で行くんだな」
イタチに促され、サスケは尚も心配そうにしていたが、結局、部屋を出て行った。

「…ごめん、イタチ。サスケには内緒にしてくれって頼まれてたのに…」
「サスケはアカデミーに入っても変わらないな」
シスイの言葉に答える代わりに、イタチは言った。
「努力家だし素質もある。教えられた事は完璧にこなす__だが、それだけだ」
「…サスケはまだ7歳だよ?そりゃ、イタチは同じ歳でアカデミーを主席で卒業したけど、君みたいな天才は、人とは違うんだ」
言いながら、シスイはカシワの事を思い出していた。

イタチを殺して写輪眼を奪おうとした暴挙は許せない。だがその気持ちは理解できなくも無い。
カシワは暗部入隊を許されるほどの優秀な忍であったのに、写輪眼を会得していないが為に一族の中で常に肩身の狭い思いをさせられていた。
医療忍であるシスイですら写輪眼を使えないことで一族の上層部からたびたび嫌味を言われたくらいなのだから、戦忍であるカシワがどれほど惨めな思いをさせられていたかは、痛いほどによく判る。
二人ともイタチの従兄であるが故に、事あるごとにイタチと比較され、イタチとの超え難い差を知らしめられた。
そして一族のそんな写輪眼偏重ぶりを非難しているのが他ならぬイタチなのだから、皮肉なものだ。

「サスケには大きな可能性がある。だが今のように他者を頼み、他者に依存しているだけでは、その可能性も潰れてしまう」
「…卒業して実際に任務に就くようになれば、変わるんじゃないかな?」
「…だと良いがな」
それより、と、シスイは話題を変えた。
「遅くなってしまったけど、誕生日のプレゼント」
シスイが持参した荷物から取り出したのは、細長い白木のケースだった。
イタチが開けると、中には銀の輪を黒い革紐でつないだ首飾りが入っていた。
「首飾り…?」
「お守りなんだよ。三つの輪が天・地・人を表していて、それぞれ天災・病苦・悪しき誘惑から身を護ってくれる」
イタチは軽く笑った。
「縁起かつぎやお守りに頼る趣味はないが、大切にさせてもらうよ」
「イタチは強いからね…。たとえ神仏にだろうと、頼ったりしないのは判ってるけど」
「他者に頼る気はないが、自分の力が充分だと思っている訳でも無い」
意外に思い、シスイは改めてイタチを見た。
「真の力や強さとは、技や術を極めることで手に入れられるものではない。現に俺は、うちは一族の暴走を手を拱いて見ているだけしか出来ない」
「……イタチ……」
「俺が力を望んだのは、うちは一族の名と誇りを護りたいからだった。それが俺の役割であり、何をおいても果たさなければならない事だからだ」
だが、と、イタチは続けた。
「今のうちは一族のどこに誇りがある?里の治安を護る警務部隊の地位を悪用し、自らが犯罪の主体となっている。そしてその非を認めようともしない」
シスイは視線を逸らせた。
自分が非難されているようで、咽喉元を締め付けられているような息苦しさを感じる。
「それに度重なる血族結婚の結果、一族が衰退しているのは明らかだ」

うちは一族の数は、最盛期に比べれば確かに減った。
度重なる忍大戦で多くの優秀な忍を若い内に喪った事も原因の一つだが、同じく大戦を経験した他の家々がその後順調に復興を果たしたのと対照的に、うちは一族は衰退の一途を辿った。
原因は、出生率の低下と乳幼児死亡率の高さだ。
それが繰り返された血族結婚の結果である事は否定しようが無く、うちは一族の医療忍が対処すべき最重要課題の一つともなっている。
血族結婚を止めない限り、どんな対処法も付け焼刃に過ぎない事は明白だった。
だがそれを認めるわけには行かなかった。
血族結婚を止める事は、写輪眼発現の可能性を低めることでもあるからだ。

「……このままでは…うちは一族に未来は無い……」
呟くように言ったシスイに、イタチは軽く眉を上げた。
今まではイタチが一族のやり方を非難し、シスイはそれを宥める役だった。
だからシスイがうちは一族の現状を否定したことが、イタチには幾分か意外だった。
「そう思うなら、協力してくれませんか?一族の上層部は俺の言うことになど耳を貸さない」
シスイは視線を落としたまま首を横に振った。
「無理だよ…君の言葉にさえ耳を貸さない連中が、僕なんかの言う事をまともに取り合う筈が無いじゃないか」
「医療忍としての意見なら別だろう?それに、生き血に代わる薬の研究が__」
「駄目だよ。あれは……」
イタチの言葉を遮って、シスイは言った。
イタチは眉を顰めた。
「…何故、駄目なんですか?もう何年も研究しているのだから、少しは成果があったんじゃないのか?」
「研究を続ければ続けるだけ、生き血と生き胆以外にうちは一族の病気に効果のある治療薬も予防薬も無い事が判るだけなんだ」
「だったら俺に調合してくれている薬は?」
背筋に冷水をかけられたかのように、シスイは感じた。
手足の先から温もりが失せ、冷たくなってゆく。
「……あれは……」
「原料の生薬が何なのか、教えてくれませんか?暗部には一般には公開していない医療術の巻物もある。持ち出すのは禁止だが、原料を教えてくれれば俺が巻物を調べて__」
「駄目だよ…!そんな事をしたら……」
「一族以外に秘密を漏らすような事はしない。だから、教えてくれないか」

これ以上は無理だと、シスイは思った。
今までにも何度か原料を教えてくれとイタチに言われていたが、その度に口実を作って誤魔化してきた。
イタチがそれ以上、追及しなかったのはシスイを信頼していたからだ。
だが研究の成果が一向に上がらず、イタチは痺れを切らしている。
場合によっては暗部医療忍に依頼して薬の分析をするかも知れない。
もうこれ以上、イタチを欺き続ける事は出来ないと、シスイは思った。

「……あれは…あれの原料は、薬草なんかじゃ無い……」
「…だったら?」
「言っただろう?うちは一族の眼病を予防し、治療する薬は他には無いって……」
イタチの顔色が変わった。
「……まさか……」
「人の生き胆を、鮮度を失わないように粉末にしただけのものなんだ。君は生き血を飲んでくれないから、そうでもしなければ__」
両肩を強くイタチに掴まれ、シスイは呼吸が止まりそうになった。
「何を……言っている……?」
「鮮度保持と臭いを誤魔化す為に植物由来の生薬も混ぜてある。でも主原料は人の生き胆で…」
「俺を……騙していたのか」

シスイは顔を上げ、イタチを見た。
いつもは静かな夜闇を思わせる漆黒の瞳は、激しい憤りの故か血の色に変わっている。
イタチのその瞳の色を、シスイはずっと美しいと思っていた。
だが今は、恐怖と苦痛に苦しみ悶える罪人たちの流した血の色と同じにしか見えない。

「……仕方なかったんだ。そうでもしなければ、君は失明してしまう。だから僕は、君の為に__」
「この事は、皆、知っているんだな」
シスイの言葉を遮って、イタチは言った。
イタチの憤りは予想できた。だが幼い頃から仲の良かった自分の言葉なら、或いは聞き入れてくれるのではないかという淡い期待があった。
人の道、忍の道に外れる事をしていても、たった一人がそれを赦してくれるのならば、自らの手を罪と血で汚すことにも耐えられる。
だが、その考えは甘かった。
イタチは、シスイに弁解する余地も懺悔する暇も与えようとはしない。
身体から力が抜けるのを感じながら、シスイは、頷いた。
「帰ってくれないか。あなたの顔は、二度と見たくない」
「……イタチ……!」
イタチは黙って席を立ち、部屋を出て行った。






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