(4)

イタチの身体を洞窟の奥に横たえ、カカシは外に出た。
チャクラが回復していないので結界を張るのは無理だ。
身体も思うようには動かないが、何としてでもイタチは守らなければならない__そう自分に言い聞かせ、カカシはクナイを手に、身構えた。
「やはり木の葉の暗部か」
カカシを取り囲んだ気配の一つが言った。
敵は、5人。
普段のカカシならば難なく斃せる程度の相手だ。
が、今は忍術が使えない。体術だけで応戦しなければならないが、身体もまだ充分には回復していない。
それでも、負ける訳にはいかない。
「一人ではない筈だ。生け捕りにして仲間の居所を吐かせろ」
言葉と殆ど同時に一人が樹上から飛び降り、そのままカカシに斬りかかって来た。
忍刀を右手に持ったクナイで受け止め、間髪を入れずに左手のクナイで相手の頸を刺す。
「ぐうっ…!」
一人目を払いのけると、両側から二人が襲い掛かってきた。
跳躍して攻撃をかわし、一人の頭を蹴って着地した。
もう一人がクナイを振りかざしてかかって来たのをかわし、横とびに飛ぶ。
が、たちまち3人に取り囲まれた。

やはり、変わり身さえ使えないのはキツイ。
それに身体も思うようには動いてくれない。
たったこれだけの動きで、既に肺と心臓が悲鳴を上げている。
それでも一人なら逃げ切れるだろう。
だが仲間を見棄てて逃げるなど、カカシには考えられなかった。
そんな事をする位なら、死んだほうがマシだ。

「…いい加減に大人しく捕まれ…!」
「ヤーだ、ヨ」
言うと殆ど同時に、カカシは正面の一人に斬り付けた。
返す刀で右の一人を斬る。が、左の一人が投げた手裏剣を避けきれず、肩を貫かれた。
だが痛みは感じなかった。
アドレナリンによる一種の麻酔効果だ。
考えるより先に身体が動き、最後の一人の腹を貫く。
殆ど同時に、背後から斬りつけられた。
「……!」



独り部屋に篭もって、シスイは酒を呷っていた。
手術の後は__あれが手術と呼べるならだが__いつもこうだ。
無論、両親や周囲の者たちには酒を飲んでいることなど隠しているが、酒でも飲まなければとても遣り切れない。
中忍になってから、うちは一族の医療忍として、罪人から血液と臓器を採取する事を余儀なくされるようになった。
それ以来、血が飲めなくなった。
飛蚊症に似た症状が現われ始め、視力も低下して来ている。
だがそれでも、生きながら血を抜かれ、臓器を抜かれて死んでゆく者たちの苦痛の叫び声が脳裏から離れず、とても血など飲む気になれない。

何だか元気がないし…痩せたんじゃないか?

イタチの言葉を思い出し、シスイは苦く哂った。
『手術』のあと暫くは食べ物も咽喉を通らないし、夜も碌に眠れない。
以前はイタチに会うのは楽しみだったが、今は後ろめたい気持ちの方が強く、二人きりでいると何もかも打ち明けて全てを投げ出したくなる衝動と戦わなければならない。
だが全てを話せば、イタチに嫌われるのは判っている。
想いを打ち明けることなど出来ないが、余計な事を喋らなければ、今までと同じように実の兄のように慕い続けてくれるだろう。
「……お前は、それで良いのか……?」
酒のグラスを見つめ、シスイは呟いた。
このままイタチを騙し続け、想いを告げることも無く、カカシとツバキへの嫉妬を押し殺しながら過ごす毎日が続くのだ。
そして罪の意識に苛まされ、こうして酒を浴びるように飲み、それでも酔うことも出来ずにただ自分を貶める。
「……イタチ」
最愛の従弟の名を、シスイは呼んだ。
無性にイタチに会いたいと、シスイは思った。
たとえ嫌われ蔑まれようと、全てを打ち明けたい。
そして全てを、家族も一族も、何もかも棄ててしまいたい。
イタチの笑顔が脳裏に浮かび、そして消えた。
イタチと一緒に死にたいと、シスイは思った。



カカシに斬りかかった敵は急に動きが止まり、そのまま倒れ伏した。
その頸に、手裏剣が突き刺さっている。
気配にカカシが振り向くと、イタチが立っていた。
「イタチ…意識が戻ったのか?」
「……カカシさん…一体……」
まだ少しぼんやりしているイタチに歩み寄り、カカシは言った。
「俺を庇って腕を斬られただろう?あの時、毒刃にやられたんだ」
解毒剤が効いたようだと、心から安堵してカカシは言った。
「…ここからは急いで離れた方が良さそうですね」
敵忍たちの死体を見、イタチは言った。
カカシも同意見だった。

血の臭いは死肉を喰らう動物たちを引き寄せる。
そしてそれは敵忍たちに場所を知られる事にもなる。
だから本来ならば死体は火遁を使って跡形も無く処理するのだが、今は術を使うチャクラも無い。
二人ともまだ体力の回復が充分ではないが、それでも一刻も早くここから遠ざかるべきだろう。

それにしても、と、カカシは言った。
「お前に死角に手裏剣を投げる技があるのは知ってたケド、見事なものだな。正確に延髄を突いている」
「…一人で逃げる事は考えなかったんですか?」
カカシの言葉に答える代わりに、イタチは訊いた。
「俺の意識が戻るかどうかも判らなかったのに。足手まといでしょう?」
「お前は俺の大切な仲間だ。ましてや俺を庇って怪我をしたのに、見棄てられるワケが無い」
「あなたが仲間を大切にする人だという事は判っています」
静かに、イタチは言った。
「……判っているなら、何故、聞く?」
「万華鏡写輪眼の開眼の条件を、知っていますか?」
「何、ソレ」
「写輪眼を超える瞳術です。うちは一族の歴史の中でも、ただの数人にしか発現しなかったと言われている」

カカシは口を噤み、イタチが続けるのを待った。
イタチが何故、急にこんな話をしだしたのか、その意図が掴めないからだ。

「自分の身を危険に晒してまで仲間を助けるのは難しい事です。誰でも、自分の生命は惜しい。だからその行為は賞賛される」
だが、と、イタチは続けた。
「状況によっては、敢えて仲間を見殺しにするのが必要な場合もあるでしょう。それが、忍というものに課せられた宿命でもある」
「任務成功の為に、仲間を見棄てろ、と?」
「その成否が他の多くの仲間の生命を左右するような任務であるならば、目の前の少数の生命を犠牲にすることも止むを得ないでしょう」

カカシは、思わず強く奥歯を噛み締めた。
イタチが知っているのかどうかは判らないが、サクモが仲間の一人を助けるために失敗したのは、まさにそんな任務だった。
任務失敗の結果、戦局は木の葉不利に傾き、多くの犠牲者が出た。
そしてサクモ自身がそれを酷く気に病んでいた事に、カカシは気づいていた。

「自分を危険に晒して仲間を助けるのは難しい事だが、冷徹に状況を判断し、感情を殺して敢えて仲間を見棄てるのはもっと難しい事です」
「それが…感情を殺して冷徹な判断を下せる事が、万華鏡写輪眼とやらを会得する条件なのか?」
イタチはカカシを見、黙ったまま視線を逸らした。
「……何故、俺にこんな話を?」
「先を急ぎましょう」
カカシの問いに答える事無く、イタチは踵を返した。







back/next