(3)

鳥兜、馬銭子、曼陀羅葉…
パリトキシン、テトロドトキシン、カンタリス…
イタチを抱きしめたまま、カカシは使用された可能性のある毒物を頭の中で数え上げていた。
遅効性であること、傷口の変色、意識障害、発熱__それらの症状から使われた毒を特定しようとしたが、それは所詮、無理な試みだ。
単一毒ならともかく、複数の毒物を調合して作り出された毒であれば、血液を採取して分析しなければ、毒物のエキスパートであっても無理だろう。
それに戦闘で遅効性の毒が使用される事は殆どない。
戦いを有利にする役には立たないからだ。
現にイタチに傷を負わせた敵忍も、イタチによって斃されている。
カカシの解毒剤は戦闘で使われることの多い数種の毒に対する解毒効果はあるものの、全ての毒に対する効果がある訳ではない。
敵地深くに潜入している為、式を飛ばす事も出来ず、口寄せするチャクラは残っていない。
医療忍の中には優れた解毒術を持つものもいるが、カカシに出来る医療術はせいぜい傷の止血程度だし、いずれにしろ今はチャクラが足りない。

何も出来ない無力さに、カカシは歯噛みした。
オビトに死なれてから、カカシは仲間の生命を任務の達成より優先するようになった。
だがそれでも、救ってやる事が出来ず、目の前で死なれる事もあった。
カカシは人と深くつきあう事をしなかった。
そうすれば、喪う痛みも軽くて済む。
それでも肌の温もりを求める気持ちまで棄てきれず、徒に浮名を流した。
中にはカカシの不実を詰って感情的になる者もいたが、大抵はお互いに割り切った冷めた付き合いだった。
一緒に飲む相手もいるし、共に談笑する仲間もいる。
同じ任務に就けば、彼らの全てを必死になって守る。
だが、死ねば顔も忘れた。
初めから、それだけの付き合いだったからだ。
そうやって、喪失の苦痛から自分の心を守ってきた。
『仲間を守る』事を免罪符としながら、その仲間ときちんと向き合った事が無かった。
喪失の痛みは既に充分だったからだ__オビトと、四代目の二人で。

イタチと深い関係を結ばなかったのは、イタチの潔癖さが妥協を許しそうにないからだった。
ひとたび関われば、お互いの過去や未来まで関わらずにはいられなくなるだろう。
だからイタチとは、距離を保って付き合ってきた積りだった。
だが今、自分を庇ったせいでイタチが生死の淵を彷徨っている事で、カカシは冷静さを失いかけるくらいに動揺していた。
オビトと同じように自分を庇ったイタチが、オビトと同じ年齢で死ぬことに耐えられなかった。
だがそれだけでは無いことに、カカシは無意識のうちに気づいていた。
「……死ぬなよ」
イタチの熱のある身体を抱きしめ、囁くようにカカシは言った。
「頼む…死なないでくれ……」


暗部にはイタチが召喚した口寄せ獣によって伝言がもたらされていた。
「任務は無事、完遂。ただしカカシがチャクラ切れを起こしたために帰還は数日遅れる__だ、そうだ。カカシのヤツ、大丈夫かな」
「イタチも一緒だし、援軍要請がないんなら、大丈夫じゃないのか?」
それに、と男は続けた。
「敵地の奥深くに潜入しての任務だ。下手に人数を増やせば却って危険だろう」
「そうだな…。それにしても、たった二人であれだけの任務を成功させるなんて、やっぱり写輪眼は違うよな」
「……俺はカカシもイタチも優秀な忍だと思ってるしあいつらを信頼してもいるからこんな言い方をしても誤解して欲しくないんだが」
一旦、言葉を切ってから、男は続けた。
「カカシは化け物みたいなヤツで、イタチは化け物だ」


思うように動かない身体に苛立ちながら、カカシは洞窟の奥の地面をクナイで掘っていた。
左腕に意識の無いイタチを抱きかかえたままなので、尚更はかどらない。
暫く掘る内に漸く水脈に当たり、地下水が流れ出した。
サラシを地下水に浸し、ゆるく絞ってイタチの額と首筋を冷やす。
それから携帯用浄水器を使って、水を濾過した。
ひと口、含み、意識のないイタチに口移しで飲ませてやる。
嚥下したのを確認して、カカシはもう一度、イタチの熱のある唇に触れた。
「大丈夫だからな。きっと助かる……」
汗で額に張り付いた前髪を軽く撫で上げて、耳元で囁くようにカカシは言った。
たとえ意識がなくとも、こうして話しかけ続けることで生存率が高まるという。
その効果を信じて、というより自らの不安を鎮めるために、カカシはイタチに話しかけ続けた。



カカシが眼を覚ましたのは、翌朝早朝だった。
気を張っていたものの、やはり疲労には勝てなかったようだ。
イタチの呼吸は規則正しく落ち着いているが、熱は下がっていない。
このまま高熱が続けば一命はとりとめても後遺症が残る恐れがある。
忍として生きていく道を絶たれて尚も生き続けることなど、イタチのプライドが許さないだろう。
そう思うと、ぞっとする。
多少の犠牲を払ってでも式を飛ばし、救援を求めることをカカシは考えた。
が、その考えを浮かぶとほぼ同時に否定した。
味方より先に敵に居場所を突き止められてしまうだろうし、そうでなくとも敵地の奥深くまで援軍を呼び寄せるのは危険すぎる。
援軍が危険に晒されたのでは意味が無い。
一般人に変化して里に降り薬を求めるのも同様に危険だ。
イタチの怪我が刀傷、それも毒を塗った刀となれば、素性を疑われるだろう。
「……くそっ……」
低く、カカシは毒吐いた。
何も出来ないもどかしさに苛立ちが募る。
岩の下敷きになってしまったオビトにも、何もしてやれなかった。
それでもオビトはカカシを恨む事も無く、写輪眼を遺してくれた。
だがここでイタチにまで死なれたら、写輪眼を持ち続けることに耐えられなくなるかも知れない。
「……お前にはまだやるべき事がある筈だ。だから…死ぬな。死なないでくれ……」
イタチを抱きしめ、何度も繰り返した言葉をカカシは繰り返した。
その時、ピクリとカカシの指先が震えた。
気配を殺してはいるものの、何人かがこちらに近づいてくるのを感じ取ったからだ。

敵忍か……

アドレナリンが一気に分泌され体内を駆け巡るのを、カカシは感じた。








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