「もう、洗いざらい全て喋ったじゃないか!拷問なんかしなくても……」
処置台の上に身体を固定されている罪人が、上ずった声で半ば叫ぶように言った。
その両腕の血管からはチューブが伸び、男の生き血を採取している。
「そろそろ良いだろう。始めろ」
「……せめて…麻酔を…」
シスイの言葉に、同じうちは一族で上司の医療忍にあたる男は首を横に振った。
「薬物は一切、使用禁止だ。臓器の質を損なう」
「ですが__」
「苦しませたくなければ手際よく済ませるんだな」
二人の会話に、罪人の顔が恐怖で歪んだ。
「まさか…まさかお前ら、俺の__」
「始めろ。でないと、臓器を抜く前に失血死する」
「やめろ…やめてくれ。助け…て…」
地下室に悲鳴が響き渡り、それは暫く続いた後にぱたりと止んだ。
「皆が待っている。鮮度が落ちない内に早く持って行ってやれ」
それから、と、年かさの医療忍は続けた。
「忘れずにイタチの分を取って置けよ。一番、良さそうな部分を、な」






(1)

「同じように写輪眼を使ったハズなのに、俺がチャクラ切れでお前は何とも無いなんて、何か不公平だーよね」
洞窟の中、しなやかな身体を長々と横たえ、ぼやくようにカカシは言った。
「あなたの身体はその眼に合う血族の身体ではないのだから、仕方ないでしょう」
カカシの隣で膝を抱えて座っているイタチが応えた。
その口調に優越感が僅かでも含まれていればカカシは不快に思っただろう。だがイタチはただ事実をそのまま言っただけという態度だったので、密かに感じていたカカシの劣等感を刺激する事は無かった。

その日二人は、写輪眼を必要とする任務の為、ツーマンセルで敵地に乗り込んでいた。
潜入したのは3日前。
無事、目的は果たしたもののカカシがチャクラ切れを起こし、今はその回復を待って洞窟に身を潜めている。
これではまるで自分がイタチの足手まといだと思うと、カカシは面白くなかった。
イタチは今や暗部分隊長であり、その実力はカカシも認めている。
それに写輪眼の使用に於いてはイタチが自分より優れているのだと判ってもいるし、劣等感は感じてもやっかみはしない。
ただ、自分が仲間の足をひっぱているという、その状況が気に喰わなかった。

「…お前ってさ、殺した相手の死体をじっと見下ろすクセがあるよね」
退屈と不快感のもたらす苛立ちを紛らわせようと、カカシは言った。
「処理班が来るのを待っている時なんか、ずっと見てる。一体、何を見てるんだ?」
イタチはすぐには答えなかった。
横たわるカカシを見、それから視線を逸らす。
「…考えるんです。失われた生命は、どこに行くんだろうって」
「つまり生まれ変わりとかそーゆーコト?」
「生まれ変わりや来世など信じません。死は、個としての生命体の終焉だ」
ただ、と、イタチは続けた。
「固体の生命を奪っても、生命体を生命体としてあらしめている生命そのものは奪われない」
「生命そのもの?」
鸚鵡返しに、カカシは訊いた。
「死ねば死体はやがて朽ち果て、元素に還る。生きている肉体も死体もその組成は変わらないのに、生きていれば朽ちる事は無い」
「ああ、確かに…当然と言えば当然だケド、不思議と言えば不思議だ」
朽ち果てた死体は元素に還り、水となり空気となり大地となって新しい生命を育む。
「死は自然の営みの一環だ。殺すことも。そうやって、お前は折り合いをつけてるのか?」
「いいえ」
短く、イタチは言った。
「ただ、考えるんです。個としての生命体が終焉を迎えても、生命そのものは奪われることも損なわれる事も無い。死は多くのものを奪うが、全てを奪いつくす事は出来ない。ならば、個としての終焉を迎えた時に、何が遺り、何が遺せるのだろう…と」
カカシは半身を起こした。
「お前…そんな事、考えながら人を殺してるのか?」
「殺す時には、殺す事しか考えません」
「……愚問だったな」
カカシは口を噤み、改めてイタチを見た。

暗部に入隊したばかりの11の頃に比べれば、背も伸び、身体つきもしっかりしてきている。
始めの頃はイタチを子供扱いし、その美貌にしか興味の無かった者たちも、イタチの実力を認めるようになった。
イタチが馴れ合いを好まないのは相変わらずだが、分隊長の地位に就いたのは単に強いからだけではなく、何度も仲間の危機を救った功績によるものだ。
現に今も、チャクラ切れを起こしたカカシはイタチに助けられた。
術や技のレベルに於いても、任務遂行時の冷静さ、判断の確かさに於いても、イタチは非の打ち所の無い優れた忍だ。
そしてその信念の揺らぎない強さを、カカシは何度も目の当たりにした。
だがそれでも、自ら手にかけた者の屍骸をじっと見下ろしている姿に、奇妙な危うさを感じるのは変わらない。
或いはそれはイタチではなく、カカシ自身の心の迷いの表れかも知れない。
入隊時に比べれば成長したとは言え、イタチはまだ13の少年だ。
その少年に当たり前のように人を殺めさせ、仲間の生命を負わせる事に、一種の罪悪感を覚えているのかも知れない。
イタチの足手まといになっている状況に苛立つのも、守ってやるべき相手を守れずにいるからなのだろう。
オビトの姿がカカシの脳裏に浮かび、そして消えた。
他にも死んだ仲間は多いが、今では顔も思い出せない相手も少なくない。
そうやって感情を摩滅させていかなければ耐え切れるものではない。
仲間の死にも、殺す事にも。
だが摩滅した薄っぺらな感情しか持たず日々を漫然と過ごすのは、まるで朽ちることの無い屍のような生き方ではないのか?
そんな生き方をして固体の終焉を迎えた時、遺せるものなど何も無いだろう……

カカシは、軽く溜息を吐いた。
「お前が人望がある割に孤立してるのは、おまえ自身が馴れ合いを好まないからってだけじゃないね」
イタチは何も言わなかった。
カカシは続けた。
「お前と話してると、考えたくない事まで考えさせられる。オトナの狡さとかそーゆーのは、お前には通用しないしね」
カカシの言葉に、イタチは反応を示さなかった。
抱えていた膝を投げ出し、岩肌に寄りかかっている。
チャクラ切れを起こしたカカシほどではないにせよ、やはり消耗しているのだろう。
「疲れたんなら眠って良いよ。俺が起きてるから」
カカシは言った。が、イタチはやはり答えなかった。
眉を顰め、カカシはイタチに近寄った。
夜闇を思わせる漆黒の瞳は虚ろに見開かれ、光を失っている。

しまった……!









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