
(9)
ミコトがイタチの身体の事を医療忍に話した為に一族中に秘密を知られてしまった事、会合の席でイタチが晒し者にされているのにフガクは黙り込み、ミコトはただ泣くばかりで庇ってくれなかった事、フガクがサスケとの仲を誤解してイタチを罵り、サスケとの仲を裂いたこと__
それらのせいで、イタチが両親を恨んでいなかったといえば嘘になる。が、両親を躊躇いもせずに殺めたのは、それが理由では無かった。
「両親を手にかけた時、俺は何も感じなかった。任務の時のように、何も」
独り言のように、イタチは続けた。
「暗部に入ってすぐに、人を殺めることには馴れた。そして何も感じずに自分の両親を手にかけた時、俺は実感した__自分が、人としての感情を失っている事を」
否定しかけて、鬼鮫は口を噤んだ。
忍であれば、感情を制し、律する事を求められる。それは初めのうちは意志の力によるものだが、いずれ馴れて感情が鈍磨してゆく。
人間とは、そういう生き物だ。
「…そんな俺と一緒にいる事が、サスケの為になるとは思えなかった。それに一族に絶望しか感じていなかった俺とは違って、サスケは彼らに憤りを感じてもいただろうが…彼らを愛してもいた」
だから今も、一族の復興を望んでいるのだろうと、イタチは言った。
鬼鮫は口を噤んだまま、イタチが続けるのを待った。
「俺は元々里を抜ける積りでいた。ならば一族殺しの罪を負うことに何の躊躇いも無い。方針が決まれば、後は対処するだけだった。サスケに幻術をかけて記憶を操作し、毒殺したと気取られぬように一族の屍骸に外傷を負わせた」
屍骸に細工したのは、毒殺と知れればサスケに嫌疑がかかる可能性があるからだ。
明らかな外傷がある場合には解剖が行われる事は滅多にないのだと、イタチは知っていた。ましてやイタチは死体処理に慣れている。
多数の死体が同時に持ち込まれて検死も充分に行き届かないであろう時に、死因を偽装することなど容易かった。
「……サスケさんがアナタを憎むように仕向けたのは…サスケさんにアナタを忘れさせる為ですか…?」
「……それが理由の一つであったのかどうかは、俺にもよく判らない…」
イタチは暫く口を噤み、それから口を開いた。
「お前は幻術が得意なタイプではないから記憶操作術にも詳しくないだろうが、強い感情を消してしまうのは、相手を廃人にしてしまうのでも無い限り、殆ど不可能だ。記憶を空白にしてしまう事は出来ても、感情は残る」
だから、と、イタチは続けた。
「ある感情を否定してしまいたければ、それと同等の強い別の感情で書き換えてしまうしか、方法は無い」
「…記憶操作術が得意でない私でも何となく判りますよ。愛と憎しみは、全く異なるようでいて、実はとても似た感情ですからね……」
常にその相手の事を考え、考えるだけで冷静さを失い、気持ちが昂ぶる。
愛と憎しみが似ているのでなかったら、愛する余りに憎むことなど有り得ないだろう。
増してや、愛するものを殺そうとすることなど。
「……サスケさんが7年もの間ずっとアナタを憎んでいたのは、それだけアナタを想う気持ちが強かったからなんですね……」
鬼鮫の言葉に、イタチは答えなかった。
鬼鮫は、改めてイタチを、その伏せられた長い睫を見つめた。
この完璧なまでに美しい人が、自分と同じように人とは違った身体に生まれたせいで周囲から孤立し、悩み苦しんでいたのだと思うと、不思議な共感を覚える。
初めからバケモノ扱いしかされなかった自分よりも、才能に恵まれ将来を嘱望されていたイタチの方がむしろ深く傷ついていただろうと思うと、心が痛む。
名門の家に生まれなどしなければ、身体の秘密を一族中に知られることも無かった筈だ。
他者に知られるとしても、それはせいぜい家族の中だけに留まっていただろう。
それに美貌でなければ、男どもに不愉快な想いをさせられる事も無かったのだろう。
鬼鮫は、身勝手な嫉妬からイタチを殺そうとしていた己を恥じた。
醜いとしたら、それは自分の外見ではなく卑屈になった心の方だ。
7年も一緒にいながら、本当の意味でイタチを理解していなかった。「話したがらない事を無理に聞かない」という口実を作って、イタチの心の奥底に触れるのを躊躇っていたのだ。
イタチに嫌われたくない__ただその臆病さの故に、常に自分で逃げ道を作っていた。
だが、それは無意味な悪足掻きでしかなかった。
所詮、自分はイタチから離れられないのだし、イタチの真意を知った今では、イタチを愛しいと思う気持ちが募るばかりだ。
「……話しづらい事を無理に訊いてしまって、済みません」
「__嫌…お前にはもっと早くに話しておくべきだった」
イタチの言葉に、自分がイタチから信頼されているのだと、鬼鮫は改めて実感した。
「…サスケさんを木の葉に帰すとおっしゃったのは…?」
「抜け忍のままでは、子供を育てられまい」
前髪をかき上げ、イタチは言った。
「サスケを生き延びさせる為に、俺は復讐という目的をサスケに与えた。だがそんな後ろ向きの目的ではなく、サスケはもっと前向きな目的を持っていた。それが、一族の復興だ」
「…アナタの事は忘れさせて、代わりに架空の女の思い出でも抱かせて、それで木の葉に帰すのですか?」
「里抜けは大蛇丸の呪印に操られてした事だ。一定の処罰は受けるだろうが、そう悪いようにはされまい」
幾分か苛立たしげにイタチが言ったのを、鬼鮫は感じ取った。
サスケの里抜けはサスケの意志でした事だ。
イタチはサスケが自分に報復を誓うように仕向けたが、大蛇丸の元に走ったのは予想外だったのだろう。
「…サスケさんを木の葉に帰すのは……生まれた子供と一緒にですか?」
「言っただろう。抜け忍のままでは、子供など育てられない」
「それで……アナタは辛くないんですか…?」
ぴくりと、イタチの指先が震えるのを鬼鮫は見逃さなかった。
たとえ人を殺めることに慣れているとしても、そして自分の両親を手に掛けてさえ冷静でいられるのだとしても、この人は人としての感情を失ってなどいないのだと、改めて思う。
さもなければ、いかに美しかろうと惹かれる事は無かっただろう。
そしてそうであるならば、自分もまた人としての感情を失いきってはいないのだと、鬼鮫は思った。
イタチは暫く黙っていたが、やがて鬼鮫を見、言った。
「お前がいてくれるのならば、俺にはそれで充分だ……」
「__イタチさん……」
「今の状況では、暁を抜けざるを得ない。そうなれば俺は暁から追われ、サスケは大蛇丸から追われるだろう。そして今の俺は足手まといでしか無い。それでも……」
それでも、一緒にいてくれるか?と、イタチは訊いた。
躊躇いも無く、鬼鮫は頷いた。
吸い寄せられるようにして相手を抱きしめながら、何があろうがずっとイタチの側にいようと鬼鮫は思った。
いつの日にかイタチが自分を必要としなくなる、その時まで。
back/next
|
|