
(10)
その日から、3人の奇妙な共同生活が始まった。
サスケは当然、自分とイタチの二人だけで暮らすものと思っていたので、鬼鮫の存在にあからさまに不満を示した。
イタチから「鬼鮫は外せない」と言われ、止む無く承諾したものの、納得はしていなかった。
イタチと鬼鮫は暁、サスケは大蛇丸から逃れるために3人は隠れ家を出、古い山寺に移った。
そこはサスケがイタチの居場所を捜し求めていた頃に見つけたもので、もう長い間、使われた形跡がない。
その山寺に移るまでの旅は、容易ではなかった。
追っ手の目を逃れる為にサスケと鬼鮫は変化したが、術の使えないイタチは衣服で外見を誤魔化すしかなく、当然、野宿も出来ない。
一日に長い時間、移動するのも無理で、山寺に辿りつくまでに半月、かかった。
山寺は何とか雨露が凌げる程度の廃屋で、鬼鮫とサスケは協力してそのあばら家を少しは快適に過ごせる程度のものに修理した。
そうして漸く生活が落ち着くと、サスケは再び鬼鮫に対して敵愾心を見せる様になった。
「…いつまでオレ達と一緒にいる積りなんだ?」
ある朝、朝食の支度をしている鬼鮫に、サスケはそう訊いた。
サスケは鬼鮫への敵意を示すように、食事の支度も薪割りや水汲みも何も手伝わない。
初めにこの山寺を修理した時だけは出来るだけ早くイタチを休ませる場所を整える必要があったから協力したが、それだけだった。
「イタチさんが私を必要としなくなるまで、ですよ」
悪びれもせず、鬼鮫は答えた。
サスケが自分に嫉妬する気持ちは判るし、自分もサスケに対する嫉妬心がなくなった訳では無い。
だが二人が諍えばイタチが心を痛めるだけだし、ひと回りも年下の少年相手に目くじらを立てるのも大人気ない。
「だったらもう、必要ねぇよ。兄貴にはオレがいる」
「御曹司育ちのアナタに料理や洗濯が出来るんですか?」
「馬鹿にするな。木の葉で何年も一人暮らししてた」
言われて見ればその通りだと、鬼鮫は思った。
一族滅亡から里抜けまでの4年の間、サスケは独りだったのだ。
かつてイタチと共に過ごした家で、イタチを恨みながら過ごしたのだろう__それが、偽りの記憶に導かれた偽りの感情だとも知らずに。
「じゃあ、何か作ってみますか?」
「……何?」
「知っての通り、イタチさんはこのところ一層食欲が落ちて碌に食べていないでしょう?一緒に育ったアナタの方が、イタチさんの口に合うものを作れるんじゃないですかね」
鬼鮫の言葉に、サスケは口篭った。
何年も独り暮らしをしていたとは言え、まともな料理など作った事が無い。
イタチの料理の好みは覚えているが、ミコトが作っていた様に自分がやれるとは、とても思えなかった。
それに比べて鬼鮫の作る料理は、その外見からは意外なほど手が込んでいて、味も認めざるを得ない。
「……アンタ、料理なんてどこで覚えたんだ?」
「里を抜けて暁に入ってからですよ。イタチさんとツーマンセルを組むことになったので、料理などは私が」
「兄貴は料理なんか作れないだろうからな…」
独り言のように呟いたサスケに、そうでもないですよと鬼鮫は言った。
「あの人は器用ですからね。やれば何でも出来るんじゃないですか?私が熱を出して寝込んだ時にも、粥を作ってくれましたよ」
鬼鮫の言葉に、サスケは意外そうに相手を見た。
その反応に、鬼鮫は苦笑した。
「私だって体調を崩す時くらい、あります」
「そっちじゃなくて、兄貴が料理するなんて……」
「優しい人ですから」
鬼鮫の言葉に、サスケは不快になった。
確かに幼い頃の記憶に残るイタチは優しかった。だが任務で忙しかったせいもあってか、余り構って貰った覚えが無い。
特にシスイが『自殺』した事件があってからは、イタチは家族とも余り口をきかなくなってしまった。
それに幼い時の事を思い出そうとするとどうしても一族殲滅の日の光景が蘇り、それ以前の幸せだった筈の頃の記憶が霞んでしまう。
「…アンタ、兄貴とはずっと一緒にいるのか?」
「イタチさんが暁に入った時からのパートナーですからね。7年になります」
自分が知らないイタチを鬼鮫が知っているのだと思うと、サスケは胃がむかつくような不快感を覚えた。
それに、イタチが鬼鮫を側に置きたがるのも気に入らない。
「アンタが色々と便利な存在なのは判ったが……二度と兄貴に触れさせる積りは無い。それを、忘れるな」
踵を返し、厨を出て行ったサスケの後姿を見送り、鬼鮫は幽かに溜息を吐いた。
四ヶ月を過ぎてもイタチのつわりは収まらず、体調はずっと優れないままだった。
「こんな事になるって判ってたら、産んで欲しいなんて言うんじゃなかった…」
イタチの体調が良くないせいで、サスケの気分も落ち込んでいた。
「…今更、何を言う」
自分の横たわっている傍らに座るサスケを見上げ、イタチは幽かに眉を顰めた。
「子供が欲しくないって言ってるんじゃない。ただあんたにこんな辛い想いをさせるくらいだったら、子供なんかいなくて良かった…」
「お前は一族の復興を望んでいるのでは無かったのか?」
「あんたと一緒にいられるなら、他の事なんてどうだって良い」
言って、サスケはイタチの手を取ろうとしたが、イタチはそれを振り払った。
「お前が一族を復興したいと言うから俺は産む決心をしたんだぞ?それなのに、どうでも良いと言うのか?」
サスケは訳がわからず、戸惑った。
「何で怒るんだよ?オレが言いたかったのはただ、あんたと一緒でなければ一族復興も何も意味が無いってだけだ」
「俺がいなければ、お前は何も出来ないのか?」
「そんな事、言ってねぇだろう…!」
思わず声を荒げてしまった事を、サスケはすぐに後悔した。
だがイタチが一族復興や子を産む事を本心でどう思っているのか掴めず、苛立つ。
一方のイタチは、サスケが復讐ほど強い意志を一族復興に対して抱いていない事に苛立っていた。
記憶操作の術はいつ解けるか判らない。
その時にサスケがしっかりした生きる目的を持っていなかったら、自分のした事に対するショックを乗り越えられないかも知れない。
そんな事になれば、今までの苦労が水の泡だ。
「__怒鳴ったりして…悪かった」
サスケは詫びたが、イタチはただ視線を逸らしただけだった。
「飲むもの…取って来る」
気まずい雰囲気に耐えられず、それだけ言ってサスケは部屋を出た。
「どうしました?浮かない顔ですね」
厨で飲みものを探していたサスケは、鬼鮫に声を掛けられた。
「……別に」
「イタチさんと喧嘩した訳じゃないでしょうね?妊娠中はどうしても感情の起伏が激しくなるそうですから、こちらが気を遣ってあげないと」
サスケは鬼鮫を見、黙ったまま視線を逸らした。
十以上も歳が離れているとは言え、鬼鮫のイタチに対する態度は常に余裕があって寛大に思えた。
イタチが食べたいという物を作ったのに、一口箸をつけただけで残してしまう事もしょっちゅうなのに、鬼鮫は何の文句も言わない。
妊娠中は感情的になり易く食べ物に関して我儘に思える振る舞いをするのも仕方ないのだと鬼鮫は言い、サスケもそれは理解している積りだが、あからさまに不機嫌な態度を取られると面白くない。
「……兄貴がアンタと一緒にいたがる理由、判ったような気がするぜ」
「__サスケさん…?」
鬼鮫から視線を逸らしたまま、サスケは言った。
「オレはアンタみたいに手の込んだ料理を作れる訳でもないし、折角作ったものを毎回、無駄にされて平然としてもいられない。理由の判らない事で不機嫌になられたら、こっちだって……」
ぼやくサスケの横顔を、鬼鮫は見つめた。
イタチに似た整った顔立ちだが、イタチが年齢より大人びて見えるのと対照的に、少年らしい印象が強い。
そのせいもあってか、サスケのイタチに対する感情は兄弟に対するそれの域を越えていないのではないかと思うこともある。
イタチの言っていた通り、二人の互いに対する想いは不安定な思春期の感情に、両性具有という『異常』な要素が加わった結果のゆらぎのようなものではなかったのだろうか。
イタチが7年の間ずっとサスケを想っていたとしても、それは辛い時期をサスケが支えてくれたという思い出を、無意識のうちに美化しているだけなのかも知れない。
サスケのイタチへの想いは記憶操作を部分的に跳ね返すほど強いものではあるが、それはサスケが元々家族に対して強い感情を抱いているという証拠に過ぎず、記憶操作がサスケの感情を歪めている可能性もある。
或いは、そんな風に考えるのはイタチをサスケに奪われたくないという自分の願望のせいで、結局、イタチがサスケから離れられなくなってしまうのを、手を拱いて見ているだけなのかも知れないが。
「それでも、兄貴はアンタには渡さない」
きっぱりと言い切って踵を返したサスケに、鬼鮫は苦笑した。
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