
(11)
3人が山寺で暮らすようになって数週間が過ぎた。
暁と大蛇丸が行方を捜しているだろう事を考えれば、一箇所に長く留まるのは危険だが、安定期の筈の五ヶ月に入ってもイタチの体調は優れないままで、別の隠れ家を探して移動するのは難しかった。
「…買い物とかあるんなら、オレが行って来るぜ」
その日、サスケは出かけようとしていた鬼鮫にそう言った。
それまではいつも鬼鮫が里に食料や身の回りの品を調達に行っていて、サスケはイタチの側に残っていた。
「珍しいですね。どうかしましたか?」
「…別に。たまには外の空気でも吸わないと、息が詰まる」
幾分か不機嫌そうに、サスケは言った。イタチと諍いでもしたのかと鬼鮫は思ったが、何も言わずにサスケを送り出した。
「今日はご気分は如何ですか?」
久しぶりにイタチと二人きりになれた事を内心、喜びながら、鬼鮫は自室で寝ているイタチに訊いた。
褥の上に起き上がろうとするので手を貸すと、余程だるいのかそのまま鬼鮫の胸にもたれかかる。
幽かに鼓動が早まるのを感じながら、鬼鮫はイタチの肩を抱いた。
ずっと体調不良が続いたせいで痩せた上に、殆ど動かないので筋肉も落ちたようだ。元々細身だったが、今は華奢と言っていいくらいだ。
それに外に出ないせいか肌は幽かな蒼味を帯びて透けるように白く、憂いを帯びた表情が病的な美しさを際立たせている。
「…サスケは?」
「里に買い物に行ってくれてますよ」
「珍しいな…。ずっとお前任せだったのに」
鬼鮫は僅かに躊躇ってから、「たまには息抜きがしたいと…」と、サスケの言葉を伝えた。
イタチは小さく溜息を吐いた。
ずっと体調不良が続き、精神的にも不安定になっているイタチの方が息抜きが必要なのだろうと、鬼鮫は思った。
だが追われる身では、それもままならない。
この山寺に移り住んでからも、料理の煙を外にださないようにしたり、夜、明かりが外に漏れないようにするなど、細心の注意を払って暮らしているのだ。
「…一緒に暮らすようになってから……サスケはずっと不満そうだ」
「私が一緒だからでしょう」
ぼやいたイタチを宥めるように、鬼鮫は言った。
イタチは幽かに眉を顰めた。
「それもあるだろうが……それよりも俺の態度が気に入らないのだろうな…」
サスケがイタチの事で愚痴をこぼすのを、鬼鮫は何度か耳にしている。
初めはサスケの嫉妬と、妊娠中の精神状態に対する理解不足が原因だと考えていたが、この頃はそればかりではないようだと思うようになっていた。
「…喧嘩でもしたんですか?」
「言い争った訳ではないが…術が解けるのを避ける為には、どうしてもサスケに冷淡な態度を取らざるを得ない」
「__どうして……本当の事を話してしまわないんですか?」
幾分か躊躇ってから、鬼鮫は訊いた。
イタチは再び溜息を吐いた。
「本当の事など話せば…今までして来た事が無駄になる」
「サスケさんを苦しませたくない気持ちは判りますが…アナタが一人で何もかも背負う必要は無いでしょう?」
「そんな事が言えるのは、サスケがどれほど両親を愛していたか、お前が知らないからだ」
イタチの言葉に、鬼鮫は幽かに眉を顰めた。
「サスケが里を抜けて大蛇丸の力に頼ってまで俺に復讐しようとしたのは、それだけ両親を愛していたからだ」
「でもアナタを愛する気持ちの方が強かったんでしょう?だからこそ、アナタの為にご両親を…」
イタチは幾分か苛立たしげに髪をかき上げた。
「一族殲滅は、考え抜いた末にした事では無かっただろう。考えていれば、思いとどまっていた筈だ。恐らく誰かの心無い言葉がサスケを酷く傷つけ、駆り立てたのだろう…」
「つまり…サスケさんは自分のした事を知れば、後悔するだろう、と…?」
「そんな程度では…済まないだろうな……」
鬼鮫は、3年前に宿屋で会った時のサスケを思い出した。
あの頃のサスケの実力はイタチの足元にも遥かに及ばず、イタチを殺すどころか戦ってもまるで歯が立たないのは傍目にも明らかだった。
だがサスケは諦めようとはしなかった。
ボロ布のようになりながら、何度も立ち上がってイタチに向かおうとした。
そんなサスケを、無謀で愚かだと鬼鮫は思った。だが同時に、その意志の強さに呆れると共に感嘆もしていた。
あの時のサスケの愚かしいまでの一途さは、子供の頃からずっと変わっていないのだろうと鬼鮫は思った。
一族を滅ばしたのも、里を抜けて大蛇丸の元に走ったのも、全てはその一途さの故だ。
それは大きな力の源ともなり得るが、余りに感情的で制御し難い。
もしも負の方向に向かえば、悲劇は避けられまい。
それを思えばイタチが真実を隠そうとする気持ちも判るが、愛する者に故意に冷淡に接しなければならないイタチの心情が哀れだ。
「__私は…サスケさんは真実を知っても耐えられると思いますよ。たとえ一人では無理だとしても、アナタが側にいれば…」
それに、と、鬼鮫は続けた。
「子供が生まれれば、その事もきっと励みになるでしょうし」
「暁や暗部から逃げ回る身で、赤ん坊など育てられる筈がないだろう?この子の為にも、サスケは里に帰す。それでも大蛇丸が執拗にサスケを追うようなら、大蛇丸は俺が斃す」
鬼鮫は、吐きかけた溜息を何とか噛み殺した。
イタチはこれ程までにサスケを想っているのに、サスケはそれを知らずにいる。
何も知らず、イタチの『冷淡さ』に苛立っているのだ。
このままでは、余りにイタチが哀れだと鬼鮫は思った。
それに、サスケも。
二人の互いに対する想いは眩暈がする程に強いのに、このままでは報われない。
だが、と、鬼鮫は思った。
イタチの計画通りサスケの記憶操作を補強して木の葉に帰せば、自分はイタチの恋人に戻れる。
かつてはただ側にいられれば良いと思い、気持ちを打ち明けることもしなかった。が、ひとたび知った肌に二度と触れられないのは、矢張り辛い。
それに暁からも抜けた今、イタチを失えば自分が生きる理由は何もなくなるのだ。
「……私はアナタの決定に従いますよ」
言って、鬼鮫はイタチの髪を軽く撫でた。
襖が開いたのは、その時だった。
「買い物に行くから欲しいものがあったら__」
鬼鮫の腕に抱かれているイタチの姿に、何か欲しいものがないか訊く為に引き返して来たサスケは絶句した。
一気に、嫉妬と憤りで身体が熱くなる。
「兄貴には障るなと言った筈だ…!」
半ば怒鳴るように鬼鮫に言ってから、サスケはイタチに歩み寄って傍らに膝を付き、鬼鮫から引き離すように腕を掴んだ。
「あんたもあんただ。一体、どういう積りだ?」
イタチは答えなかった。
それが、サスケを一層、苛立たせる。
「何、考えてんだか判らねぇぜ。大体、こんなバケモノみたいな奴のどこが__」
パン…と乾いた音がして、サスケは左頬に軽い痛みを覚えた。
半ば呆然と、自分を打ったイタチを見つめる。
「……そうかよ。それがあんたの本心なんだな」
吐き棄てるように言うと、サスケは部屋を出て行った。
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