
(12)
夕食の支度を始める頃になって、サスケは戻って来た。
黙って買って来た品をテーブルに並べる。
「……帰って来ないんじゃないかと思ってましたよ」
「帰って来ない方がアンタには良かったんだろうな」
言ってから、サスケは溜息を吐いた。
「……悪かった。言いすぎた」
鬼鮫は黙ってサスケを見た。
サスケは視線を逸らしたままだ。
「…私は馴れてますけどね。ただ……アナタが出て行った後、あんな辛そうなイタチさんを見たのは初めてでしたよ」
「だから悪かったって謝ってるじゃねぇか…!」
苛立たしげに言ってから、サスケは再び溜息を吐いた。
「…オレが一緒にいるのは、間違いみたいだな…」
「サスケさん…?」
鬼鮫から視線を逸らしたまま、サスケは続けた。
「あの夜、抵抗しなかったから、兄貴もオレが好きなんだと思い込んでた。だけど…兄貴が愛してるのはアンタだけみたいだ」
「…もしもそうならば、アナタの子を産む決心なんかしなかったんじゃないですか?」
「だから判らないんだ__兄貴が…何を考えているんだか……」
鬼鮫は、サスケが出て行った後のイタチの辛そうな姿を思い起こしていた。
思い出すだけで、心が痛む。
「兄貴はおっとりしてるから昔は喧嘩なんかした事が無かったし、いつも優しかった。それなのにここで一緒に暮らすようになってからは……」
爪を噛み、サスケは続けた。
「幾ら妊娠中は感情的になりやすいからって、オレに冷たく当たる理由が判らない。アンタをバケモノ呼ばわりしたのは悪かったと思うけど、手を上げるなんて……」
鬼鮫は言うべき言葉が見つからず、黙ってサスケが続けるのを待った。
脳裏にあるのは、辛そうなイタチの姿だ。
サスケは、鬼鮫を見た。
「本当の事を、教えてくれないか。兄貴がオレを、どう思っているのか」
「……それは……」
「考えたんだ。兄貴は一族を滅ぼした事に罪悪感を感じていて、それであの夜も抵抗しなかっただけじゃないのかって。子供を産む気になったのも、罪滅ぼしの積もりなんじゃないかって…」
鬼鮫は、口を噤んだままサスケを見つめた。
サスケの表情はとても真剣で哀しげで、愚かしいほどの一途さを感じる。
サスケに嘘を吐くのは簡単だろう。そしてそうすれば自分はイタチを取り戻せる。
だが嘘を吐けば、そしてこのままイタチとサスケが別れる事になれば、自分は一生、後悔するのだろうと、鬼鮫は思った。
「……イタチさんはアナタを愛していますよ。さも無ければ、アナタの身代わりになって一族殲滅の汚名を着たりしなかったでしょう」
「__な…に…?」
ゆっくりとサスケの表情が変わって行くのを見ながら、鬼鮫は続けた。
「アナタ達は木の葉の里にいた頃から恋人同士だったんですよ。イタチさんは両性具有であるが故にうちは一族から畸形扱いされ、貶められていた。だから、アナタは一族を滅ぼしたんです」
「……何の…話__」
「イタチさんは幻術でアナタの記憶を操り、イタチさんが一族を滅ぼしたと思い込ませたんです。そして、アナタがイタチさんを憎むように仕向けた」
サスケは瞬きも忘れ、呆然と相手を見つめた。
「でも術は完璧ではなかった。いえ、術は完璧だったかも知れない。でもアナタのイタチさんを想う気持ちは、術を打ち破るほどに強かったんです…」
「__だからなのか……ずっと恨んでた筈なのに、何で急にって……」
呆然と、サスケは呟いた。
「でも、何で兄貴は何も話してくれなかったんだ?」
「アナタを……苦しませたくなかったからでしょう」
「この7年の間、オレが苦しまなかったとでも?兄貴を憎むのが…オレに取ってどんなに……」
そのまま踵を返そうとしたサスケを、鬼鮫は引き止めた。
「アナタも辛いでしょうけど、イタチさんはもっと辛いんですよ?だから__」
「これはオレたち二人の問題だ」
言って、サスケは鬼鮫の手を振り払った。
サスケが部屋に行った時、イタチは褥の上に半身を起こし、文机に凭れかかっていた。
「どうして…何も話してくれなかったんだ」
イタチが口を開く前に、サスケは言った。
「どうしてオレの記憶を操ったりして、一人で何もかも背負い込んだりしてたんだ?」
サスケの言葉に、イタチの顔色が変わった。
「鬼鮫が……話したのか?」
イタチの視線は、心配して様子を見に来た鬼鮫に向けられた。
「何故、話した?」
「……私は__」
「お前は俺を理解してくれていると思っていたのに、何故、余計な事を言った?足手まといの俺の面倒をみるのが嫌にでもなったのか?」
イタチの言葉は、鬼鮫には心外だった。
そして、サスケに話した事を後悔した。
「オレが本当の事を話してくれって頼んだんだ。オレは…あんたの本心が知りたかった」
「何故、そうやってお前は全てをぶち壊しにする?お前が里を抜けて大蛇丸の元に走った時にも俺は……」
「__兄貴……」
相手を宥めようと、サスケはイタチに歩み寄った。が、イタチは差し伸べられた手を振り払った。
「もう、良い。二人とも、出て行ってくれ」
イタチの言葉に、鬼鮫とサスケは、顔を見合わせた。
「聞こえなかったのか?」
もう一度、苛立たしげに言われ、二人は止む無くイタチの部屋を出た。
「……詳しい話を、聞かせてくれないか」
かつて本堂だった場所に並んで腰を降ろし、サスケは鬼鮫に言った。
話してしまった以上、隠しても無駄だと思い、鬼鮫はイタチから聞いた話をすべてサスケに伝えた。
シスイの事も、サスケが両親に止めを刺せなかった事も、全てを。
サスケは鬼鮫が話すのを、黙ったまま聞いていた。
ショックは受けているようだが、取り乱しはしなかった。
この分ならばサスケは乗り越えられるのだろうと、鬼鮫は思った。
「__子供を産んだ後、兄貴はどうする積りだったんだ…?」
暫くの沈黙の後、サスケはそう訊いた。
「体調が回復したら、アナタの記憶操作を補強して木の葉に帰らせるとおっしゃってましたよ。お子さんと一緒に」
「オレと…子供だけで…?」
鬼鮫は頷いた。
「抜け忍のままでは子供を育てられない。子供の為にもアナタを里に帰す…と」
サスケは深い溜息を吐き、両手で顔を覆った。
暫くその姿勢のまま動かなかったが、やがて顔を上げて鬼鮫を見た。
「…どうしてオレに話してくれたんだ?兄貴はオレを木の葉に帰してアンタとずっと一緒にいる積りだったんだろう?」
「後悔してますよ…とてつもなく、ね」
苦笑し、鬼鮫は続けた。
「ただ私は、イタチさんが一人で苦しんでいるのを見ていられなかったんです…。アナタに敢えて冷淡な態度を取らなければならなくて、イタチさんはとても辛そうだった……」
サスケは黙ったまま鬼鮫を見、それから視線を逸らした。
「__アンタ……兄貴の事を、本当に愛してるんだな……」
認めたくは無いけど、と、小声でサスケは付け足した。
「でも、兄貴は譲れない。悪いけど」
「……私も、譲る積りはありませんよ」
サスケは幾分か意外そうに鬼鮫を見た。
それから、幽かに笑う。
「…だろうな。アンタの気持ちは、判る」
「__ええ…。私も判りますよ、アナタの気持ち」
言って、鬼鮫も笑った。
「もう大分、遅いですから、夕飯にしますか」
話題を変えて、鬼鮫は言った。
「オレは余り食べる気がしないな…」
「私もですよ。でもイタチさんには何か用意した方が良いでしょう」
「そうだな…。ちょっと様子を見て来る」
言って立ち上がったサスケに、鬼鮫は「判っているとは思いますが」と、声を掛けた。
サスケは頷き、踵を返した。
「兄貴がいない…!」
鬼鮫が厨で食料をチェックしていると、サスケが駆け込んで来てそう、言った。
「…トイレとかじゃないんですか?」
「トイレにも風呂にもどこにもいないんだ」
背筋が寒くなるのを、鬼鮫は覚えた。
だが何の気配も感じなかったから、何者かに拉致されたのではなく自分の意思で出て行ったのだろう。
今のイタチの身体では、そう遠くには行けない筈だ。
「すぐに手分けして探しましょう」
「…判った」
夕闇の濃くなり始めた中に、二人は飛び出した。
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