(13)


木の枝から枝へと飛び移りながら、サスケはこみ上げる不安をどうする事も出来なかった。
イタチの身に悪いことなど起きる筈がないと思ってはみても、不安は消えない。
写輪眼を発動し、周囲に警戒しつつ、イタチの姿を探す。
が、意識の半ばは一族殲滅のあの日へと飛んでいた。
鬼鮫の話を聞き、自分がどれほどイタチを愛し、イタチに愛されていたのか改めて実感した。
だがそれは単純な歓びをもたらしてはくれなかった。
自分が一族を、そして両親を手にかけたのだという事実が、重く圧し掛かる。
それに、後悔もあった。
7年前の自分がした事は、イタチの為の筈だった。だが実際にはそのせいでイタチに罪を負わせ、苦しめる事となってしまったのだ。
自分が両親に止めを刺す事が出来ず、結果としてイタチにそれをさせてしまった事が、何よりも悔やまれる。

「……!」
森の中の少し開けた場所にイタチを見つけ、サスケは木から飛び降りた。
雷で倒れたらしい木に腰を降ろしているイタチから、少し離れた場所に立つ。
「……心配した」
イタチは答えず、ただ俯くばかりだった。
「…とにかく、戻ろう。こんな所にいたんじゃ身体に障る」
出来るだけ優しくサスケは言ったが、イタチは口を噤んだままだった。
「__悪かった……」
沈黙に耐えられなくなって、サスケは言った。
「…オレは何も知らずにあんたを恨み、何も知らずにあんたを愛した…。それが……どれだけあんたを苦しめる事になるかも知らずに……」
イタチは顔を上げ、サスケを見た。
「俺のした事が……間違っていると思うのか…?」
「そうは思わない…。例え間違いだったとしても、最初に過ちを犯したのはオレだ。どんな理由があったかは覚えていないが、本当にあんたの事を想うなら……一族殲滅なんて、無謀な真似はすべきじゃなかった」

イタチは暫く黙ってサスケを見つめ、それからまた視線を逸らした。
サスケはイタチの隣に腰を降ろした。

「その方が本当にあんたの為になるんだったら……オレは木の葉に帰る。一人ででも、子供は立派に育てる。だけど__」
イタチの身体に腕を回して抱きしめ、サスケは続けた。
「頼むから記憶操作なんてしないでくれ。あんたを愛した記憶を__あんたに愛された記憶を__失うくらいなら、死んだほうがマシだ…」
「……サスケ……」
「オレは一族殺しの罪を犯した。だからどんな罰を受けても構わない。だけどオレの為にあんたが苦しむのは……それだけは、耐えられない……」
イタチは暫く黙ったままでいた。
それから、口を開く。
「……俺の事を想うのならば、大人しく子供と一緒に里に帰ってくれ」
「__兄貴…」
「抜け忍のままでは子供など育てられない。それに…お前には一族復興の夢を実現して欲しい」
サスケは、目立ち始めてきたイタチの腹に触れた。
「…この子には、何の罪も無い__そうじゃないか?」
「だからこそ、里に帰ってまともな環境で育てるべきだと__」
「初めから片親を奪ってしまうのがこの子の為になるのか?何より、自分で産んだ子と引き離されて、あんたは辛くないのか?」
イタチは答えなかった。
サスケは、もう一度、イタチをしっかりと抱きしめた。
「あんたとこの子を護る為なら、オレは何だってする。力が足りないのなら、もっともっと強くなる。何も知らずにあんたを恨んでいた7年の間だって、オレはあんたを殺したい訳じゃなかった。ただ__」

あんたに、認められたかった……

イタチは、ゆっくりと瞼を閉じた。
サスケから初めて想いを告げられた日のこと。
そしてその想いが純粋なものだと知った時の事を思い出す。
あの頃は二人ともまだ幼くて、今にして思えば無謀なところもあった。
だが確かに、あの頃は幸せだった。
その後の悲劇を思っても、あの頃が幸せだった事は否めない。
「……戻ろう…」
言って、サスケはイタチを抱き上げた。
イタチは黙ったまま、サスケの腕に身を委ねた。
そして二人とも、気配を殺して自分たちの様子を窺っている者の存在に、気付かなかった。





「冗談を聞くような気分じゃないわよ」
カブトの報告に、不機嫌そうに大蛇丸は言った。
不機嫌なのも当然だ。この2年半の間、手塩にかけて育ててきたサスケに裏切られたのだから。
大蛇丸はサスケが自分を必要としているのだと信じて疑わなかった。
だからサスケには寛大に接し、特に見張りもつけなかったのだ。
だがその甘さが裏目に出た。
サスケは大蛇丸の元から出奔し、行方知れずになった。
当然、大蛇丸は部下達に命じてサスケの行方を捜させた。そしてついに、カブトがその居場所を突き止めたのだ。
「僕も自分の眼を疑いましたよ。でもあれは間違いなくうちはイタチで__間違いなく、妊娠していました」
「馬鹿も休み休み言いなさい。大体、イタチ君は__まあ、確かめた訳じゃないけれど…」
「勿論、大蛇丸様もご存知でしょうけれど、世の中には生まれた時に男の子だと思われたのに、実は女性だったという例が幾つもあります。生殖器が体外に出ていた為に、外性器だと思い込まれたケースです」
ただ、と、眼鏡の位置を軽く正して、カブトは続けた。
「うちはイタチは外見的に男性の特徴も備えています。前述のケースでは、第二次性徴以降は本来の性の特徴しか示さないものです」
「だから、要するになんなのよ」
幾分か苛立たしげに、大蛇丸は訊いた。
「詳しい事は染色体を調べてみなければ判りませんが、可能性として考えられるのは__うちはイタチは、XXY染色体を持つ、両性具有者だという事です」
「両性具有者……ですって?」
「事実だとしたら、これは文字通りの奇跡です。昆虫のような下等生物では例がない訳でもありませんが、ヒトのような高等生物において、染色体異常を持つものが固体発生の途上で淘汰される事も無く、ましてや懐妊する機能を持ちえているなどと……」

大蛇丸は、かつて暁で一緒だった頃のイタチを思い浮かべた。
理由は判らないが、イタチが一族の中で孤立している事は知っていた。だから大蛇丸は、イタチに里抜けを勧めたのだ。
イタチはすぐには首を縦に振らなかった。が、ある時、一族を殲滅して里を抜けた。
大蛇丸は狂喜した。
イタチが一族を滅ぼしたのは年齢に不釣合いな実力と、その実力が生み出すプライドの高さが現実に適応し切れなかったからだと考えたからだ。
そしてそういう若者は、プライドを擽ってやれば簡単に堕ちる。
だが、イタチは大蛇丸の誘惑に屈しなかった。それどころか、自分より勝ると大蛇丸に認めさせるだけの実力を示して、大蛇丸を排斥した。
それは、大蛇丸にとっては確かな屈辱だった。
大蛇丸がサスケに興味を示したのは、うちはの血を引く者に興味があっただけでなく、イタチに対する意趣返しの意味もあった。
だが今、そのサスケも彼の手を逃れてしまった。

「……イタチ君が妊娠しているとして、父親は誰なの?」
「サスケ君…ですよ」
「馬鹿な事をおっしゃい。サスケ君はイタチ君に復讐しようと、生命を狙っていたのよ?」
カブトは軽く肩を竦めた。
「どうやら、何か事情があるようです。記憶操作がどうのとサスケ君は言っていましたから」
「もっと詳しい事は判らないの?」
「残念ながら……こちらの気配を気取られずに向こうの会話を聞き取れるギリギリの距離でしたから、会話の内容は、部分的にしか…」
大蛇丸は口を噤み、暫く黙ったままでいた。やがて、口元を歪めて哂った。
「ある国の神話にね、こういう話があるわ」

その昔、人間は男と女の両性を具有していて、とても強力だった。
強力であるが故に彼らは神を敬わず、これに怒った神々は人間を懲らしめた。
すなわち人間の身体を二つに裂き、男か女か、どちらかの性のみしか持たぬ不完全な姿に貶めたのだ。

「両性具有者__アンドロギュヌス__こそ、人間の完全な姿だと、その神話では語られているのよ。イタチ君のあの強さも、ひょっとしたら……」
「__どう…なさいます?」
答えは決まっていると判っていながら、カブトは敢えて訊いた。
もう何年も大蛇丸の人体実験にはつき合わされている。
この手の『畸形』に大蛇丸が喰いつきたがるのは、火を見るより明らかだ。
「決まっているわ。サスケ君は私のもの。だから取り戻す。『完全な』人間に興味がある。だから、イタチ君を奪い取る」
そして、と、大蛇丸は続けた。
「誰よりも濃くうちはの血を受け継ぐ二人の子供……欲しいわ…」
「…御意のままに」
一礼して、カブトは言った。






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