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(8)
イタチが自分の身体の変化に気付いたのは、暗部に入隊した数ヶ月後の事だった。
それまでも自分の身体の構造は知っていたが、アカデミーに1年しか行かず、基本的な性教育も受けていないせいで他の男と自分の身体の違いに気付かなかったのだ。
それでも出血が何を意味するかは判った。そして、当然の事ながら酷いショックを受けた。一日、寝込んでしまった程だ。
が、任務を何日も休むわけに行かず、絶対に誰にも話さないで欲しいと口止めした上で母のミコトに打ち明けた。だがミコトもショックを受け狼狽し、すぐに一族の医療忍に相談した。
そしてその医療忍が一族の長老に話し、長老はこれを一族の一大事と捉え会合の議題としたために、一族の殆どすべてが瞬く間のうちにイタチの身体の秘密を知る事となってしまった。
自分が両性具有だと知ったこと以上に、それを一族の皆に知られた事がイタチにはショックだった。
会合の場で「秘密が外部に漏れる前に子宮と卵巣の摘出手術をすべきだ」とか、「ホルモンバランスの乱れはチャクラコントロールの乱れにつながり戦力低下をもたらすので様子をみるべきだ」との議論が、本人の眼の前で本人の意思を無視して続けられるのに耐えられず、イタチは会合の場から飛び出した。
会合を中座した事でイタチは非難されたが、それ以来、会合に出席する事を頑として拒むようになった。
それが、イタチが一族の中で孤立してゆく始まりだった。
「…今にして思えば、あの時、手術を受けてしまえば良かった」
視線を逸らしたまま、呟くようにイタチは言った。
「……手術は、勧められなかったんですか?」
鬼鮫の問いに、イタチは首を横に振った。
「俺が万華鏡写輪眼を会得したのはそのすぐ後だった。一族の長老達は、特殊な身体が特殊な能力をもたらしているのだと考えたらしい。だから、手術はむしろ禁じられた」
一族以外の医療忍を頼る事も出来なくはなかったが、一族は秘密を一族以外に知られる事を恥ずべきことと看做してイタチの行動を監視していたし、イタチ自身、これ以上、秘密を知る者を増やしたくはなかった。
秘密を皆に知られてから、イタチの毎日は苦痛と屈辱に満ちたものになった。
それまでイタチを期待と羨望の眼差しで見ていた者達が、化け物でも見るかのような態度に変わったのだ。
それ以上に屈辱だったのは、一部の男たちが向ける劣情だった。
「…うちはシスイという男がいた。うちは一の手練れと称される優れた忍で、俺はあの男を実の兄のように思っていた」
そのシスイから想いを告げられたのは、一族に秘密が知れ渡った数週間後の事だった。
イタチはシスイを兄のように感じていたので恋愛感情などは全く無く、それ以上に男からそんな告白を受けるのは不本意でもあった。
だがその時のイタチはショックで混乱していたし、一族の中で孤立していて孤独でもあった。
そして自棄的な気持ちとシスイへの信頼から、シスイの求めに応じた。
その時、イタチはまだ11でしか無かったが、シスイは手馴れた愛撫でイタチに快楽を味あわせ、自分が性的に男としても『女』としても機能しうるのだと知らしめた。
数日後、イタチは一族の男たち数人に取り囲まれ、路地裏に連れ込まれた。
------随分、具合が良いそうじゃないか。シスイから聞いたぞ?
------俺たちにも味見させろ
シスイに騙され、晒し者にされた事にショックを受けるイタチに、男たちは下卑た哂いを浮かべて近寄った。
------初めてとは思えないほどに悦がってたそうじゃないか?
------当然だ。男としても女としても感じる淫乱な身体してるんだからな
「……その連中、この手で八つ裂きに出来ないのが残念ですよ」
低く、鬼鮫は言った。
何年も前の話であっても、憤りを感じるのは防げない。
イタチは宥めるように鬼鮫の腕に軽く触れた。
「そいつらは俺の殺気で立っていられなくなる程度の腰抜けどもだった…。あの場で殺してしまわなかったのは殺気に気付いて警務部隊の隊員たちが駆けつけたせいだ」
だが、と、イタチは続けた。
「シスイだけはどうしても赦せなかった…。月読をかけたのは…あの男が最初だ」
シスイは精神崩壊を起こし、自ら南賀ノ川に身を投じた。
イタチはシスイ殺しの嫌疑をかけられたが、暗部の隊員でもあり充分な証拠も無いために取調べを受ける事は無かった。
ただシスイの死の理由を知る者たちは、二度とイタチに劣情をもって近づく事は無かった。
とは言っても、シスイから話を聞いたのではない別の男たちから下卑た視線を向けられる事はなくならなかったが。
イタチの苦痛と屈辱を僅かでも和らげたのは、何も知らずにいるサスケの存在だった。
サスケは自分と兄の実力の余りの差に悩みながらも、イタチを慕い、イタチに憧れていた。
だがそのサスケも下忍となって会合に出席するようになれば、イタチの身体の秘密を知る機会を得る事になる。
そうなれば他の者たちと同じように態度を変えるのだろうと、イタチは苦々しく思っていた。
サスケがその機会を得たのは、イタチが12、サスケが11の時だった。一族のある者が、イタチの身体の事を、サスケに話したのだ。
サスケは驚き、戸惑ったが、それはイタチへの想いを自覚させるきっかけとなった。
「サスケに好きだと言われた時、俺は絶望した。まだ11の弟が、シスイや他の男どもと同じように俺の身体に下劣な興味を持ったのだと思ったからだ」
イタチはサスケを罵り、誤解だと言われても聞き入れなかった。そしてその日から、サスケを遠ざけるようになった。
だがサスケは諦めず、必死になって誤解を解こうとした。
------どんな身体でも、兄さんは兄さんだ
------オレはただ、兄さんを護りたい……!
古い、だが今も鮮やかな記憶に、イタチは幽かに口元に笑みを浮かべた。
「あの頃、暗部で既に小隊長だった俺を、アカデミー生のサスケが護ると言い切った…。そう言った時のサスケはとても真剣で、俺はその想いが純粋なものだと信じた」
「……それで、恋人同士に?」
鬼鮫に問われ、イタチは曖昧に首を振った。
「あれが本当に恋だったのかどうかは判らない…。二人ともまだほんの子供だったし、思春期とかいう、精神的に不安定な時期でもあった」
二人はそれまでより長い時間を共に過ごし、寄り添い、時には小鳥のような口づけを交わした。
その頃、イタチは当時、暁にいた大蛇丸から里抜けを勧められていて、サスケの想いが真剣なものだと知るまでは、大蛇丸の誘いに乗る積りでいた。
サスケの存在が、一族に絶望しきっていたイタチに希望を与え、里を出る事を思いとどまらせたのだ。
だが二人の関係は、長くは続かなかった。
イタチとサスケがイタチの部屋で寄り添っている姿を、暗部からの急使を知らせる為にノックもせずにドアを開けたフガクに見られてしまったのだ。
フガクは二人の関係を実際以上に深いもので、イタチがサスケを誘ったのだと思い込み、イタチを罵った。
そしてサスケを一族の長老の家に預け、イタチを自分の監視下に置くことで二人の仲を引き裂いた。
サスケの中に最初に殺意が芽生えたのは、この時だった。
「その後、俺はサスケと会えなくなってしまったから詳しい事は判らないが…サスケも下忍になって会合に出席するようになり、俺が一族の者たちから貶められている事を知ったのだろう…」
「……愛する人を貶められるのは、自分自身が貶められるよりも辛いですからね…」
今、こうして話を聞いているだけでもうちは一族に対する憤りを感じるのだから、サスケが一族を滅ぼす気になったのも無理はないと、鬼鮫は思った。
でも、と、鬼鮫は問うた。
「どうしてサスケさんの記憶操作なんかしたんですか?」
「……サスケは俺の為に一族を滅ぼしたのだ。だからその罪は…俺が負うべきだと思った」
「そこまでサスケさんの事を想っているなら、何故ご自分を憎ませたりしたんですか?何故、一緒に逃げなかったんです?」
イタチは鬼鮫を見、それから視線を逸らせた。
「…あの日、俺が任務から戻った時、まだ何人かは息があった。サスケは狂ったようになって、助けを求める者たちに止めを刺していた」
アカデミーを卒業し下忍になったばかりだったサスケに、忍術をもって一族を殲滅するだけの力は無かった。だからサスケは一族の全員が集う会合の場を利用し、飲み物に毒を混ぜたのだ。
毒は致死量を充分に越えている筈だった。が、何人かは口にした飲み物の量が少なすぎ、何人かはその毒に耐性があった。その為、すぐには死ななかったのだ。
「サスケは最後に両親の止めを刺しに家に戻った。二人とも飲んだ量が少なかったらしく、解毒剤を求めて家に逃げ帰っていた。すぐに解毒剤を飲ませていれば、助かっていたかも知れない…」
イタチは軽く眼を閉じた。
あの時の光景が脳裏に蘇る。
------サスケ……何故、こんな……
------オレは兄さんを愛してるんだ!それなのに、父さんたちは……
それを追い払うかのように、イタチは眼を開け、続けた。
「サスケには、自分の両親を手に掛ける事は出来なかった。止めを刺すことも出来ず、泣いていた…」
「……だから…アナタが代わりに……?」
イタチは頷いた。
「俺は…躊躇いもしなかった…」
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