
(7)
「……話をするのでは無かったのか…?」
長い口づけの後、イタチは言った。
抵抗する気力が起きないのはずっと続いている体調不良のせいなのか、今も鮮やかな昔の思い出のせいなのか、自分でもよく判らない。
術が使えない今となっては、サスケの記憶操作を補強する事も出来ない。
鬼鮫では高度な記憶操作術は使えないし、写輪眼を持つサスケが相手であれば、尚更無理だろう。
「この三ヶ月、ずっとあんたの事を想ってた。7年前からずっとあんたの事ばかり考えてたけど、それとは全く違った意味で…」
サスケはイタチを間近に見つめて微笑い、そして続けた。
「まさか子供が出来るなんて思ってなかったけど……嬉しいぜ」
「嬉しい…だと?」
思わず鸚鵡返しに、イタチは聞いた。
サスケは頷いた。
「好きな人との間に子供が出来たら嬉しく思って当然だろう?」
「何をたわけた事を……。俺たちは血の繋がった兄弟だぞ?」
「だから__だからこそ……」
言って、サスケは言葉を切った。
7年前のあの日の光景が脳裏に蘇る。
だがそれでももうイタチへの憎しみの感情が涌かないことに、内心で安堵した。
「うちは一族の生き残りはオレ達しかいない。だから一族の復興も、オレ達にしか出来ない」
「一族の、復興…?」
ああ、と、サスケは頷いた。
「7年前のあの日、オレは全てを失った。そのオレが何とか生きて来れたのは、あんたへの復讐と一族の復興__その二つの目的があったからだ」
サスケの言葉に、イタチは視線を逸らした。
サスケが自分を憎むように仕向けたのは、サスケを生き延びさせる為だった。
絶望の淵にあっても、どんな状況に陥っても、サスケには生きて欲しかった。だからこそ、身を切られるより辛い想いをしてまで、サスケに術をかけたのだ。
だが今、サスケは自分への憎しみを感じなくなっている。
このまま記憶が戻る事はあるまいが、確信は無い。
「…あんたを非難してる訳じゃない。あんな事をしたからには何かきっと深い理由があるんだろうけど…それはいつか時が来たら聞かせてくれれば良い」
「……己の器を測るためだと、そう言った筈だ」
「そんなんじゃ納得できねぇよ!だけど……今はその話はしたくない。理由を聞いたからって、死んだ人たちが生き返るわけでなし……」
イタチはサスケを見、それからまた視線を逸らせた。
サスケはイタチの腕に触れ、続けた。
「子供が出来たって知って嬉しいのは、これで一族の復興が、少なくともその最初の一歩が始められるからだ」
イタチは幽かに眉を顰め、サスケを見た。
「お前は自分が何を言っているのか判っているのか?俺たちは二人とも里を抜けた身だぞ」
「オレはうちはの名とか里での地位とか、そんなものはどうだって良いんだ。ただオレたちの先祖がずっと護ってオレ達に伝えようとしてきたものを受け継いで、次の世に伝えたい」
「…写輪眼の事を言っているのか…?」
イタチに問われ、サスケは口を噤んだ。
ずっと復讐の事ばかり考えていて、もう一つの目的の筈の一族の復興は、漠然としたイメージでしか無い。
気持ちをうまく伝えられないのが、もどかしい。
「オレが望んでるのはただ、家に帰れば母さんがいて、おじさんやおばさんが声を掛けてくれて__死んでしまった人たちは帰ってこないけど、家族が出来ればまたそんな日が来るんじゃないかって……」
唇を噛み、俯いたサスケをイタチは黙って見つめた。
血継限界を持つ忍の家はどこもそうだが、うちは一族はその血継限界を護り伝える為に一族が密接に関わりあっていた。一箇所に集まって住居を構えるのも、定期的に会合を開いて下忍以上の全員が集まるのもその為だ。
その結果、家族と一族の境界は曖昧となり、子供は一族がそのまま家族であるような感覚の中で育つ。
だからサスケが「一族の復興」と言っているのは、家族が欲しいという意味に他ならないのだろうと、イタチは思った。
「……俺はお前の兄だ。添い遂げる事など出来ない」
「だったら何でオレと寝た?何であの時、オレを殺さなかった?」
視線を逸らそうとしたイタチの両腕を、サスケは掴んだ。
すぐに力が入りすぎた事に気付いて力を緩めたが、離さなかった。
「一族を皆殺しにしたあんたが、弟だってだけでオレを殺せない筈がない。それにあの時、あんたは抵抗もしなかった。それでもオレの事が好きでも何でもないって言うのか?」
------実の弟に手を出すなど……汚らわしい
フガクの言葉が不意に脳裏に蘇り、イタチは唇を噛んだ。
------やはり身体が異常だと、心まで異常になるのか
「……オレは、あんたが好きだ」
イタチを間近に見つめ、サスケは言った。
「もう二度と、あんたから離れたくない……離さない。大蛇丸の所にも戻らない。このままずっと二人で__子供と三人で暮らそう」
イタチは口を噤んだままでいた。口を開けば、感情を抑えられなくなってしまいそうだ。
「あんたがまたどっかに消えちまっても、オレは必ずあんたを見つけ出す。あんたがオレを好きだって言ってくれるまで、オレは諦めないぜ」
「……愚かだ……」
「__判ってる」
幽かに微笑して言うと、サスケはイタチを抱きしめた。
「兄貴がアンタと話したいそうだ」
自室にいた鬼鮫に、そうサスケは声を掛けた。
鬼鮫は鮫肌を手にしたまま、立ち上がった。
「…大袈裟だな。まだオレを疑ってるのか?」
「アナタを信じる理由など、何一つありませんよ」
「__だな…」
鬼鮫が部屋に入ると、イタチはベッドに座った姿勢でいた。
側に歩み寄り、床の上に胡坐をかいて座る。
「いつか……他の男の子供を孕んでいても、俺への気持ちは変わらないと言ってくれたな」
視線を逸らしたまま、イタチは言った。
鬼鮫は黙って、イタチが続けるのを待った。
「他の男の子供を産んでも……まだ気持ちは変わらないか……?」
鉛を呑まされたような重苦しさを、鬼鮫は感じた。
イタチはサスケの子を産む気でいるのだ。
それが何を意味するかなど、考えなくとも判る。
「……変わりませんよ」
鮫肌の柄を握り締めたまま、鬼鮫は答えた。
これ以上、惨めな想いをさせられるのは耐えられない。
改めてイタチを見つめながら、顔を傷つけるのは止めておこうと鬼鮫は思った。
イタチの美貌だけに惹かれていた訳では無いが、やはりあの美しい貌を切り刻むのは惜しい。
「こんな事を頼むのは身勝手だと判っているが……」
躊躇いがちに、イタチは言った。
「子を産んで俺の体調が回復するまで……サスケが一緒に暮らすことを赦してくれないか」
「__つまり……私はお払い箱ですか」
「そうではない。お前とは一緒にいたい。だが……その事がお前を酷く傷つけるのだったら……」
傷つかない筈が、あるとでも思うんですか?__咽喉まで出掛かった言葉を、鬼鮫は噛み殺した。
イタチと諍う積りはないし、イタチをサスケにくれてやる積りはもっと無い。
「…体調が回復したら、サスケにもう一度、記憶操作の術をかけ、木の葉に送り返す」
「…記憶操作…?」
予想もしていなかった言葉をイタチの口から聞き、鬼鮫は訊き返した。
イタチは頷き、続けた。
「サスケが俺を憎んでいたのは、俺がそう仕向けたからだ…」
「記憶を操作して、ですか?」
再び頷いたイタチを、鬼鮫は半ば呆然と見つめた。
7年ものあいだずっとイタチを殺そうとしていたサスケが急にイタチを愛するようになったなど、奇妙な話だとは思っていた。 ただ疑問より嫉妬の方がずっと強く、深く考えもしなかったのだ。
「一体、何の為に…?」
「…一族が滅んで、サスケは全てを失った。将来の希望も夢も何もかもだ。だから俺は、サスケに生きる目的を与えた。だが今のサスケは__」
待ってくださいと、鬼鮫はイタチの言葉を遮った。
「意味が判りませんよ。目的が必要だからって、どうしてアナタを憎ませなきゃならなかったんですか?それに……アナタは7年前からサスケさんの事を想ってたんじゃないんですか?それなのに、サスケさんが苦しむのが判っていて一族を滅ぼしたんですか?」
イタチは答えなかった。
鬼鮫は、苛立ちを覚えた。
今までイタチに無理強いをした事など一度も無い。イタチが話したがらない事を、無理に聞こうとした事も無い。
だから7年も一緒にいるのに、一族殲滅の理由を訊いた事も無かったのだ。
だが今は、イタチの真意を全て知りたい。
「アナタが今でも私を生涯の伴侶だと思ってくれているのなら、話して下さい。何故、アナタが一族を滅ぼしたのか。サスケさんを愛しているのに、何故あえて自分を憎ませようとしたのか」
イタチは暫く黙ったままでいた。
鬼鮫は苛立ちながら、辛抱強く待った。
そして鬼鮫が我慢しきれなくなった頃に、イタチは口を開いた。
「一族を滅ぼしたのは……サスケだ」
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