(6)


「兄貴……」
燃える様な写輪眼をした少年を、鬼鮫は覚えていた。
名は確かうちはサスケ。
イタチの弟で、うちは一族殲滅事件の生き残りだ。
会ったのは3年位前。イタチを殺そうと、付け狙っていた。
「サスケ……」
驚きを隠せずにいるイタチを庇うように、鬼鮫は二人の間に立った。
その鬼鮫に、サスケは威圧的な殺気を向ける。
3年前とは比べ物にならないほど成長していると、鬼鮫は思った。大蛇丸の元にいると聞いていたが、これがその成果か……
何故、ここが判ったのかは不明だが、よりによってこんな時に出くわすなど運が悪いと、鬼鮫は歯噛みした。
「話がしたい」
が、サスケは意外にも穏やかな口調で、イタチにそう言った。
「話すことなど無い。それより……どうして此処が…」

イタチと鬼鮫は隠れ家を転々としていたし、何の痕跡も残さなかった。
暁に内通者がいるのでもない限り、居場所など判らない筈だ。
だが三ヶ月前のあの夜にも、サスケはイタチの居場所を突き止めていたし、それ以前にも探し出した事があると言っていた。

「オレにはあんたの居る所が判るんだ__と言っても、三ヶ月も探し回ったがな」
三ヶ月という言葉が、鬼鮫の鼓膜を鋭く刺激した。
まさか…という考えに、背筋がざわめく。
サスケはイタチに復讐しようとして、ずっと付け狙っていた筈だ。
もしも三ヶ月前のあの夜にイタチが会っていたのがサスケなら、あれは愛情ゆえの抱擁ではなく、復讐の為の陵辱だったのか。そしてイタチは一族を滅ぼした罪悪感から、敢えて抵抗もしなかったのか……
イタチはあの夜の相手を「古い知り合い」だと言い、「その人が好きなんでしょう?」と聞いた鬼鮫の問いには何も答えなかった。
何故、イタチが事情を話してくれなかったのかは判らない。
だがサスケがイタチを陵辱したのなら、絶対にサスケを赦せないと鬼鮫は思った。
イタチが何と言おうと、八つ裂きにしてしまわなければ気がすまない。

鬼鮫の殺気を、イタチは感じ取っていた。
基本的な術も使えない位に消耗しているが、殺気やチャクラを感じ取る感覚は残っている。
鬼鮫とサスケが互いに相手の存在を快くなく思うのは当然だが、二人を争わせたくはない。
「…鬼鮫。少しの間__」
突然、こみ上げた吐き気に、イタチは口元を覆った。
そのまま、洗面所に走る。
「兄貴…!?」
「イタチさん……!」
ほぼ同時に叫んだ二人は、イタチの後を追おうとして睨みあった。
「イタチさんには指一本、触れさせませんよ」
「邪魔するなら、殺す」
「…ほう。面白い」

鮫肌を別室に置いてあるのは失策だったと思いながら、鬼鮫は身構えた。
おそらく体術でならこちらに分がある。が、感じ取れるチャクラからすると、簡単に始末できる相手ではなさそうだ。
そして相手の実力は、サスケも感じ取っていた。
本気で戦えば負ける事はあるまいが、それでも時間がかかるだろう。
今は何より、イタチの身が心配だ。

「…あんたを殺す前に聞いておきたい。兄貴は…病気なのか?」
殺気を収めて聞いたサスケの態度を、鬼鮫は意外に思った。
が、憤りは鎮まらない。
「イタチさんを殺そうと付け狙っている相手に答える義務はありませんね」
「殺す気なんて無いぜ。危害を加える積りもない」
鬼鮫は吐き棄てるように哂った。
「私が3年前の事を忘れたとでも思ってるんですか?」
「確かに三ヶ月前までは兄貴を殺す積りだった__別にあんたに信じて貰おうなんて思わないぜ。俺はただ、兄貴が心配なだけだ」
「全てアナタのせいだというのに、何を暢気な……!」
思わず口走ってしまってから、鬼鮫は後悔した。
一体、どういう事なのか判らないが、サスケはイタチに復讐するのを止めたらしい。
鬼鮫の立場からすれば、むしろサスケがイタチを憎んでいる方が好都合だった。いずれにしろ、イタチがサスケの子を孕んでいる事など、サスケに知られたくは無い。
「オレのせいって、一体……」
怪訝そうに眉を顰めたサスケの表情が明らかに変わるのを、鬼鮫は苦々しい思いで見た。
そしてサスケがイタチの後を追うのを、為すすべも無く見送った。



「……大丈夫、か…?」
洗面所にいるイタチに、サスケは声を掛けた。
取りあえず吐き気が収まったらしいのを確かめてから、ゆっくりと歩み寄る。
そして、背後から軽く抱きしめた。
「__会いたかった……」
イタチに会うまで迷っていたのが嘘のようだと、サスケは思った。
長い間イタチを憎んでいた事がまるで信じられない。
もう、二度とイタチから離れたくないと、サスケは思った。
「……痩せたな」
イタチの肩や腕に愛撫するように軽く触れ、サスケは言った。それから、イタチの首筋に軽く口付ける。
「これ、付けててくれたんだな」
イタチがサスケの手を振り払おうとした時、サスケが言った。
そして鏡に映ったイタチに微笑みかける。
イタチは視線を逸らせた。
「里を出てからも、ずっとしててくれたのか?」
かつて自分が贈った首飾りに軽く触れ、サスケは聞いた。

サスケがイタチにそれを贈ったのは、イタチの12の誕生日の時だった。暗部にいる兄の身を気遣って、厄除けの力があるとされる首飾りを贈ったのだ。
イタチは厄除けの力など信じなかったが、サスケの気持ちは嬉しかった。そして風呂に入る時以外はいつも身に着けた。
今ではまるで身体の一部のように馴染んでいて、身につけている事を意識しない程だ。
だがサスケとこうしていると、古い記憶が次々と蘇る。
自分ではそんな風に思った事は無かったが、首飾りを棄てなかったのはサスケに未練があるからだと認めざるを得ない。

「とにかく…部屋で話そう。立ってると辛いだろ?」
「話すことなど…何も無い」
「だけどもしかして、その……オレの子が出来たんじゃ……」
サスケの言葉に、イタチは溜息を吐いた。
もっと早くに中絶しておくべきだったと悔やんだが、後の祭りだ。
張り詰めていた糸が切れるように身体から力が抜けるのを、イタチは感じた。
サスケはもう一度、イタチを促し、動こうとしないイタチを抱き上げた。



鬼鮫はサスケの腕に抱かれているイタチを、遠巻きに見つめた。
サスケはイタチを殺そうとしていた筈なのに二人の間に一体、何があったのかは判らない。
判るのはただ、自分の入る隙はどこにもないという事だけだ。
イタチが妊娠したと判った時に父親に話すべきだと勧めた事が悔やまれる。それに堕胎薬を飲ませてしまわなかった事も。
その方がイタチは幸せなのだと思い、ツーマンセルのパートナーを解消することも考えた。
だが今こうして他の男と一緒にいるイタチの姿を見ると、自分を臆病者と罵りたくなる。
忍としてどれほど強くなろうと、幼い頃からバケモノ呼ばわりされて刻み付けられたコンプレックスは消えない。
世の中の全てを呪い続け、殺戮に明け暮れる事で何とか自分の感情を誤魔化していた日々が思い起こされる。
敢えて自信があるように振る舞い、卑屈な自分を隠した。
イタチに惹かれるようになってからは、いもしない恋敵に嫉妬し続けた。
イタチと深い仲になって漸く、自分の卑屈さを克服できたと思った。どんな外見をしていようが、最愛の者が受け入れてくれるのならば、他の誰が何と思おうと構わない。
だが結局、全てを断ち切ることなど出来なかった。
幼い頃から周囲から孤立し、悪質な苛めや嫌がらせを受けた記憶は消えない。
黙って耐えていられずやり返せば自分ひとりが悪かったことにされ、ますます孤立していった事も忘れられはしない。
『霧隠れの怪人』と称される程の実力を身につけてからは周囲からも一目置かれるようになったが、それはあくまで忍として__里の道具として__認められただけだ。

------生涯の伴侶だ…
------そうありたいと、俺は思っている

イタチの言葉を思い出し、鬼鮫は口元を歪めて哂った。
あの時のイタチの言葉は嘘では無かっただろう。
だが今、イタチはサスケの腕に抱かれている。
それが、事実だ。
鬼鮫は自室に戻り、愛用する鮫肌を見下ろした。
まだ十代だった頃、仲間のくの一を殺した時の事を思い出す。
鬼鮫はその女に惹かれていたが、自分の気持ちを隠していた。だがどういう訳か別の仲間に気付かれ、冷やかされた。
女はその日から態度を変え、汚らわしいものでも見るように鬼鮫を見、少しでも近づけば大袈裟に嫌がった。
次に任務で一緒になった折、鬼鮫は事故に見せかけてそのくの一を殺した。
あの時の征服感は忘れられない。
鬼鮫は鮫肌を手に取った。
そして、イタチを殺せと命じた暁の首魁の言葉を思い出していた。






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