(5)


ひと月が経った。
鬼鮫は暁の首魁に呼び出されていた。
理由は、イタチの体調不良だ。
「もう二ヶ月も前から体調不良だと言い、任務を放棄しているが…」
そう、リーダーは切り出した。
「イタチの病気は何だ?」
「……判りません」
他に答えようも無く、鬼鮫は言った。
リーダーは不快そうに眉を顰めた。
「医者には診せたのか?」
「……いいえ……」
「何故だ?」

鬼鮫は口篭った。
イタチが妊娠しているなどと、誰にも気付かせる訳には行かない。
そして暁のリーダーには医療忍としての知識もある。それが判っているだけに、迂闊な事は口に出来ない。

「俺が診てやる。イタチをここに連れて来い」
「__それは……」
最も恐れていた言葉に、鬼鮫は内心の動揺を覚えた。
「どうした。出来ないのか?」
「……イタチさんが何とおっしゃるか、訊いてみませんと……」
「鬼鮫」
威圧的なチャクラを発し、暁の首魁は言った。
「我々は特別な目的の為の組織だ。理由が何であれ、任務を達成する事の出来ぬ者は必要ない」
「……!ですが、イタチさんの体調不良は一時的なものであって__」
「一時的なものかどうか、俺が見極めると言っているのだ。だからイタチを此処に連れて来い。それが出来ぬのであれば…」
殺せ、と、首魁は表情も無く言った。
「そん…な、イタチさんは__」
「抜け忍ばかりが集まった我々のような組織に、甘えが許されるとでも思っているのか?」
「……ですが……」
視線を落とした鬼鮫に、首魁は冷たく哂った。
「任務にも就けぬほどに体調が悪化しているならば、貴様一人でも充分だろうが…助けが必要ならば、誰かを付けるぞ?」
鬼鮫は暫く躊躇い、それから口を開いた。
「必ずイタチさんを此処に連れてきます。ですから……それまで待って下さい…」




鬼鮫が隠れ家に戻った時、イタチはベッドに横になっていた。
体調不良は二ヶ月くらい前から続いているが、特にこのひと月ほどはそれが酷い。
蒼褪めた頬にかかる髪をかき上げると、イタチがうっすらと眼を開いた。
「……済みません。起こしてしまいましたか」
「…嫌…眠っていた訳では無い」
イタチは改めて鬼鮫を見上げ、薬は手に入ったのか?と訊いた。
リーダーに呼び出されていた事を、鬼鮫は隠していた。
「済みません、それが……中々手に入らなくて……」
「……それ程、手に入れにくい薬だとも思えないが……」
イタチの言葉に、鬼鮫は吐きかけた溜息を何とか噛み殺した。
遊女にでも聞けば、堕胎薬は簡単に手に入るものと思っていた。
だが薬だけで安全に子供を降ろせるのは妊娠のごく初期の話であって、イタチがそれに気付いた時は既にその時期を過ぎていた。
サスケは__鬼鮫とは違って__避妊具など使わなかったが、妊娠の可能性などイタチは考えもしなかった。月のものは止まっていたが、元々あまり定期的ではなかったので、気にも留めなかったのだ。

実を言えば、鬼鮫は堕胎薬を手に入れていない訳では無かった。
ただそれが『母胎』の健康に著しい影響を及ぼすと判っているので、イタチに飲ませる決心がつかずにいるのだ。
それに鬼鮫が話を訊いた遊女たちは、異口同音に子供を降ろすべきでは無いと言い張った。
遊女たちは鬼鮫が誰かを孕ませた挙句、その子を流そうとしているのだと思い、鬼鮫の行動を非難したのだ。
こんな商売をしている私たちでさえ、自分の赤ん坊を殺すのは辛い。
増してや普通の娘さんに、そんな酷い真似をさせるべきではない__と。

本人が望んでいないのだから、子供を産ませる方が酷なのだと、初め鬼鮫は思っていた。
だが遊女たちの話を訊くうちに、どうすべきなのか判らなくなった。
安全に堕胎できる時期は過ぎてしまっているし、イタチが頑として嫌がるので医者にも診せられない。
女に変化でもすれば医者に診せるのもそれ程、抵抗はないのかも知れないが、ホルモンバランスの変化が自律神経に影響を与えたせいか、チャクラコントロールが出来なくなってしまい、変化のような基本的な術も使えなくなってしまっている。
色々と話を聞き、妊娠に関する本なども読み漁ってみたが、どうやらイタチの体調不良は普通の妊婦のそれより酷いようだ。
両性具有とは言ってみれば染色体異常なので、当然といえば当然の結果だ。
だからこそ中絶してしまった方が良いとも考えられるが、体力が落ちているだけに危険性のある堕胎薬などとても飲ませられない。
「やはり…医者に診せた方が良いと思いますが…」
鬼鮫の言葉に、イタチは眉を顰めた。
医者に診せる事は何度か勧めているが、その度にイタチは頑として首を横に振った。
身体の秘密を他者に知られる事を、酷く嫌悪しているのだ。
「……アナタは無用な殺生を好まない人ですから今まで言いませんでしたけど……医者を拉致してきて処置の後、口を封じれば、秘密が漏れる事はありませんよ?」
イタチは何も言わず、視線を逸らせた。
「殆どの堕胎薬は医者にもかかれない貧しい遊女が使ういかがわしい代物です。もう三ヶ月に入ってしまっている事を考えると、とても危険で……」
イタチは矢張り、何も言わない。

------不注意を責められるのはいつも女ばかり
------男は逃げてしまえば良いのだからずるい

遊女の言葉を、鬼鮫は思い起こした。
イタチがこんなに苦しんでいるというのに、何も知らずに今も木の葉にいるであろうイタチのかつての恋人を、鬼鮫は憎く思った。
7年ものあいだ想い続けていた相手とやっと再会したのであれば、感情が昂ぶって避妊具を使う事になど思い至らなかったのかも知れないが、それでもイタチを愛しているのであれば、何よりもイタチの身体の事を考えるべきだった。
鬼鮫自身、何年も前からイタチを密かに想い続け、触れることも出来ずに側にいる苦しみに耐えてきたのだ。
「……実は、今日、リーダーに呼び出されたんです」
イタチが黙っているので、止むを得ず、鬼鮫は言った。
そしてイタチを連れて来いと言われている事、それが出来なければ殺せと言われたことも話した。
イタチは幾分か不安げに、鬼鮫を見上げた。
イタチは元々精神的にとても強く、動揺することも冷静さを失うことも無い。
だが流石に妊娠してからはずっと体調不良が続くせいもあってか、不安そうな表情を見せる事がまれでは無くなった。
そんな時に鬼鮫はいつも、イタチを護りたいと強く思った。
そして同時に、イタチを愛しいと思う気持ちが強まる。
「医者に診せましょう」
イタチの手をとり、自分の両手で包み込むようにして、鬼鮫は言った。
イタチは暫く躊躇い、それから、小さく「ああ」と呟いた。
「実は、医者のめぼしはもう、つけてあるんですよ。明日にでも__」
途中で、鬼鮫は言葉を切った。
威圧的なチャクラを感じるのとドアが開いたのが、ほぼ同時だった。






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