
(4)
「何やってるんだ…うん?」
イタチの代わりに共に任務に就いたデイダラに問われ、鬼鮫は改めて眼の前の惨状を見遣った。
鬼鮫の惨殺した相手の屍骸が、無残な姿を晒している。
明らかな過剰殺傷だ。
あたり一面は飛び散った血と肉の塊に塗れ、かつて人だった犠牲者は、その原型も留めていない。
「…見れば判るでしょう?任務を遂行しただけですよ」
「イタチと喧嘩でもしたのか?」
無邪気なデイダラの問いに、鬼鮫は一瞬、殺意を覚えた。
流石に仲間を手に掛ける事は思いとどまったが、殺戮と血の臭いのせいでまだ気が昂ぶっている。
「…デイダラさんだって、敵を爆破して死体をぐちゃぐちゃにするのがお好きでしょう?」
内心の昂ぶりを何とか隠して哂い、鬼鮫は言った。
「イタチさんが一緒だとこう、派手には出来ませんからね」
「まあ確かに、イタチはこういうのは好きじゃないからな__体調が悪いんだって?」
鬼鮫は頷いた。
「ただの風邪だと思いますけどね」
「でも前もそんな事、言ってなかったか、うん?あのイタチが何度も任務をすっぽかすなんて…」
心配そうに眉を顰めたデイダラの姿に、イタチの相手はデイダラかも知れないと、鬼鮫は思った。
暁のメンバーの誰かである事はまず間違いない。
その誰かがデイダラである可能性も、確かにある。
「……イタチさんの事が心配ですか?」
「まあ…一応、仲間だからな」
「では…見舞いに来ますか?」
鬼鮫の言葉にデイダラは少しだけ考え、それから明るく笑って首を横に振った。
「医療忍でもないオイラが行っても役に立たないだろ?それにイタチは騒がしいのは嫌いだろうから、静かに寝かしといた方が良い」
「……そうですね」
デイダラとイタチの関係を疑う気持ちを押し隠し、鬼鮫は言った。
鬼鮫がイタチの元に戻ったのは、翌日の昼近くだった。
荒んだ気持ちを持て余したままイタチに会う気がせず、遊郭に泊まったのだ。
と言っても、どうしても遊女を抱く気が起きず、無闇に酒ばかりを呷って夜を過ごした。それなりに美しい遊女も、イタチに比べればただの肉の塊にしか思えない。
酔うことも出来ずに杯を重ねながら、鬼鮫はイタチとのパートナーを解消してくれるように、リーダーに頼む事を考えた。 メンバーの誰かとイタチが子を為すほどの深い仲であると判っているのに、自分がイタチの側にいるのは耐えられない。
その相手が美しい男であるならば、尚更惨めな気持ちになるだろう。
「…遅かったな」
鬼鮫が隠れ家に戻ると、居間の片隅に座ったまま鬼鮫を見上げ、イタチが言った。
昨夜、眠れなかったのか、眼が赤い。
「任務で何かあったのかと…心配した」
「__済みません…」
殆ど反射的に、鬼鮫は言った。
嫉妬や憤りの気持ちが無くなった訳ではないが、一晩、経ったために少しは気持ちが落ち着いている。
それに憔悴したイタチの姿を見ていると、怒りが鎮まる。
裏切りは赦せないと思っていたが、結局、自分はイタチから離れられないのだと、鬼鮫は思った。
「__お前に……頼みたい事がある…」
幾分か躊躇ってから、イタチは言った。
嫌な予感に、心臓が締め付けられるように鬼鮫は感じた。
別の恋人__イタチは初めから、鬼鮫を恋人とは思っていなかったのだろうが__との間に子供まで出来たなら、自分との関係は清算しようとするのだろうと、鬼鮫は思った。
パートナー解消をリーダーに願い出ようとすら思っていた鬼鮫だが、イタチの口から別離の言葉を聞くのは辛い。
「堕胎薬を…手に入れて欲しい」
「……!」
イタチの言葉は、鬼鮫には意外だった。
自分が考えていた以上にイタチは妊娠がショックだったのだと、改めて思う。
「……子供の父親には話したんですか…?」
「親など俺一人だ__嫌…親になる積もりも無い」
俯きがちに言ったイタチの傍らに、鬼鮫は膝を付いた。
「二ヶ月前の夜に…こことは別の隠れ家で会った人でしょう?」
「矢張り…気付いていたか……」
溜息を吐いて、イタチは言った。
眼を閉じ、目元を片手で覆う。
「その人に、話はしたんですか?」
「話す必要など、無い…」
「話すべきですよ。二人の子供なんですし。もし私が子供の父親の立場だったら……話して欲しいと思います」
イタチは眼を開け、鬼鮫を見た。
「俺が…赦せないか…?」
鬼鮫は否定しようとして躊躇い、口を噤んだ。
改めて、イタチを見つめる。
その整った貌には哀しみと憂いの色が翳を落とし、見ていると心が痛む。
矢張り自分はイタチから離れられないのだと、改めて思った。
「二ヶ月前の事は一度きりの過ちだ。それは、信じてくれ」
「__でも…アナタはその人の事が好きなんでしょう?」
さもなければ、私を追い出してまで会った筈がありませんから__自嘲気味に言った鬼鮫の言葉に、イタチは軽く唇を噛んだ。
「俺が…赦せないか…」
「…そういう事を言ってるんじゃありません。他の男の子供を孕んでいても、私のアナタへの気持ちは変わらない。変えようが無いんです」
ただ、と、鬼鮫は続けた。
「アナタが私の事をどう思っているのか…本心を聞かせてください」
イタチは問われたことが哀しいと言いたげに、眉を顰めた。
「生涯の伴侶だ…。そうありたいと、俺は思っている」
「…他に恋人がいるのに…ですか?」
「あの男とは、二度と会う積りは無い」
イタチの言葉を、鬼鮫は意外に思った。相手は暁の誰かだと思っていたのだ。
だがメンバーの誰かなら、二度と会わない事などほぼ不可能だ。
暁のメンバーは普段はツーマンセルで行動し、隠れ家もツーマンセルごとに別だが、定期的に連絡は取り合っているし、会議で全員招集されることもある。
任務を放棄してしまうのでない限り、他のメンバーに会う事は避けられない。
「暁のメンバーでは無かったんですか…?」
イタチは小さく頷いた。
「里に…木の葉にいた頃の古い知り合いだ…」
「その人が何故、アナタの居場所を知っていたんです?」
「あの男は…俺を探し続けていた…」
7年の間、ずっと?__鬼鮫は、憤りが別の感情に変わってゆくのを感じた。
嫉妬が無くなった訳ではない。だがそれほど長い間イタチを想い続けていた相手ならば、イタチが拒みきれなかったのも無理はない。
イタチもまだその相手の事を想っているのだろう。
だからこそ抜け忍である自分と関わりを持たせまいとしているのだ。
自分がその男だったら、里を抜けてでもイタチの側にいたいと思うだろう。子供が出来たと知れば尚更だ。そしてイタチも、その男と一緒にいられる方が幸せなのだろう。
だがそうなれば、自分はイタチを失う事になる。
そんな事は、耐えられない。
鬼鮫はイタチの手を取り、指に軽く口づけた。
「アナタの為ならば…私は何でもいたしますよ…」
イタチは何も言わず、黙ったまま鬼鮫を見つめた。
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