
(38)
「何故、伊織の病気の事を黙っていた?」
その夜、部屋を訪れたサスケにイタチは訊いた。
「…心配させたくなかったから__」
「言っておくが、俺は伊織を置いて逃げる積りは無い」
きっぱりと言い切ったイタチに、サスケは眉を曇らせた。
「…気持ちは判るけど、イオリはあと何週間もここから動かせない。それまでカブトを誤魔化し続けられるかどうか、正直に言って、判らない」
だから、と、宥めるようにイタチの頬に触れ、サスケは続けた。
「少しでも可能性のある道を選ぶべきだ。イオリはオレが必ず護る」
「カブトに正体が知れたらどうする積りだ?」
「殺す。大蛇丸は自分の部下でも平気で殺すようなヤツだ。怪しまれる事は無い」
或いは、と、サスケは言った。
「今すぐカブトを始末してしまった方が良いかもしれないな。あんたやイオリを診る医療忍なら、他に幾らでもいる」
イタチは暫く口を噤んでいたが、それから首を横に振った。
「カブトは俺や伊織に危害は加えない。不測の事態が生じた時に伊織を護る為には、カブトは生かしておくべきだ」
「カブトがあんたに危害を加えないだなんて、どうしてそんな事が__」
途中で、サスケは言葉を切った。
「まさかあの野郎、あんたに言い寄ったのか?」
イタチは僅かに躊躇ってから、小さく頷いた。
「あの野郎、あんたにおかしなマネ、してねぇだろうな?」
「何も無い。俺を、信じてくれ」
「勿論、あんたの事は信じている。だけどヤツは医療忍だ。治療や検査にかこつけて碌でもないマネを_」
サスケの腕に触れ、イタチは相手の言葉を遮った。
「カブトは敵に回すより、味方につけるべきだ。あの男は、大蛇丸に対して忠誠心を抱いてはいない」
「だからってあんたに言い寄ってる様なヤツを__」
「俺を、信じてくれ」
静かに、イタチは言った。
サスケは口を開いたが、何も言わぬまま口を噤んだ。
間近にイタチを見つめ、それから、言った。
「…信じているさ。あんたを信じてるんで無かったら、オレは今、ここにはいない……」
翌日になって漸く鬼鮫はイタチに会う機会を得た。
術の使える時間は限られているので、イタチから話を聞いてサスケに会いに行ったのは、更に次の日だ。
「イタチは嫌がるだろうが、もしもの時にはあいつだけ連れて逃げてくれ」
「もしもの時…とは?」
「大蛇丸の精神をいつまで抑え込んでおけるのか、判らない……」
サスケの言葉に、鬼鮫__身体はくのいちの医療忍だが__は眉を顰めた。
「顔色が良くないようですが、大丈夫ですか?」
サスケは首を横に振った。
「兄貴には言わないで欲しいんだが__正直言って、かなりヤバイ。ずっと酷い頭痛が続いてるし、最近は夢に大蛇丸が出て来やがる」
「いつまで……持ちこたえられそうなんですか?」
「イオリを保育器から出せるようになるまでは何とかする積りだが……あと、1、2週間が限度かも知れない…」
「医療忍の話だと、お子さんを保育器から出せるようになるのは3、4週間先の事になる…と」
サスケは頷いた。
「だからもしもの時には、兄貴だけでも」
鬼鮫は、子供を保育器から出せるようになるまでは逃げる積りは無いのだと言っていたイタチの言葉を思い起こした。
だがあの時と今とでは事情が違う。
大蛇丸が復活したら、すぐにでもイタチを殺そうとするかも知れない。
----でも、兄貴は譲れない。悪いけど
----……私も、譲る積りはありませんよ
「……判りました」
サスケと古寺の本堂で話した時の事を思い出しながら、鬼鮫は言った。
「私は私に出来る事に全力を尽くします」
「交換輸血後の経過は順調だよ。黄疸の症状も軽くなりつつある」
3日後、イタチの部屋を訪れたカブトは言った。
「君の方も順調みたいだね。くのいちの報告によれば、悪露に血が混じる事も殆どなくなったようだし」
カブトの言葉に、イタチは何も言わなかった。
いつもの事なので、カブトは気にせずに続けた。
「腰の痛みのほうは?一人で歩けるようになったのだからそれも大分、良くなってるようだけど」
「…お前に、頼みがある」
質問に答える代わりに、イタチは言った。
カブトは軽く眉を上げた。
「珍しいね。君が僕に頼みごとをするなんて__茶化す積りは無いよ。頼みって、なんだい?」
「俺の娘の遺伝子を…検査して欲しい」
「__やっぱり…気にしてたのか?」
カブトの言葉に、イタチは小さく頷いた。
「それなら安心して良いよ。君には言わなかったけど、生後1週間で感染症の検査の為に採血した時、性染色体の検査もしておいた。結果はXX。普通の女性だ」
イタチは何も言わなかったが、その顔に幽かに安堵の色が浮かんだのを、カブトは見逃さなかった。
「…君が両性具有である事と、一族殲滅と__何か関係があるのかい?君の一族がその事をどう、捉えていたか知らないけど、少なくとも……喜びはしなかっただろうからね」
カブトの言葉に、イタチは幽かに眉を顰めた。
会合の席で、一族のほぼ全員の前でその事を暴露された時の記憶が蘇る。
あの時の屈辱は、一生、忘れられないだろう。
「僕の養父が言っていたんだけど、血継限界を持つ家にはいわゆる畸形の子が生まれやすいそうだ。ただ、そういう子供は一族の名を護る為に闇から闇へと葬り去られてしまうから、その事が外部に知られることは無いのだ…と」
イタチの横顔を見つめ、カブトは続けた。
「君はただ自分の身を護っただけなんじゃないのか?そういう理由でも無ければ、君が自分の一族を皆殺しにしただなんて、とても信じられない」
イタチは答えなかった。
ただ幾分か苛立たしげに、髪をかきあげる。
「こんな話をしたのは君に不愉快な想いをさせる為じゃないんだ。ただ僕は__君を、信じていたい……」
言ってしまってから、カブトは自分でも意外に思った。
幼い頃に草として木の葉の里に送り込まれてから、誰も信じたことなど無い。
人を信じず、隙を作らないことが生き延びる唯一の方法だからだ。
自分を信頼などしなければ、養父も死ぬ事は無かった。
大蛇丸の部下となってからも、他の部下を仲間として信頼したことなど無い。大蛇丸とは互いに相手を利用する関係であって、大蛇丸が不要と看做せば自分などいつでも消されるのだと判っている。
そしてその事に不満を感じた事は無かった。
むしろ、忍ならば当然の事なのだと思っていた。
だが今はイタチを信じたい。
そして、イタチに信頼されたい。
こんな感情を抱くのは愚かだと判っていても、想いは止められない。
イタチはカブトの方に視線を向けたが、何も言わず、そのまま眼を逸らした。
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