(37)


「時間はどれくらい、かかるの?」
翌日。
内心の苛立ちと不安を隠し、自信に満ちた態度でサスケはカブトに訊いた。
前の日、交換輸血の話をカブトに聞いてから、この研究所にある文献を読み漁った。
それによれば、交換輸血は光線療法に比べて治療効果は高いものの、感染症などのリスクも高まるらしい。
何より、カブトや他の医療忍にその治療の経験が無いらしい事が、不安の種だ。
だが今は、他の方法が無い。
「それは大蛇丸様__と言うより、サスケ君の血液の状態によりますが、採血は2時間前後で終わると思われます」

準備を進めながら、カブトは相手の横顔を盗み見ていた。
昨日は不自然な苛立ちを見せていた大蛇丸だが、今日はいつも通りの自信と落ち着きぶりだ。
言葉遣いだけでなく、表情も立ち居振る舞いも大蛇丸そのままだ。
尤も、サスケは大蛇丸と2年半の間、一緒に過ごしていたのだから、そういった特徴を真似るのは難しくないだろう。
問題なのは転生の術は大蛇丸だけに扱える特別な禁術であって、それが成功したのか失敗したのか、他の誰にも判らない事だ。
だが大蛇丸は今までに何度も転生を成功させている。
やはり大蛇丸が転生に失敗してサスケが大蛇丸のフリをしているなどと考えすぎではないのかと、カブトは思った。

「一つ、伺っても宜しいですか?」
診療台に横たわった大蛇丸の腕にゴムチューブを巻きながら、カブトは訊いた。
「何よ?」
「何故……大蛇丸様はそこまであの赤ん坊に拘るのですか?遺伝子を手に入れたのだから、うちはの血を引く子供など、いくらでも産ませられるのに」
サスケは黙ったままカブトを見た。
それから、哂う。
「私は拘ってなんかいないわ。拘っているのは、イタチ君よ。捕らわれている…と言い換えても良いわ」
「…捕らわれている?」
鸚鵡返しに、カブトは訊いた。
サスケは頷き、続けた。
「以前のイタチ君ならどんな脅しにも誘惑にも屈しなかった。それが今は、子供の事を口にするだけで簡単に言いなりになるのよ?結果からいえば、サスケ君は私の為に予定以上に役立ってくれたって訳よ」
満足気に哂った相手に、「仰るとおりです」と、カブトは言った。



「交換輸血?」
黄疸の治療の為、今日は子供に会いに連れては行けないと言ったカブトの言葉に、イタチは眉を顰めた。
カブトもサスケもイタチには何も言わなかったので、伊織の黄疸の事を、イタチは知らずにいた。
「心配しなくても、大丈夫だよ」
「気休めならば聞きたくない。確かに大丈夫だと言える根拠があるのか?」
「何度か、実験をしたからね」
「実験?」
訊き返したイタチに、「ああ」と、カブトは答えた。
「未熟児で生まれたから強い黄疸の症状が出るだろう事は予測できていた。ただ光線療法に必要な機材はここには無いし、僕にも他の医療忍にも交換輸血の経験は無かった。だから、他の赤ん坊を使って交換輸血の実験をしたんだ」

実験を始めたのが1週間前。
その子供たちの経過を観察して問題ないと判断するのに時間がかかったので、今まで治療を先延ばしにしていたのだと、カブトは説明した。

「だから、大丈夫だよ」
宥めるように言って、カブトはイタチの手に軽く触れた。
「何故…実験などした?」
「君の子供にもしもの事があったら大変だからね」
イタチは表情を曇らせた。
「大切な人質だからか?」
「君を……哀しませたくないから」
殆ど囁くように、カブトは言った。
イタチはカブトの手を振り払い、「俺に恩を売る積りか?」と訊いた。
カブトは苦笑した。
「恩を売る積りなんて無いよ。それに大蛇丸様から厳しく命じられているから、どの道、あの赤ん坊の治療は成功させなければならない。さもないと僕の立場が危うくなりかねないからね」
「…大蛇丸が?」
「そう。わざわざご自分の血液を輸血用に使わせるくらいだ」
イタチは怪訝気に眉を顰めた。
「あの大蛇丸が…か?」
「身体はサスケ君だからね。確かに輸血に尤も適した血液の持ち主だとは言える」
肩を竦めて、カブトは言った。

イタチは口を噤んだ。
前の晩、カブトに勘付かれたようだとサスケから聞いていたが、詳しい事は何も知らされていない。
サスケは鬼鮫と連絡が取れ次第、イタチを逃がす積りだと言っていたが、伊織の黄疸の事は口にしなかった。
心配させまいとしたのだろうが、それではサスケは自分ひとりを逃がす積りだったのかと思い、イタチは唇を噛んだ。

「……大丈夫かい?」
黙り込んだイタチに、カブトは訊いた。
やはりサスケが蘇生して大蛇丸のフリをしているなどと考えたのは思い過ごしだったのだと、カブトは思った。
もしそうならそれをイタチが知らない筈は無いし、知っているなら大蛇丸がイタチの子供のために血液を提供したと聞いて、こんな辛そうな表情を見せるとは思えない。
「サスケ君の事が…まだ諦められないんだね」
イタチの横顔を見つめ、カブトは言った。
「大蛇丸様も酷な方だ…。サスケ君の声で話しかけられたら、いくら君でも平然としてはいられないだろう。それを判っていて、毎日、君に会いに来ているのだからね」
カブトの言葉に、イタチは何も言わなかった。
ただ、眼を伏せる。
「僕は大蛇丸様とは違う」
それだけは信じてくれ__言って、カブトはイタチの部屋を後にした。



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