
(36)
「特に心配するような症状も現われていませんし、問題はないと思われます」
カブトは大蛇丸の部屋を訪れ、イタチの容態に関して報告した。
「産後、2週間ですが、概ね順調に回復しています。少しずつですが食欲も戻っているようですし」
「子供の方はどうなの?いつまでも黄疸が治らないみたいだけど」
その事をご報告しようと思っていたのですが、と、カブトは言った。
「症状が長引いているだけでなく悪化もしています。今のうちに適切な治療が必要かと思われますが__」
「必要なら何故、治療しないのよ?」
苛立ちを感じながら、サスケは訊いた。
「…光線療法の為の機材がありません」
「手に入れれば良いでしょう?」
「特別な医療機器ですから発注しても納品までに時間がかかります。この研究所の存在を知られない為の工作も必要ですし。盗み出すには大き過ぎます」
「それでも何とかしなさい…!」
思わず声を荒らげ、サスケは言った。
カブトの無責任な態度に憤りを感じると共に、カブトなどに任せていて大丈夫なのかという不安を感じる。
カブトを初め、この研究所の医療忍たちは大蛇丸の人体実験の為にいるのであって、治療や一般的な医療を行う事はまれだ。
人体実験の『材料』が病気に罹っても、積極的に治療する事は無い。
たとえ死んでしまっても、また別の『材料』を手に入れれば良いだけだからだ。
やはりイタチの言っていた通り、伊織は木の葉の里に送ったほうが良いのかも知れないと、サスケは思った。
「…ですから、交換輸血を行おうと考えていたところです」
大蛇丸の苛立たしげな様子に疑問を感じながら、カブトは言った。
確かに今の段階で適切な治療を行わなければ核黄疸を発症し、脳性麻痺となる虞もある。
だが今すぐ生死に拘わる病気でもないのに大蛇丸が何故、こうも苛立つのか判らない。
「子供の血液型は?」
「ABです」
「だったら私の__サスケ君の血を使いなさい」
「大蛇丸様の…?」
幾分か驚いて、カブトは訊き返した。
苛立ちが募るのを感じながら、サスケは頷いた。
「あの赤ん坊は誰よりも濃くうちはの血を引く貴重な存在なのよ?どこの馬の骨とも判らない者の血液なんて使えないわ。イタチ君はまだ充分に回復していないし、サスケ君の血を使うしか無いでしょう?」
「……判りました」
「すぐに準備をなさい」
カブトは、改めて相手を見た。
大蛇丸の赤子に対する執着の理由が判らない。
イタチは眼が見えないのだから、たとえ子供が死んでしまっても別の身代わりを用意すれば良いだけだと、大蛇丸ならば言いそうなものだ。
確かに誰よりも濃くうちはの血を引く子供は貴重なのかも知れないが、大蛇丸はサスケと共にうちは一族の遺伝子も手に入れたのだ。
イタチの体調が戻ったら排卵誘発剤でも使って卵子を取り出せば、子供など幾らでも誕生させられる。
無論、イタチは嫌がるだろうが、大蛇丸がイタチの感情に配慮するとはとても思えない。
いずれにしろ、大蛇丸が他者の治療の為に自分の血液を提供するなどと、余りに不可解だ。
もしかしたら、と、カブトは思った。
ありえないとは思いながらも、他に理由が考えられない。
「__サスケ君……?」
ぴくりと指先が震えるのを、サスケは自身で感じた。
カブトに気づかれたかどうかは判らないが。
「サスケ君が、何よ?」
「……いえ…何でもありません」
交換輸血の準備を始めますと言って、カブトは部屋を後にした。
「……クソッ」
低く、サスケは毒吐いた。
明らかに、カブトに不審を抱かれた。
今はまだ確証はないのだろうが、一度疑いを持たれたら、隠し続けるのは難しくなる。
蘇生してからずっと頭が割れるような酷い頭痛が続いているし、大蛇丸の精神を抑えこんでおく為に気が抜けないので夜も碌に眠れない。
そのせいと伊織の身が心配な為に冷静さを欠いてしまった。
自分の不注意さを口惜しく思ったが、今は後悔するより、善後策を講じなくてはなるまい。
イタチだけでも先に逃がす事を、サスケは考えた。
自室に戻り、カブトは後ろ手にドアを閉めた。
もしもあれがサスケであるなら、イタチを逃亡しやすい窓のある部屋に移したのも、毎日、イタチと子供に会いに行っている理由も判る。
交換輸血の為の血液を提供しようと言ったのも当然だろう。
だがそうであるなら、大蛇丸はどうなってしまったのか?
転生が失敗し、死んでしまったのか?
もしも大蛇丸が既に死んでいるなら、自分はどうすべきなのか……?
------お前は何故、大蛇丸の部下になった?
イタチの言葉を、カブトは思い出した。
大蛇丸に惹かれたのは、あの威圧的なまでに強大な力と、更なる力を求める飽くなき貪欲さの故だ。
大蛇丸に従っていれば、自分もどこまでもゆける気がしていた。
だが大蛇丸の進む道が自分の目指しているものなのか、そもそも自分がどこに行こうとしていたのか、それは自分でもよく判らない。
イタチへの復讐の為に全てを擲ったサスケを、愚かしいと思うと同時に羨ましく思ったこともある。
自分にはサスケのような目標も、大蛇丸のような欲望も無い。
砂の里に対する忠誠心が持てずに大蛇丸の部下となったが、大蛇丸には忠誠心を感じていたのかと問われれば、答えは恐らく、ノーだ。
少なくとも、復讐を果たそうとは思わない。
「だったら…どうする?」
そう、カブトは自問した。
この音の里は、大蛇丸の存在があってこそ、成り立っているのだ。
自分が後を継ぐ事も出来なくはないだろうが、大蛇丸が死んだと判れば里を出て行く者も少なくないだろう。
別の側近の誰かが里長の座を狙い、争いになるかも知れない。
こんな小さな里で内紛が起きれば、たちまち内側から崩壊してしまうだろう。
そして音の里が滅びれば、自分が行くところは何処にも無い。
だが、と、カブトは考えた。
もし大蛇丸の身に起きた異変を他の部下たちに隠しておいたとしても、サスケはずっとこの研究所に留まろうとはすまい。
イタチと子供の容態が落ち着いたら、すぐにでも逃げようとする筈だ。
そうなればいずれ音の里は求心力を失って崩壊する。
何より、そうなったら二度とイタチには会えなくなる。
「……だったら…どうする……?」
低く、カブトは呟いた。
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