(35)


次の日、熱を出して寝込んだイタチを、サスケは見舞った。
「大丈夫か?産褥熱にしては時期が遅いし、ただの風邪か何かじゃないかってカブトは言ってたが…」
心配そうに言うサスケに、大した事はないと、イタチは答えた。
「薬を飲んだからな。熱も今は下がっている」
それより伊織は?と、イタチは訊いた。
「イオリは元気だ。それに日増しに可愛くなる。アンタに似てきっとすごい美人になるんだろうな」
言って、サスケは笑ったが、イタチは表情を曇らせた。
「……どうしたんだ?」
「…カブトから聞いたかもしれないが…伊織は酸欠状態で生まれた。そのせいで、脳に後遺症が残る可能性がある」
カブトから後遺症の事は何も聞いていなかったサスケは、軽いショックを受けた。
「オレのせいだ……オレが身重のアンタを連れ出すなんて、無茶をしなければ__」
「それならば定期的な検診を受けなかった俺にも非がある。だが、今、言いたいのはそんな事ではない」
サスケを引き寄せ、イタチは続けた。
「重い障害が残れば、誰かが一生、介護しなければならない」
「…だけど、まだそうと決まった訳じゃ__」
「覚悟はしておくべきだ。場合によっては、俺たちは伊織を手放さなければならなくなるかも知れない」
イタチの言葉は、サスケには意外だった。
「何でそんな__」
「俺達は抜け忍だ。抜け忍の身では、伊織にしてやれる事も限られてしまう。障害は病気とは違って治癒する事は無いが、適切な介護で症状はかなり改善しうると聞く。だがそれには、専門的な知識を持った者の助けがいる」
側にいて護ってやるだけでは充分ではないのだと、イタチは言った。
「あんたの言う事は判るが……イオリを手放して、誰に任せられるって言うんだ?」
「木の葉の里は、うちは一族の血継限界を必要としている」
里に無事、送り届ける事が出来れば、後は悪いようにはされない筈だと、イタチは言った。

サスケは改めてイタチを見つめた。
伊織を手放すのは、自分よりもイタチの方が辛い筈だ。
だがもし伊織に重い障害が残れば、追忍から逃れ続けながら自分たちで育てるのは、酷く難しくなるだろう。

「…オレがこのまま大蛇丸の精神を抑え込んでおければ、イオリを手放さなくても済む」
「出来るのか?」
イタチに率直に問われ、サスケは答えに窮した。
大丈夫だと言って安心させてやりたいが、無責任な事は言えない。
イタチは、口を噤んだサスケの腕に軽く触れた。
「お前を信じていないのではない。ただ…最悪の事態と、それへの対処法は想定しておかなければならない」
サスケは黙ったまま、イタチを抱きしめた。
「オレ達が里を抜ける事になったのもうちはの血のせいなら、オレ達の子供が里に迎えられる理由もうちはの血のせい__皮肉だな」
「…今でも、一族が憎いか?」

イタチの問いに、サスケはすぐには答えなかった。
暫く躊躇い、それから、軽く溜息を吐いた。

「……滅ぼした事は後悔している。あの時のオレはまだ未熟で、あんたを助ける方法が他に思い浮かばなかった。だがそれでも…あんたの意思や尊厳を無視して一族の為に利用しようとしたのは赦せない」
イタチは宥めるように、サスケの髪を撫でた。
そして、言った。
「…一族の者が俺を貶めたのは、恐れのせいだったのだろう」
「…恐れ?」
鸚鵡返しに、サスケは訊いた。
イタチは頷いた。
「血継限界を持つ家はどこもそうだが、その血継限界を護る為に血族結婚を繰り返す。一族の規模が大きければ良いが、一族が衰退し、人数が少なくなってくると、血の濃さが様々な遺伝的障害を引き起こし易くなる」
「…一族が恐れたのは……」
「自分の子や孫に、俺のような『畸形』が生ずる事だ」

咽喉元を締め付けられるような息苦しさを、サスケは覚えた。
イタチの口調は静かだが、内心は決して穏やかではないのだと、サスケには判った。
イタチは自分が染色体異常である事をある程度は冷静に受け止めているものの、そのせいで一族から受けた侮蔑や一部の男たちから向けられた劣情、それにシスイの裏切りやフガクの無理解に、癒し難い程の深い傷を負ったのだ。
妊娠したと判った時にすぐに中絶しようとしたのも、同じ苦しみを我が子に味あわせたくないからなのだろう。

「やっぱり、イオリはオレ達で育てよう」
しっかりとイタチを抱きしめ、サスケは言った。
「確かに追忍に追われる身では難しいかも知れないが、ここにいれば最新の医療設備も揃ってる。必要な人材がいないなら、雇い入れれば良い。オレは、大蛇丸なんかに負けねぇ」
イタチは暫く黙っていたが、やがて、幽かに微笑んだ。
「そうだな…お前を、信じている」



ノックの音がし、サスケはイタチから離れた。
現われたのは、カブトだ。
「大蛇丸様。またこちらだったんですか」
「そうよ。悪い?」
「とんでもありません」と、カブトは言った。が、幽かに引っかかる。
大蛇丸がイタチに毎日、会いに来るのは理解できなくも無い。
産褥期の精神的に不安定になりやすい状態につけこんで、懐柔するのが目的だろうからだ。
イタチの部屋を地下から窓のあるここに移したのもその為だ。
眼は見えなくとも朝晩の涼しい時間帯に窓を開け、外気や風を感じられる事が、イタチの気晴らしになっている。
だが大蛇丸はイタチの子供にも毎日、会いに行っている。
初めはただの気まぐれだと思ったが、将来の器にもならない赤ん坊に何故、大蛇丸がそこまで興味を示すのか、解せない。
全ての人体実験を中止させたり、不要になった囚人たちを始末せずに生かしておくのも大蛇丸らしくない。
だがそれはそれで、カブトには好都合だった。
イタチの両手の指を全て切り落し、両目を潰せと命じられた時には、肝を冷やしたからだ。

「私は部屋にいるから、後でイタチ君の容態を報告しなさい」
言って踵を返した大蛇丸を、カブトは一礼して見送った。
「抗生物質が効いているようだけど、無理は禁物だよ。血性悪露はまだ続いているようだし。__腰の痛みは?少しは良くなったのかな?」
カブトの問いに、イタチは曖昧に頷いた。
以前に比べればイタチの態度は幾分か軟化しているが、それでもまだ自分は信頼されていないのだと、カブトは思った。
「__ところで、昨日の話なんだけど……」
「俺が知っているのは、昨日、話した事が全てだ」
イタチの言葉に、カブトは「そうか」と言った。
暫く躊躇い、それから続ける。
「僕を養子にした医療忍が、何故、敵の里の子供をここまで信頼するのか、僕はいつも疑問に思っていた。きっと、よほどのお人よしなんだろう…と」
「…砂の里を抜けた忍は、その医療忍の他にも沢山、いただろう」
「……いただろうね」

ただそれでも、と、カブトは思った。
養父が時折、誰かを懐かしむような眼で自分を見ていた事を思い出す。
砂に残してきた息子は、追忍に殺された妻に似ていたのかもしれない。

「過去を全て棄てる事が木の葉の忍として受け入れる条件だったと、三代目は言っていた。だが、過去を捨てる事など、誰にも出来はしないのだ…とも」
カブトは改めて、独り言のように呟くイタチを見た。
長い睫を伏せ、憂いを帯びた表情がどれほど美しいか、本人は気づいていないのだろう。
「…君とサスケ君の間には、どんな過去があったんだ?」
カブトの言葉に、イタチは何も言わなかった。



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