
(34)
翌日、サスケはイタチを地上の窓のある部屋に移すようにとカブトに命じた。
逃亡を容易にするのが目的の一つ。
もう一つは、今イタチがいる部屋は廊下に面して大きなガラスがはめ込まれており、廊下から部屋の中が見通せてしまう。
二人きりで会っている時の様子をカブトか誰かに見られたら、不審がられるだろう。それを防ぐ為だ。
当然、カブトは難色を示した。
「地上の部屋は囚人用には造られていませんから、窓に格子も何もありませんが…」
「あの身体じゃ逃げられっこないわよ。何より、赤ん坊を人質に取ってあるのよ?」
自身ありげな哂いを口元に浮かべ、サスケは続けた。
「昨日、イタチ君と話したけれど…子供の事となるとさすがのイタチ君も冷静ではいられないようね」
「自分の一族を皆殺しにした彼が…ですか?」
カブトの言葉に幽かに胸が疼くのを、サスケは感じた。
だが今は、大蛇丸らしく振舞わなければならない。
「それでも自分で産んだ子は別なのよ。私が子供のいるくのいちを部下にしない理由、前にお前にも話したでしょう?母親などという愚かな生き物は、忍には向かないのよ」
「…仰るとおりです」
赤子を抱いている時にイタチが見せる微笑を思い出しながら、カブトは言った。
それから、と、サスケは続けた。
「イタチ君の世話は今はお前一人がやっているようだけど、それをくのいちに代わらせなさい」
「くのいちに…ですか?」
聞き返したカブトに、サスケは頷いた。
「イタチ君はお前に診察されるのを嫌がっているようじゃないの。相手が女なら、少しは態度を軟化させるでしょう」
「お言葉を返すようですが、イタチ君は両性具有です。相手が男でも女でも、拒絶する事に変わりは無いと思われるのですが」
「赤ん坊の世話をしている医療忍たちになら、心を開く可能性があるわ」
「……判りました」
一礼して、カブトは大蛇丸の部屋を出た。
サスケは毎日、イタチに会いに行っていたが、鬼鮫と連絡を取るのは難しかった。
カブトに命じてカブト以外の医療忍がイタチの世話をするように仕向けたものの、その医療忍に鬼鮫が乗り移れるとは限らなかった。
すぐ側にいる相手にしか術は使えないし、他の忍が近くにいる時には見破られる虞があるので術が掛けられないからだ。
その上、命令にも拘わらず、カブトは週のうち3、4日は自らイタチの部屋に行っていたので、鬼鮫がイタチに近づける機会は限られていた。
「人体実験は全て中止させたが、鬼鮫さんとはまだ連絡が取れない」
蘇生から3日後、イタチの部屋を訪なって、サスケは言った。
「実験を中止させて、カブトは不審がらなかったのか?」
「それは誤魔化したさ。大蛇丸はオレを『手に入れた』んだ。暫くは、他の実験に興味が無いと言っても不自然じゃない」
サスケは言ったが、同じ暁のメンバーだった頃の大蛇丸を思い出し、イタチは幽かに眉を顰めた。
「…大蛇丸の欲望は果てし無かった。一つのものを得ても、他の何かを求めるのを止めるとは思えない」
「実験中止がいつまでも続けばカブトも不審がるだろう。だが……」
薄青い肌と特徴的な目元をした赤ん坊の姿が、サスケの脳裏に蘇った。
サスケを失望させて転生を容易にする為に大蛇丸が用意させた訳だが、その為に一人の赤子が無残に殺され、その両親は我が子を奪われたのだ。
イタチは知らずにいるが、伊織と同じくらいの赤子や子供が何人も人体実験の材料として捕らえられている。
何とかしてその子たちを助けたいと、サスケは思っていた。
自分が親にならなければ、そんな感情を抱く事も無かっただろう。
だが今は、イタチと伊織を助けるのが先決だ。
「カブトを誤魔化すのはあんたとイオリを逃がす迄で充分だ。あんたたちの世話は、鬼鮫さんがしてくれるだろう」
イタチは手を伸ばし、サスケの頬に触れた。
「お前は……どうする積りなんだ?」
「ちゃんと後から行くさ。心配しなくても大丈夫だ」
軽く笑ってサスケは言った。
が、大蛇丸の精神をいつまで抑え込んでおけるのか、サスケにも判らない。
ノックの音がし、サスケはベッドから離れた。
「大蛇丸様。こちらにいらっしゃったんですか」
「イタチ君に何か用かしら」
部屋に入ってきたカブトに、サスケは訊いた。
「いえただ、赤ん坊の所に連れて行こうと思いまして」
「そう。それは良いわね」
意味ありげな哂いを口元に浮かべ、サスケは言った。
それから、カブトに歩み寄る。
「赤ん坊の健康状態を、後で報告しなさい」
「承知しました」
赤子をあやすイタチの姿を、カブトは黙って見守った。
小さな身体を優しく愛撫し、時折、話しかける。
赤子が反応を示すと、イタチは口元に幽かな微笑を浮かべた。
「……君は何故、自分の一族を滅ぼしたんだい?」
そう、カブトは訊いた。
イタチは答えない。
「そうやって赤ん坊をあやす君の姿を見ていると、一族を滅ぼしただなんてとても信じられない。自分の産んだ子は別なのかも知れないが、それでも……」
初めてイタチが微笑むのを見た時に、カブトはその疑問を感じていた。
こうして毎日、イタチと赤子の姿を見ていると、尚更にその疑問が強まる。
「ずっと君を殺そうとしていたサスケ君が君と恋仲になったのも判らない。一族殲滅も含めて、何か事情があるんじゃないのか?」
「…お前は何故、大蛇丸の部下になった?」
質問に答える代わりに、イタチは訊き返した。
カブトは苦笑した。
「訊いているのは僕なんだけどね。でもまあ良い。尋問じゃないんだから」
椅子に反対側から座り、背もたれに肘をついてカブトは続けた。
「サソリから聞いて知ってるかもしれないけど、僕は元々、砂の忍だった。子供の頃、草として木の葉に送り込まれたんだ」
戦いで負傷し、木の葉の医療忍に助けられた。
そこまでは筋書き通りだったが__とは言っても、他の何人かの仲間は負傷が元で生命を落とした__その医療忍がカブトを養子にした為、潜入任務はひどく楽なものとなった。
「木の葉の忍はお人よしばかりだと聞いていたけど、僕の養父も本当にお人よしだったよ。自分の拾った子が敵の間諜だとも知らずに、医療術や忍術を教えてくれた」
「お前の本当の両親はどうした?」
カブトは首を横に振った。
それから、イタチは眼が見えないのだと思い出す。
「どうしているか、僕は知らない。僕が赤ん坊の頃に戦で死んだと聞かされていたけど、本当は二人で里抜けしたのだと、後で知った__足手まといになる子供を見棄てて…ね」
カブトの言葉に、イタチは幽かに眉を顰めた。
カブトの両親がカブトを連れて行かなかったのは、一緒に追忍に殺されるのを避けたかったからかも知れない。
「養父がお人よしだったお陰で、木の葉での任務はとても楽だった。疑いを持つ者がいても、養父が庇ってくれた__本当に、バカな人だった…」
やがてカブトは、息苦しさを感じるようになった。
養父が自分を信頼すればする程、その苦しみは募った。
その息苦しさに耐えられなくなったカブトは養父に少しずつ毒を盛り、病死に見せかけて殺した。
「…養父が病死してからは、情報を入手しにくくなった。そうなると砂の態度が変わった。こっちは生命がけで諜報任務を遂行しているのに勝手な要求ばかりつきつけて、応じられないと裏切り者呼ばわりした」
そんな頃に大蛇丸と出会ったのだと、カブトは言った。
「あの頃の僕は砂の里の道具として、捨て駒として動かされる事に嫌気が差していた。でも所詮、忍は忍。命令には逆らえない。だったらせめて、仕える主人は自分の意思で選ぼうと思った」
「…サソリは?」
「あれはサソリの術に操られていただけだよ。大蛇丸様を裏切った訳じゃ無い」
カブトは改めて、イタチに向き直った。
「僕が話したんだから、今度は君の番だよ」
「……薬師というのは、お前の養父の姓か?」
「また質問に質問で答えてはぐらかす気かい?__確かに、薬師は養父の名字だけど」
イタチは暫く黙って、伊織の髪を撫でていた。
カブトが痺れを切らして口を開きかけた時に、イタチは言った。
「…昔、砂の里のやり方に耐えかねて里を抜け、木の葉に救いを求めてきた男がいた。三代目はその男が過去の全てを捨てる事を条件に、木の葉の忍となる事を認めた」
イタチが何を言おうとしているのか判らず、カブトは眉を顰めた。
伊織の髪を撫でながら、イタチは続けた。
「その男は医療忍であったので、三代目は『薬師』の姓を与えた」
「……!」
背筋が震えるのを、カブトは覚えた。
「その男の妻は逃亡途中に追忍に殺され、砂には生まれたばかりの男の子を残してきたそうだ」
「……そ…んな馬鹿げた話、僕は信じな__」
「俺はただ、暗部にいた頃に三代目に聞かされた昔話をしただけだ」
イタチは静かに言うと、伊織を保育器に戻した。
それから、「部屋に戻りたい」と言った。
カブトは半ば呆然としたまま、イタチを抱き上げ、部屋に連れ帰った。
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