
(33)
「サス…ケ……?」
訊き返したイタチに、サスケは頷いた。
そして相手の腕に軽く触れたが、イタチは殆ど反射的にその手を振り払った。
確かに身体はサスケのものだが、精神は大蛇丸だ。
触れられるのは勿論、言葉を交わすのも厭わしい。
「…大蛇丸の精神と戦って、何とか抑え込んでる。そんな事言われても、急には信じられないかも知れないが……」
相手の言葉に、イタチは幽かに眉を顰めた。
転生の器にされた者が、逆に大蛇丸の精神を抑え込んで支配する事などあり得るのだろうか?
大蛇丸が自分を篭絡しようとして、そんな作り話を聞かせているだけでは無いのか?
「転生の儀式の間、ずっとあんたの事を考えてた。そして思い出したんだ。子供の頃、あんたを護るって誓った事を」
------兄さんは、オレが護る
幼い頃の思い出が、イタチの脳裏に蘇った。
サスケがそう、言ったのは、イタチが両性具有である事、それが故に一族から貶められていると知った時の事だ。
あの時、サスケはまだアカデミー生で、一方のイタチは暗部の小隊長だった。
術や技では、サスケはイタチの足元にも及ばなかった。
だがそれでも、サスケの言葉に慰められ、勇気付けられた事は今でも忘れられない。
誰にも言えない苦しみに独りで耐えている時に、サスケは何も言わずに側にいてくれた。
サスケがいなかったら、全てを棄てて逃げていたかも知れない。
「あの時の約束を護る為に、自分に何が出来るのかずっと考えてた。そして考えれば考えるほど…オレはあんたが好きなんだって思い知った__例え、あんたがオレを必要としていなくても」
「あの時、俺がああ言ったのは、失明してもお前の足手まといにはなりたくなかったからだ。お前に依存する積りは無い。だが……お前の側にいたい」
もう一度、サスケはイタチの腕に触れた。
今度は、イタチもそれを振り払わなかった。
「気がついたらオレは、大蛇丸の精神と戦ってた。絶対に負けられないと思った。オレが負けたら、大蛇丸があんたに酷い事をするって判ったから」
そして、今オレはここにいる__言って、サスケはイタチを抱きしめた。
「…まだ伊織には会ってないのか?」
長い抱擁と口づけの後、イタチは訊いた。
「イオリ?」
「俺たちの娘だ。お前に相談もせずに名前を決めてしまったが…」
イタチの言葉に、サスケは思わず眉を顰めた。
あの肌の色と目元はどう見ても鬼鮫の血を引いている。
それなのに何故、イタチは「俺たちの娘」などと言うのか……
悪い予感に、サスケは胸が苦しくなるのを感じた。
考えたくは無い。が、イタチが視線を合わせようとしない理由は、他に考えられない。
「兄貴は子供に会ったのか?」
「…ああ」
「子供の、イオリの姿を見たのか?」
イタチは僅かに躊躇ってから、首を横に振った。
「完全に…見えなくなってしまったんだな…?」
頷いたイタチを、サスケはもう一度、抱きしめた。
イタチはサスケを宥めるように、その髪を撫でた。
「俺の事は心配しなくても良い。それより伊織に会って、抱いてやってくれ」
「…ああ…」
それから、とイタチは続けた。
「鬼鮫がここに潜入している。正確には、鬼鮫の分身が…だが」
幽かに指先が震えたのを、サスケは感じた。
イタチも、そして恐らく鬼鮫も、イオリが鬼鮫の子だとは知らずにいるのだ。
カブトがそれをイタチに告げなかった理由は判らない。が、そんな事はどうでも良かった。
いずれイタチも鬼鮫も子供の父親が誰であるか、知るだろう。
そうなった時、イタチはどう思うのか……
「鬼鮫は人体実験の材料としてここに捕らわれている。鬼鮫と連絡を取って、協力してくれ」
「判った…」
短く、サスケは言った。
「お話が長引いたので心配しましたよ」
大蛇丸の自室で待っていたカブトは、相手の姿を見るなりそう、言った。
「心配しなくとも大丈夫だと言ったでしょう?」
「それでも、精密検査は受けてください。拒絶反応が出ると厄介ですからね」
「判ってるわよ」
言って、サスケは大蛇丸の椅子に腰を降ろした。
検査を受けたところで自分が大蛇丸では無いと発覚する事はあるまいが__身体は元々、自分のものなのだから__いつまで大蛇丸の精神を抑え込んでおけるのか、自信は無い。
鬼鮫がここに潜入していると知っては尚更だ。
だがそれならばイタチと子供を無事に鬼鮫に渡すまでは、大蛇丸を眠らせておかなければならないと、サスケは思った。
そうするのが、自分の責務なのだ…と。
「イタチ君の事ですが……失明したのを、お気づきになりましたか?」
精密検査の準備を始めながら、カブトは聞いた。
「ええ」と、短くサスケは答えた。
「どうやら眼を潰す手間は省けたようですが…写輪眼が使えないのであれば、指を切り落すまでも無いと思われますが?」
「その必要は無いわ」
大蛇丸がイタチにしようとしていた事に憤りを感じながら、サスケは言った。
「写輪眼が使えないイタチ君なんて恐れるに足りないわよ。それに子供がこちらの手の内にある以上、逃げも反抗も出来ない筈よ」
子供は無事なのよね?__念をおしたサスケに、カブトは頷いた。
「未熟児網膜症と黄疸の症状が現われていますが、軽症です。呼吸窮迫症候群と無呼吸発作の症状も見られますので、人工呼吸器を付けています」
そんな状態で大丈夫なのかと、サスケは幾分か不安に思った。
父親が誰であれ、イタチが何ヶ月も苦しんだ末に産んだ子なのだから、健やかに育って欲しい。
何より、子供に万一の事があればイタチが酷く哀しむだろう。
不図、子供は男の子だと転生前にカブトに聞かされた事を、サスケは思い出した。だがイタチは娘だと言っていた。
イタチは眼が見えないのだから、女の子だと思っているのはカブトにそう聞かされたからだろう。
何故、カブトが自分とイタチに違う事を言ったのか、サスケは気になった。
「…子供に、会ってみたいわ」
相手の言葉に、カブトは軽く眉を上げた。
子供が女の子だと判るとすぐに大蛇丸は興味を失い、イタチの逃亡を防ぐための人質として生かしておくように命令しただけだ。
今になって会いたがる理由は判らないが、大蛇丸の気まぐれを知っているカブトは、何の不審も感じなかった。
「では、精密検査の後で__」
「検査は後よ。子供を見るくらい、すぐに済むでしょう?」
カブトは軽く肩を竦め、「ご案内します」と言って踵を返した。
様々な医療機器が並ぶ部屋で、保育器の中に赤子は寝かされていた。
この研究所にある設備は、おそらく木の葉のトップレベルの設備を持つ病院と同等かそれ以上であり、イタチも子供もその恩恵を受けている事になる。
いずれにしろ困難と危険の伴う出産になったのは予想できたので、これだけの設備を持つ中で看護されているのは不幸中の幸いと呼ぶべきなのだろう。
皮肉なことだと、サスケは思った。
保育器に近づき間近に赤子を見たサスケは、思わず息を呑んだ。
黄疸の症状が出ているので全身が黄色がかっているが、転生前に見せられたように青い肌はしていない。
何より、あの特徴的な目元では無い。
明らかに、別の子供だ。
「…サスケ君に見せた赤ん坊は…」
「とっくに死にましたよ。未熟児を拉致してきて整形手術と色素注射を行ったのですからね。すぐに感染症に罹って…。生かしておけとのご命令もありませんでしたし」
悪びれもせずに言うカブトと、それを命じた大蛇丸に対して憤りが涌くのを、サスケは覚えた。
だが怒りよりも、その欺瞞を信じ、鬼鮫に嫉妬を感じていた自分を恥じる気持ちと、何よりも安堵の気持ちが勝った。
「……抱いてみたいわ」
呟くように言った相手を、カブトは見た。
大蛇丸の気まぐれは今に始まったことでは無いが、赤子に興味を示すなど、大蛇丸らしくない。
だが誰よりも濃くうちはの血を引く赤子ともなれば、話は別なのだろう。
「まだ首が据わっていないので気をつけてください」
保育器のカバーを開け、カブトは言った。
サスケは慎重に赤子を抱き上げた。
オレ達の娘__内心で、サスケは呟いた。
口元が綻ぶのを、止める事は出来なかった。
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