
(32)
手術から4日後、容態の落ち着いたイタチを、カブトは子供の元に連れて行った。
この研究所では他にも数人の新生児や乳児が人体実験の材料として育てられているが、彼らとは別の部屋で、イタチの子は看護されていた。
「未熟児で生まれたから今はまだとても小さいけどね。あと何週間かすればもっと可愛くなるよ」
子供の姿を見ても何も言わず表情も変えないイタチに、カブトは言った。
だがやはり、イタチは何の反応も示さない。
不審に思ったカブトが眉を潜めた時、「抱かせてくれ」と、イタチは言った。
「体温調節機能が充分ではないから、5分だけだよ?赤ん坊の状態が落ち着いたら、もっと長く抱かせてあげられるけど」
言って、カブトは保育器のカバーを開けた。
だがイタチは何もしようとしない。
「大丈夫だよ。人工呼吸器とかを外してしまわないように気をつければ」
カブトの言葉にイタチは幽かに眉を顰めた。
それから、ゆっくりと手を伸ばす。
指先が赤子の身体に触れると、イタチは慎重に小さな身体を愛撫した。
赤子は驚くほど小さく、胸や足に電極がつけられている。
規則的に聞こえる電子音から、子供の呼吸や心拍をモニターしているのだと判った。
今は眠っているのか何の反応も示さないが、小さな身体はミルクの匂いがして温かい。
「君は……」
視線を宙の一点に漂わせたまま子供の身体に軽く指を這わせているイタチの姿に、カブトは驚きを隠せずに言った。
「眼が見えていないのか?いつから?」
「……完全に見えなくなったのは手術の後だが、妊娠してから視力は落ちていた」
まるで他人事のように冷静に言うイタチを、カブトは改めて見つめた。
失明すれば当然、写輪眼は使えなくなる。
そしてそれは重大な戦力の低下を意味するのに、一体どうしてイタチはこうも冷静でいられるのか……。
「もっと早くその事を言ってくれてたら、失明しなくても済んだかも知れないのに…」
「お前は大蛇丸から俺の両目を潰せと命令されていたのでは無いのか?」
イタチの言葉にカブトは一旦、口を噤み、それから軽く溜息を吐いた。
「命令はされている。だけど言っただろう?君にそんな酷い真似をする積りは無い、と」
イタチは暫く黙って赤子の頬を撫でていた。
やがて、言った。
「…大蛇丸の側近にしては、甘いな」
「……僕にも、感情はあるからね」
言ってしまってから、カブトは声も無く苦笑した。
甘いといわれれば、確かにその通りだ。その『甘さ』のせいで、一旦はイタチとサスケに逃げられた。
だが術を封じるために両手の指を切り落されたイタチが、身の回りの事も自分では出来ず、されるがままの人形のような姿になってしまうのは見たくない。
「…前にも言った通り、君が大蛇丸様に復讐しようとか逃げようとかしない限り、君も子供も悪いようにはしないよ」
カブトの言葉に、イタチは何も言わなかった。
ただ赤子が唇に触れたイタチの指を本能的に軽く吸った時、口元に幽かな笑みを浮かべた。
更に4日が過ぎた。
転生から1週間以上が過ぎているのに大蛇丸は昏睡状態のままで、カブトは幽かな焦りを感じていた。
部下の医療忍を交代で大蛇丸に付き添わせる一方、毎日イタチを子供に会わせに連れて行っていた。
ドアの開く音に、イタチはベッドの上に上体を起こした。
「イタチさん、鬼鮫です」
この前とは別の医療忍の身体を借りた鬼鮫が、イタチに声を掛けた。
「予定以上に大蛇丸の昏睡状態が続いているので、カブトは焦っているようですね。ここに食事を運べと言われましたから、何か大蛇丸に異変があったのかも知れません」
「大蛇丸はまだ昏睡状態なのか?」
訊き返したイタチに、鬼鮫は頷いた。
そして、声を潜める。
「今ならば大蛇丸を殺し、騒ぎに乗じて脱出するチャンスですが…」
それは無理だと、言下にイタチは言った。
「あと数週間は、子供を保育器から出せない」
「そう、仰るだろうとは思いました」
イタチだけでも助けられるなら、子供を見棄ててでも助けたいというのが鬼鮫の本音だ。
だがそれをイタチが望まない以上、無理にイタチだけ連れ出そうとは思わない。
「お子さんにはもう、会ったんですか?」
「ああ…。だが、姿は見ていない」
「どういう事で__」
訊き返しかけて、鬼鮫は口を噤んだ。
まさか、と、小さく呟く。
「完全に…見えなくなってしまったんですか?」
「お前には、話しておいた方が良いだろうと思って」
頷いて、イタチは言った。
「だが、案ずる事は無い。お前の足手まといにはならない」
鬼鮫は静かに言ったイタチの手を取り、その指先に軽く口づけた。
「アナタの視力が落ち始めた頃から、私はずっと決意していたんです。アナタの眼にもしもの事があったら、私がアナタの眼になる…と」
イタチは何も言わず、ただ鬼鮫の手に軽く触れた。
人が近づいて来る気配に、鬼鮫はイタチから離れた。
「戻ります」と小声で言って、そのまま術を解く。
「ですが大蛇丸様。昏睡が長引いたので、矢張り精密な検査を__」
「検査なんて必要ないわよ。気分はとても良いもの」
カブトと大蛇丸の声に__声はまだサスケのもののままだ__イタチは幽かに眉を顰めた。
昏睡が続いていた大蛇丸だが、転生は成功したのだろう。
「それよりも今はイタチ君と話がしたいの。二人きりでね」
カブトはイタチを見、それから大蛇丸に向き直った。
「ではお話の後でも結構ですから、検査を受けてください」
「判ったわよ」
うるさそうに言って、大蛇丸はカブト達を下がらせた。
部下たちが遠ざかるのを待ってから、大蛇丸はイタチに歩み寄った。
ベッドの端に腰を降ろし、こちらを見ようとしないイタチを間近に見つめる。
それから声を落とし、言った。
「兄貴。オレだ」
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