
(31)
腹部の激しい痛みに、イタチは眼を覚ました。
あれからどれだけの時間が過ぎたのか、見当もつかない。
が、サスケがまだ生きていると考えるのは楽天的過ぎるだろう。
せめて子供だけでも助けなければと思いながら、イタチは痛みに耐えた。
「鎮痛剤が切れたみたいだね」
ドアが開き、カブトの声が言った。
相変わらず部屋は暗いままだ。
だがカブトが躊躇いも無く近づいてくるのが足音で判る。
それが何を意味するかを、イタチは冷静に受け止めていた。
「帝王切開の手術の後2、3日は、どうしてもかなりの痛みがあるものなんだ。でも鎮痛剤は6時間おきにしか投与できない」
言って、カブトは相手に歩み寄った。
イタチはシーツの端を掴み、必死で痛みに耐えている。
手術後の痛みは泣き喚くほどに辛いもので、これまでに帝王切開で子供を産ませた人体実験の『材料』たちのそんな姿を何度も眼にしている。
だがイタチは、呻き声すら上げない。
さすがだと感心する一方で、その硬い鎧を突き破って人間らしい感情を見てみたいという誘惑にも駆られる。
それに額に汗を滲ませ眉を顰め、幽かに息を荒げながら声を押し殺している姿は、こんな場合だと判っていても扇情的だ。
「…鎮痛剤はあげられないけど、チャクラで痛みを和らげる事は出来る__君が望めばだけど」
イタチは僅かに視線をカブトに向けたが、何も言わずにそのまま眼を逸らせた。
「判っているとは思うけど、転生の儀式は無事に終了したよ。それに、大蛇丸様からは君の体力が回復する前に両目を潰し、指を全部、切り落せと命じられている」
カブトは、イタチの手に軽く触れた。
痛みに耐えるのが精一杯なのか、イタチはそれを振り払わなかった。
「でも僕としては……君が大蛇丸様に復讐しようなんて愚かな考えを抱かない限り、君に酷い真似をする積りはない。赤ん坊も女の子だったからいずれ人体実験の材料にしろと命じられるだろうけど、何とか助けてあげようと思っている」
尤も、と、カブトは続けた。
「全ては君の意思次第だけどね……」
カブトはゆっくりと手を伸ばし、イタチの頬にかかる黒髪をかき上げた。
「…触るな」
低く、イタチは言った。
「お前と取引する積りなど、無い」
カブトはイタチから手を離し、苦笑した。
サスケが死んだからとは言え、イタチがすぐに態度を軟化させていたらむしろ落胆しただろう。
イタチに惹かれるのは、どんな苦境にあっても失わない誇りの故だ。
「取引をしようなんて思っていないよ。それに誤解しているようだから言っておくけど、僕は君の身体に興味がある訳じゃない。そんなものが欲しいなら、とっくに奪ってる」
無論、欲しくない訳ではない。
手術の時に見たイタチの身体には傷痕も殆ど無く、肌は滑らかで肌理細やかだった。
初めて見る両性具有の身体は奇妙で異様だが、それでも美しいと思った。両性の臓器を併せ持った体内には、感嘆の念すら覚えた程だ。
「……では…何が望みだ?」
「君が僕を敵だと看做さずに、少しだけ打ち解けてくれれば良い」
カブトはもう一度、手を差し伸べ、イタチの傷口にチャクラを送った。
そしてイタチの表情が少しずつ和らいでゆくのを、黙って見守る。
やがてイタチが幽かに安堵の溜息を漏らすのを見届けるまで、カブトはチャクラを送り続けた。
「…子供はどうしている?」
「部下の医療忍がちゃんとつききりで看護してるよ。今のところ感染症の心配は無い」
会わせてくれと言ったイタチに、カブトは首を横に振った。
「まだ保育器から出せないから此処に連れてくるのは無理だ。でも君の容態が落ち着いたら、会わせに連れて行ってあげるよ」
それから、と、カブトは続けた。
「君たちが逃げた時の話なんだけどね、僕が罰せられないように、話の口裏を合わせてくれないかな」
「…大蛇丸とは話す積りも無い」
カブトはイタチの額の汗をガーゼで拭い、「それで良い」と呟いた。
3日が経った。
イタチの部屋に昼食を運ぼうとしていたカブトは、途中で部下の医療忍に呼び止められた。
「大蛇丸様の容態が?どういう事だ」
「正常値の範囲内ではありますが、心拍数も呼吸数も下がっています。それに、血圧も」
カブトは幽かに眉を顰めた。
転生の後、数日の間は昏睡状態に陥る。
この期間に異常が生ずれば、最悪の場合、大蛇丸は死ぬ。
たとえ僅かな異変であっても、見逃す事は赦されない。
「…判った。すぐに行く」
「それは私が運んでおきましょうか?」
カブトが手に持っている盆を指差して、医療忍は言った。
カブトは僅かに躊躇った。
今までイタチの身の回りの世話は全て自分ひとりでしてきた。他の誰かに部屋の鍵を渡した事も無い。
だが今は非常時で、すぐにも大蛇丸の元に行かなければならない。
その一方で、ただでさえ食欲の無いイタチに冷めた食事を与えたくも無い。
「……これが鍵だ。言っておくが、囚人とは一切、言葉を交わすな」
「判りました」
言って、医療忍は鍵と昼食の盆を受け取った。
扉の開く音に、イタチはゆっくりと瞼を上げた。
それでも、周囲が闇であることに変わりは無い。
匂いから、相手が昼食を運んできたのはすぐに判った。
だが、カブトの気配とは違う。
「イタチさん、大丈夫ですか?」
相手の言葉を、イタチは意外に思った。
わずかに身体の位置をずらし、相手を見上げるように視線を転じる。
そのイタチの手に、相手は自分のそれを重ねた。
「私です、イタチさん。鬼鮫です」
「……鬼鮫……?」
鬼鮫は頷き、続けた。
「今は大蛇丸の部下の医療忍の一人の身体を借りていますが。時間が無いので、手短に話します」
鬼鮫は3日ほど前にこの研究所を探し当て、変化させた分身を人体実験の材料として捕らえさせる事でここに潜入したのだと話した。
傷が深くまだ本体は充分に動く事も出来ないが、持ち前のチャクラ量の多さのおかげで何とか分身を潜り込ませる事が出来たのだ…とも。
今は大蛇丸の部下の一人の医療忍の意識を失わせてその身体を利用しているが、意識の断絶が長く続くと本人に気づかれるし、周囲の者も怪しむので長くは持ちこたえられない。
「では…今の状況は把握しているのか?」
「ええ…」
鬼鮫がここに潜入した時、イタチは手術直後で、サスケはまだ生きていた。
儀式の途中を襲撃すればサスケは救えたかも知れない。
だがイタチも未熟児で生まれた子供も動かすのはとても無理だった。イタチを見棄ててサスケだけ救い出す気には、鬼鮫はなれなかった。
そして、その事をイタチに話す積りも、鬼鮫には無かった。
「アナタとお子さんの容態が落ち着いたら、必ず救い出します」
「…無理はするな」
短く言ったイタチの手を軽く握り、鬼鮫は頷いた。
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