
(30)
眼を覚ました時、自分が研究所の元の部屋にいるのだと、イタチは気付いた。
麻酔か何かを使われたのか、頭がぼんやりする。
だがそれでも、自分の胎内にもう子供がいないのはすぐに判った。
「…気がついたようだね」
声に、イタチはゆっくりと視線を巡らせた。
部屋が暗いので相手の姿は見えないが、カブトの声なのは判る。
「……子供は…?」
「とりあえず、生命は取り留めたよ。可愛い女の子だ。でもかなり危ない状況だったから、脳に障害が残るかもしれない」
カブトの言葉に、サスケを説得し切れなかった事を、イタチは悔やんだ。
障害があると判れば、大蛇丸は子供を生かしておく価値はないと看做すだろう。こんな結果になるのだったら、大人しくカブトの診察を受けておくべきだったのかも知れない。
カブトは黙ったまま、イタチを見下ろした。
策略に嵌められたと知った時にはイタチを憎んだが、裏切られたように感じたのは筋違いだ。
何より衰弱しきったイタチの辛そうな表情を見ていると、心が痛む。
「……常位胎盤早期剥離はとても予測の難しい病気で、定期的な検診を受けていても必ずしも発見できるとは限らないんだよ。原因もはっきりしないし、予防も出来ない」
「胎盤…剥離……?」
「勿論、身重の君を連れて逃げようとしたサスケ君の行動が無謀だったのは明らかだけどね。それが胎盤剥離の原因だったとは、言いきれない」
イタチは半ばぼんやりと、カブトの言葉を聞いていた。
軽い頭痛と吐き気がする。
子供にも会いたいが、今、何より気にかかるのは別の事だ。
「……サスケは……?」
「君と子供の生命を助けるのと引き換えに、大蛇丸様の器になる事を承諾したよ。もう、『先駆けの儀式』には入っている」
イタチは幽かに眉を顰めた。
結局、サスケを救う事は出来なかったのだ。
8年前のあの日にサスケの記憶を封じたものの、結局はサスケを救う事にはならなかった。
こんな事になる位なら、あのまま二人で里抜けしてしまった方が良かったのかも知れない。
サスケの生命がこんなにも早く断ち切られてしまうのならば、7年もの間、離れていなければ良かった。
少しでも長く、一緒にいたかった。
もっと話したい事があったし、言葉にならない想いを伝えたかった。
だがもう、後悔しても遅いのだ。
ゆっくりと瞼を閉じたイタチの眼から一筋の涙が零れ落ちたのを、カブトは黙ったまま見つめた。
「イタチに会わせてくれ」
儀式の間にカブトが入ると、サスケは間髪を入れずにそう言った。
「さっき、会わせてあげただろう?__子供にも」
カブトの言葉に、サスケは無意識のうちに眉を顰めた。
未熟児用の保育器に入れられた赤子は頼りなげに小さく弱々しく、そして薄青い肌と特徴的な目元をしていた。
「もっとも、君の子じゃ、なかったみたいだけどね」
サスケは黙ったまま視線を落とした。
父親が鬼鮫でも、イタチの産んだ子なら自分にとって愛すべき甥だ。イタチと鬼鮫が元々恋仲だった事も知っている。
だがそれでも、落胆したのは事実だ。
「……さっきは麻酔で眠っていて話も出来なかった。だから、もう一度、会わせてくれ」
「儀式はもう、始まっているんだ。中断なんて出来ないのは判ってるだろう?」
それに、と、カブトは続けた。
「今、イタチ君が会いたがっている相手は、君じゃないだろうしね」
サスケは再び口を噤んだ。
子供の父親が鬼鮫ならば、やはりイタチは鬼鮫と共にいる事を望むのだろう。それに鬼鮫のイタチへの愛がどれほど深く強いかは、サスケもよく知っている。
自分はもう、イタチには必要の無い存在なのだ。
------兄さんは、オレが護る
不図、子供の頃の記憶が、サスケの脳裏に蘇った。
イタチの身体の秘密と、そのせいでイタチが一族から貶められている事を知り、一族への憤りを抱くとともにイタチへの想いを自覚した頃の甘く苦い思い出だ。
イタチは自分の告白をすぐには信じてくれず、酷く辛い思いをした。
ようやく想いが通じ合ったものの、任務で多忙なイタチと共に過ごせた時間はとても短かった。
それでも一緒にいられれば、それだけで幸せだった。
イタチの瞳が自分を見つめ、イタチの声が自分の名を呼ぶ度に気持ちが高揚した。
だがその幸せは、長くは続かなかった。
仲を引き裂かれ、会うことも文を交わす事も禁じられた。
あの時の辛さは、今も忘れられない。
「そろそろ時間だ」
言って、カブトはサスケに歩み寄った。
「…会わせるのは無理だけど、イタチ君に言っておきたい事があるなら、伝言してあげるよ」
カブトの言葉にサスケは相手を見た。
が、首を横に振った。
「会えないのだったら、無意味だ。言葉で伝えられる事なんて…限られてる」
カブトは暫く黙って儀式用の寝台に座っているサスケを見下ろしていたが、やがて丸薬を差し出した。
「それじゃ、この薬を飲んで貰おうか」
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