
(3)
二ヶ月が過ぎた。
「……どうしました?」
ほんの一口食べただけで箸を置いたイタチに、鬼鮫は訊いた。
「まだ俺を子ども扱いする気か?」
幾分か不機嫌そうに言って、イタチは鬼鮫を見た。
イタチには気まぐれなところがあって、食欲もムラがある。
それで碌に食事を取らない事が珍しくないのだが、鬼鮫はそんなイタチを「成長期なのだからきちんと食べなければ」と窘めた事が、過去に何度かあった。
二人が出会った時に、イタチはまだ13だったからだ。
それでも忍としてはイタチの方が勝っている事を鬼鮫は理解しているので、押し付けがましい事など一度も言った事は無い。それにイタチももう二十歳なので、偏食を咎める気など無い。
ただ気になるのは、この2,3週間の間、イタチの体調が優れない事だ。
朝、起きた時からだるいと言い、食欲が落ちた。暁の任務も、ずっと休んだままだ。
任務は鬼鮫が独りでこなしているのでそれ自体は構わないと鬼鮫は思っているが、イタチの体調不良が続くのは気になる。
「……何か…気にかかる事でもあるんですか?」
訊いた鬼鮫に、イタチは怪訝気な表情を見せた。
その反応に、鬼鮫は苦笑した。
イタチが別の情人と会うために鬼鮫を隠れ家から遠ざけた時の事を、鬼鮫は思い起こした。
その相手とイタチの関係がどんなものであるのか、鬼鮫は知る由も無い。ただイタチがその相手を想っている事は確かだ。 さもなければ、鬼鮫を遠ざけてまでその相手と会った筈が無い。
だがその相手との関係が幸せなものであるならば、イタチが自分とも深い仲になる筈が無いと鬼鮫は思っていた。
無論、それは買い被りに過ぎず、イタチは単に快楽を得るためだけに相手を選ぶのかも知れない。
だがそれは、イタチのように特別な身体を持った者には、そしてそれを他者に知られることを嫌悪している故に尚更、考え難い。ただの性欲処理ならば女を抱けば良い筈だからだ。それならば身体の秘密に気付かれる事もあるまい。
幾ら考えたところで、結論は出ない。
恋人なのだと信じていたイタチを自分が少しも理解していない事を、鬼鮫は苦々しく思った。
「…ただの風邪にしては嫌に長引いてますからね。でも重い病気のようには見えないし、何か気を塞ぐような事でもあったのかと思いましてね」
鬼鮫の言葉に、イタチは答える代わりに視線を逸らした。
サスケの事を考えると確かに気が滅入る。
二度とサスケには会うまいと決意しているが、それでもあの夜以来、昔を思い出すことが多くなった。
思い出すだけで吐き気がする程の辛い日々を支えてくれたのは、サスケの存在だった。
------どんな身体でも、兄さんは兄さんだ
------兄さんは、オレが護る
もう7年も経っているというのに、思い出は鮮明なままだ。
そしてその思い出はそのまま一族殲滅の記憶へと連なる。
「…別に話したくなければ聞きませんが。でも食べないと身体に障りますよ。せめて味噌汁くらいは」
「……!」
鬼鮫に促されて味噌汁の椀を手に取ったイタチは、突然、こみ上げてきた吐き気に席を立ち、そのまま洗面所に走った。
「イタチさん……!」
鬼鮫も席を立ち、イタチの後を追った。
「イタチさん、大丈夫で__」
途中で、鬼鮫は言葉を切った。
まさか、と、呟きが漏れる。
「まさか……子供が出来たんじゃ……」
「このところ夜の外出が多いみたいだね、サスケ君」
カブトの言葉に、サスケは軽く眉を顰めた。
あの夜の1週間ほど後、サスケはもう一度イタチに会いに行ったが、隠れ家はもぬけのからだった。
置手紙を見た筈のイタチが自分の気持ちに応えてくれなかった事にサスケは苛立ち、鬼鮫への嫉妬を感じた。
だがイタチを諦める気は全く無く、その後も何度か大蛇丸の隠れ家を抜け出してイタチの行方を捜しているが、まだ何の手がかりも無い。
これ以上、大蛇丸の元に留まる続ける理由は無いのだからいっそ音を出てイタチを探そうと思った事もあるが、決意が付きかねていた。
やはりまだイタチに対する自分の想いに戸惑いを感じる。
「血圧と脈拍は正常。じゃ、口を開けて」
日課となっているサスケの健康診断を続けながら、カブトは言った。
「君くらいの年齢なら性欲を抑えにくいのも自然な事だけどね、遊女に入れ込んだりするのは衛生上の理由からも感心しないな」
「……そんなんじゃ、ねえ」
「まさか里の外に好きな娘でも出来たとか?それはもっと問題だよ」
確かに大蛇丸達に取っては問題になるのだろうと、サスケは思った。
二ヶ月前のあの夜、イタチに会うまでは、サスケは復讐の事しか考えていなかった。そしてその復讐が遂げられれば、その後はどうなろうと構わなかった。だから唯唯として大蛇丸の元に留まっているのだ。
だが今は、何よりもイタチに会いたい。
そしてイタチに対する自分の想いが確かであるならば、ずっと一緒にいたい。
イタチに対する自分の感情にはまだ迷いがあるが、サスケの望みは復讐よりも一族復興に大きく傾いていた。
自分の身体を大蛇丸に器としてくれてやる気は、もう無い。
「オレは自分の意思でここにいるんだ。アンタ達にはそれで充分な筈だ」
今、その事に気付かれてはなるまいと、サスケは言った。
大蛇丸はサスケに必要とされているのだと信じて疑わない。だからこそサスケが無断で隠れ家を抜け出しても何も言わずにいるのだ。
だが今のサスケの本心を知ったら、即座にサスケを拘束するだろう。
大蛇丸と決別するその時まで、疑いを抱かせる訳には行かない。
「……判ったよ。でもせめて、病気には気を付けてくれないか。でないと僕が大蛇丸様から小言を言われる羽目になるんだから」
「…判ってる」
短く、サスケは答えた。
イタチの顔色が変わるのを、鬼鮫は複雑な思いで見た。
どんな状況でも常に冷静なイタチが動揺するのを見るのは初めてだ。
女性の器官が備わっているとは言えイタチは男として生きてきたのだから、妊娠が相当なショックである事は容易に想像がつく。
だがそのイタチの心中を思いやる事は、今の鬼鮫には出来なかった。
あの夜の相手とはイタチはもう会っていないのだと、そう信じていたからだ。そう信じることで、相手への嫉妬と、自分を裏切ったイタチへの憤りを何とか抑えてきた。
だが実際には、子を為すほどの深い仲だったのだ。
会ったのも一度や二度ではあるまい。
ツーマンセルのパートナーとは言え、四六時中、一緒にいる訳ではない。
鬼鮫が食料や身の回りの品を調達しに里に行っている時など、逢瀬の機会は幾らでもあった。
結局のところ、自分はただの道化だったのだ__鬼鮫は、無意識のうちに拳を握り締めた。
他に恋人がいるのにイタチが何故、自分とも関係を持ったのか判らない。が、今は理由などどうでも良い。
イタチは自分の気持ちを知っていながら踏みにじった。
それが、赦せない。
「…任務の時間ですから、行って来ます」
それだけ言うと、鬼鮫は踵を返した。
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