(29)


土遁で造った逃げ道を全て埋め戻すと、サスケは肩で荒い息を継いだ。
独房の結界からは逃れたが、呪印がチャクラに反応し、術を使うたびに激痛に苛まされる。
十日前に捕らえられた時、大蛇丸が呪印に新たな『呪い』を込めた為に、チャクラを練るたびに痛みが走るのだ。
「これで…すぐには追って来れない筈だ」
「俺を連れていては逃げ切れない。お前一人で逃げろ」
「出来るかよ、そんな事…!」
口調を荒げ、サスケは言った。
「あんたが俺を必要としてなくても、俺にはあんたが必要なんだ。あんたがいなかったら、生きている意味なんか無い」
「…サスケ。あの時、俺が言いたかったのは__」
「今ここで言い争ってる時間は無い」
相手の言葉を遮ると、サスケはイタチを抱き上げ、地を蹴った。


「何て事を……」
チャクラの波動と土遁の破壊音に独房の扉を開けたカブトは、穴の開いた壁ともぬけの空の独房を見、半ば呆然と言った。
すぐに二人を追おうとしたが、サスケの張った結界に阻まれる。
「解!」
結界を解き、独房に入ったカブトは、床に千本が落ちているのに気づいた。
自分がいつも持ち歩いている物だ。
カブトは思わず歯噛みした。
それをいつ、イタチが掏り取ったのかは明らかだ。
あのプライドの高いイタチが『敵』である自分に触れさせる事を許したのは、サスケに会わせて貰いたいが故と言うより、逃亡のチャンスを作り出す為だったのだ。
そして自分はまんまとその計略に引っかかった。
イタチの思いもかけない行動に我を忘れ、警戒を解いてしまったのだ。
囚人であるイタチに懸想などしてしまった自分と、その気持ちに気づいていて利用したイタチに、憤りを感じる。
冷たい怒りに駆り立てられるように、カブトは二人の後を追った。


「サスケ…やはり俺は置いて行け」
足の付け根の痛みが下腹部にまで広がるのを感じながら、イタチは言った。
「黙ってろよ。舌を噛むぞ」

サスケの頑なな態度に、イタチは内心で溜息を吐いた。
足の痛みは朝からあったが、サスケが木の枝から枝へと跳躍する度に、振動と共に痛みが増していく。
切迫早産の可能性があると言っていたカブトの言葉を、イタチは思い出した。逃亡の途中で早産するような事があれば、子供は助かるまい。
もう一度、一人で逃げろとサスケに言おうとした時、下腹部に激痛が走り、イタチはそのまま意識を手放した。

「兄貴?__イタチ…!」
イタチが急にぐったりしたのに気付き、サスケは地上に降りた。
イタチは意識を失い、その下肢は血に塗れている。
血の気が引くのを、サスケは感じた。
「イタチ…!イタチ!!」
何度、名前を呼んでも、イタチは応えない。
脚の間の血溜まりは広がってゆく一方だ。
「全く……君の無謀さには呆れて物も言えないよ」
声にサスケが顔を上げると、カブトが立っていた。
サスケはイタチを抱きかかえていたので充分なスピードで走ることが出来ず、カブトに追いつかれてしまったのだ。
「早産したのか?どうなんだ!?」
「…ただの破水にしては出血が多すぎる。どうやら、胎盤早期剥離を起こしているようだ」
「そんな……」

愕然として、サスケはイタチの蒼褪めた顔を見つめた。
出産前に胎盤が剥離すれば胎児は酸素供給を受けられなくなって死亡する。母体も出血の為に死亡する可能性がある。
体調の良くないイタチを、本人の言葉に逆らって連れ出した事を、サスケは痛いほどに後悔した。

「すぐに帝王切開で子供を取り出せば__」
「無理な事を言わないでくれ。こんな何の設備もない所で手術なんか出来ると思っているのか?」
「アンタ、医療忍だろう…!」
苛立つサスケを見、カブトは眼鏡の位置を正した。
「骨盤が狭いから、帝王切開で出産させる予定だった。未熟児出産になる可能性も予測していた。その準備は整えてあったんだ。それなのにこんな所に連れ出したのは一体、誰だ?」
返す言葉も無く、サスケは唇を噛んだ。
「…だったら…研究所に連れ帰って……」
「出血が酷いのが見て判らないいのか?今、動かしたりしたら子供だけでなくイタチ君も死ぬよ」
「だったらどうすれば__」
「愚かしいわね」

サスケの言葉を遮ったのは、大蛇丸だった。
カブトは背筋が寒くなるのを感じた。
サスケとイタチ、二人を逃がしてしまった責任は自分にあるのだ。
怒りの余りその事を忘れていたが、大蛇丸は失態を見逃しはすまい。

「サスケ君はもう少し、頭の良い子だと思っていたのに、恋などという感情に捕らわれると判断力が鈍るものなのね」
「……助けてくれ」
イタチを抱きしめたまま大蛇丸を見上げ、サスケは言った。
「アンタなら瞬身の術が使える。イタチをすぐに研究所に連れ帰って、イタチと子供を助けてくれ」
「そうねえ…」
「二人を…せめてイタチだけでも助けてくれたらオレの身体をアンタにやる。だから…助けてくれ、頼む……」
「交渉成立ね」
言って、大蛇丸は哂った。




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