
(28)
「全然、食べてないじゃないか」
朝食の盆を下げに来たカブトは、まったく手付かずのそれを見て思わず眉を顰めた。
イタチは何も言わず、ただだるそうにベッドの上に半身を起こす。
「気分が悪いのかい?熱でもあるのかな」
言ってカブトは手を差し伸べたが、カブトの予想通り、イタチはそれを振り払った。
カブトは溜息を吐いた。
イタチが反抗的な態度を取るのも当然だし、生まれた子がどうなるのか考えれば子供を産みたがらない気持ちも判る。
だが自分を痛めつける事で少しずつ胎児と自分自身を殺そうとしているかのようなイタチのやり方には、心が痛む。
大蛇丸の命に従って多くの人間たちを人体実験の生贄としてきた自分にこんな感情があったなどとは意外だし、愚かしいとも思う。
だがそれでも、想いを殺すことは出来ない。
カブトはベッドの端に腰を降ろし、改めてイタチを見つめた。
初めて間近に見た時にはその美しさに驚いたものだが、こうして見つめていると魂を吸われてしまいそうだ。
だがそれだけならばこれ程、惹かれることは無かっただろう。
イタチの頑固なまでの矜持の高さには手を焼かされるが、それがゆえに心を動かされ気持ちをかき立てられるのも事実だ。
「…僕に出来ることなら何でもしてあげるよ。だから、少しは協力してくれないかな」
それまで視線を逸らしていたイタチが、カブトを見た。
「医療忍として、君の体調が悪いのを黙って見過ごしには出来ないんだ。だから__」
「サスケに、会わせてくれ」
相手の言葉を遮って、イタチは言った。
カブトは幽かに眉を顰めた。
「…それはどうかな…。大蛇丸様が、何と仰るか」
「お前は大蛇丸の奴隷か?」
ぴくりとこめかみが震えたのを、カブトは自身で感じた。
こちらをまっすぐに見据えるイタチの顔には殆ど何の感情も現われていないが、それでも侮蔑と落胆を、カブトは感じ取っていた。
「…会わせてあげたら、少しは協力してくれるのかい?別に言いなりになれとは言わない。でもせめて検査と、必要なら治療を受けてくれないかな」
「それが、お前の要求する代償か?」
カブトはすぐには答えなかった。
代償と言うならば、欲しいのは別のものだ。
ずれてもいない眼鏡の位置を正し、それからカブトは口を開いた。
「代償が欲しい訳じゃない。ただ……君がもう少し、打ち解けてくれれば…」
イタチは黙ったまま暫くカブトを見つめていたが、やがて手を伸ばし、相手の頬に触れた。
「……!」
そのまま引き寄せられ、カブトは反射的に身を強張らせた。
イタチはゆっくりと瞼を閉じ、相手に唇を重ねる。
背筋がぞくりとざわめくのを、カブトは感じた。同時に、身体が熱くなる。
軽く触れただけですぐに離れようとしたイタチを、カブトは抱きしめた。
抗おうと身じろいだイタチをきつく抱きしめ、奪うように唇を吸う。
頭の芯が痺れるような感覚に、我を忘れてしまいそうだ。
一旦は大人しくなったイタチがカブトの腕を振り払い、カブトはイタチを解放した。
イタチは睨むように相手を見据え、口元を拭う。
これが好意からの行いで無かったのは明らかだ。そんな愚かしい期待を一瞬でも抱いた自分が浅ましい。
言葉に表せない遣る瀬無さを打ち消すように、カブトは苦笑した。
「……会わせてあげるよ。そうまでして、サスケ君に会いたいなら…ね」
独房の床を見つめながら、サスケは落ちつかない気持ちを持て余していた。
ここに捕らえられて十日以上になる。
一刻も早くイタチをここから救い出したいのに、何も出来ずにいる自分に苛立つ。
それに窓も何の装飾も無い独房に閉じ込められているせいか、気が滅入る。
------でも意外ねぇ…。あのイタチ君が、二股かけていただなんて
大蛇丸の言葉が脳裏に蘇り、サスケは無意識のうちに爪を噛んだ。
もしも子供の父親が鬼鮫だったら、イタチはどうする積もりなのか__その事ばかりが、頭に浮かぶ。
------俺はお前を必要とはしていない。ただ…お前を欲している
イタチの言葉を思い出し、苛立ちが募るのをサスケは覚えた。
何故、イタチが自分を必要としていないなどと言ったのか、その真意が判らない。あの時に聞き質しておけば良かったのだと後悔するが、今更、遅い。
イタチが必要としているのが自分ではなく鬼鮫なのかも知れないと思うと、いたたまれない。
だがそれならば、何故、イタチは『お前を欲している』と言ったのか……
鍵の開く音に、サスケは顔を上げた。
「5分だけだよ?」
カブトと共に現われたイタチの姿に、サスケは眼を疑った。
反射的に相手に駆け寄る。
が、手枷の鎖に阻まれて抱きしめる事は出来ない。
「…暫く、席を外してくれ」
カブトを見、イタチは言った。
「無理な事を言わないでくれ。この事は大蛇丸様には内緒なんだよ?少しは僕の立場も考えてくれないと困る」
イタチは黙ったまま、カブトを見つめた。
奇妙な居心地の悪さに、カブトは肩を竦めた。
イタチは何も言わないが、臆病者と非難されているように感じたのだ。
「……判った。5分だけだからね」
言って、カブトは独房の扉を閉めた。
「イタチ、身体は大丈夫__」
イタチは問いかけたサスケの口元に指をあて、黙るようにと身振りで示した。
寝着の袂から医療用の千本を取り出し、サスケの手枷の鍵を外し始める。
サスケは驚いてイタチを見つめた。
その千本はカブトがいつも持ち歩いている医療道具の中にあるものだが、一体、どうやってイタチがそれを手に入れたのか……
「お前はすぐにここから逃げろ」
サスケの右手の手枷を外すと、左手の手枷の鍵穴を指先で探りながら、小声でイタチが言った。
「まさか、オレ一人で逃げろとでも言う気か?」
「俺はこの身体では無理だ__急げ」
イタチの言葉はサスケには心外だった。
たとえイタチの胎の子の父親が鬼鮫であろうと、自分がイタチに必要とされていなかろうと、イタチに対する想いは変わらない。
「一人で逃げるくらいなら、一緒に殺される方がマシだ」
イタチの腕に触れ、サスケは言った。
「俺も子供もすぐには殺されないだろう。だがお前には、時間が無い」
「オレが逃げれば大蛇丸は腹いせにあんたを痛めつけるに決まってる」
「俺も忍だ。覚悟はある」
そんな事はさせられないと、サスケは思った。
イタチを見棄てて一人で逃げるなど、出来るはずが無い。
サスケは印を組み、独房の内側に結界を張った。
呪印がチャクラに反応し、激痛が走る。
歯を喰いしばり、サスケは更に土遁の印を組んだ。そして、独房の壁に穴を穿つ。
「__サスケ…!」
サスケはイタチを抱き上げ、独房から逃走した。
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