
(27)
イタチが大蛇丸の研究所に拉致されて、2週間が過ぎた。
その日、カブトが昼食の盆を持ってイタチの部屋を訪れた時、イタチはベッドの上に上体を起こし、脚をさすっていた。
「脚がつったのかい?妊娠後期にはありがちな事だからね__どら」
差し伸べたカブトの手を、イタチは振り払った。
カブトは苦笑した。
「触らないよ…。ただ、チャクラを送り込んで筋肉の緊張をほぐすだけだ」
言って、カブトは改めてイタチの脚の上に手をかざした。
イタチが振り払わないのを確かめてから、チャクラを送り込む。
イタチの表情が和らぐまで、カブトはそれを続けた。
「これで良いだろう__さて、今朝も果物しか食べなかったようだけど、子供の為にちゃんと蛋白質も摂らないとね。せめてスープだけでも」
ベッド・テーブルの上に置いた盆から、スープ皿を取り上げてカブトは言った。
料理の匂いに吐き気が込み上げるのを感じ、イタチは眉を顰めた。
ここに拉致されて来てからずっと体調が優れないが、この2,3日は特にそれが酷い。
料理の臭いから逃れようと身じろいだイタチに、カブトはスープ皿を差し出した。
「白身魚のすり身を入れたスープだよ。これならば食べ易い__」
イタチが振り払った為に皿は床に落た。そんな積りは無かったのだが、視力が酷く衰えている為に距離感が掴めなかったのだ。
こぼれたスープの匂いに再び吐き気が込上げるのを感じ、イタチはそのまま洗面所に駆け込んだ。
カブトは半ば呆気に取られ、床に落ちた皿とイタチの後姿を見つめる。
かなり衰弱しているのは拉致した時に判っていたが、料理の匂いだけで吐いてしまう程に悪いとは思っていなかったのだ。
「……大丈夫かい?」
イタチの吐き気が収まるのを待ってから、カブトは声を掛けた。
イタチは黙ったまま、その場を動かない。
部屋に戻ればまた料理の匂いで吐き気をもよおすのだろうと、カブトは思った。空調装置はついているが、窓の無い部屋なので匂いはすぐには抜けない。
「ここを片付けさせて臭いが抜けるまでの間、別の部屋で休んだ方が良いようだね」
言って、カブトはイタチに歩み寄り、抱き上げた。
イタチは抗議するようにカブトを見たが、抵抗はしなかった。その気力も無かったのだ。
間近に見たイタチの瞳は、生理的な涙で潤んでいる。
背筋がざわめくのを、カブトは覚えた。
潤んだ瞳でこちらを見つめるイタチは、まるで拗ねているかのように見える。
優しい抱擁と甘い言葉をねだっているかのようだ。
どうかしている__内心で呟き、カブトは苦笑した。
「イタチに会わせてくれ」
独房に大蛇丸が姿を現すと、その顔を見るなりサスケは言った。
大蛇丸は笑った。
「会ってどうするの?子供の父親が誰なのか、聞き質す積もり?」
「そんな事は……どうだって良い」
無論、気にならない訳ではなかった。
だがイタチが元々、鬼鮫と恋仲だったのは知っている。
だからイタチの胎の子の父親が鬼鮫であったとしても、イタチへの想いが変わる訳ではない。
それでも、気にならないと言えば嘘になる。
何よりもしも子供の父親が鬼鮫なら、自分がいつまでもイタチの側にいるのはイタチを苦しめる事になってしまうのでは無いか__それが、気にかかる。
だが今はただ、イタチに会いたい。
たった2週間、離れているだけでこんなにもイタチを恋しく思うようになるなどと、かつての自分には考えられない事だった。
木の葉にいた頃には恋と呼べるような感情を何度か抱いた。
だが、どれも長続きした事は無い。
サスケが常にイタチへの報復の事ばかり考えているので、相手が離れてしまうのだ。
「イタチ君は、『どうだって良い』とは思わないでしょうね」
大蛇丸の言葉に、サスケは睨むように相手を見た。
挑発は見え透いている。
だが大蛇丸を油断させる為には、その挑発に乗せられたフリもしなければならない。
毎日、大人しくカブトの健康診断を受けているのも同じ理由からだ。
「イタチ君は子供の父親と一緒にいたいと思っている筈よ。つまり、干柿鬼鮫と…ね」
「まだ誰が父親か判らねぇだろう」
あら、と、大蛇丸は笑った。
「誰が父親か判らないと……サスケ君もそう思っているのね」
サスケは視線を逸らせた。
「でも意外ねぇ…。あのイタチ君が、二股かけていただなんて」
「……黙れ」
「二股かけていた事より、鬼鮫なんかを相手にしてた事の方が意外だわね。明らかに格下だし、それにあの、人間とも思えない外見なのに」
サスケはまっすぐに大蛇丸を見据え、そして言った。
「バケモノなのは、あんたの方だ」
ぴくりと、大蛇丸のこめかみが震える。
大蛇丸は威圧するようにサスケを見下ろし、それから、哂った。
別室で点滴を受けながら、もう猶予は無いのだと、イタチは思った。
拉致されてから体調が悪化し、胎動も余り感じられなくなった。
たとえカブトの言いなりになってそれで子供が無事、生まれるのだとしても、その後、大蛇丸の器や実験材料にされてしまうのならば、そんな運命が待っていると判っているのに子供をこの世に産みだすのはむしろ罪悪だ。
だが器にするなら勿論、実験材料にするにしても何年かは__恐らく写輪眼を開眼するまでは__大蛇丸は子供を生かしておくだろう。
そうであれば、まだ逃れる機会はあり得る。
だがサスケに関しては、そんな時間的余裕はないのだ。
かつてサソリから得た情報に拠れば、ひとたび転生すればその後、3年は転生が出来ない。
そして前回の転生から既に3年が経っており、前回に使われた器は言わば間に合わせのものだったらしい。
ならば今、大蛇丸は一刻も早く転生をと目論んでいる筈だ。
その前に何としてでもサスケをここから逃がさなければならないと、イタチは思った。
サスケが無事、逃れる事が出来れば子供が助かる可能性も高くなる。
重症を負わされた鬼鮫も気がかりだが、今は何よりもサスケをここから逃がさなくてはならない。その為には、手段を選んではいられない__そう、イタチは改めて決意した。
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