
(26)
リストに記された隠れ家の一つに線を引いて消し、鬼鮫は幽かに溜息を吐いた。
何とか動けるようになるとすぐに隠れ家を出、今は洞窟に身を潜めている。
まだ身体は充分に回復していないが、持ち前の膨大なチャクラ量のお陰で分身を作り出す事は出来る。その分身でサスケが残したリストの隠れ家を一箇所ずつ調べているが、どこももぬけの空だ。
深手を負った身体では分身を動かすにも限度があるのでまだ全てを調べつくした訳ではないが、このリストにある隠れ家にはイタチもサスケもいそうには無い。
デイダラと連絡を取り、協力を求める事を、鬼鮫は考えた。
デイダラは大蛇丸を憎んでいたし、一方でイタチとは比較的、仲が良かった。
組織からイタチを殺せという命令が出ていても、大蛇丸を斃すという目的の為ならば協力してくれるかも知れない。
だがそれでは、イタチが両性具有であると、デイダラに知られてしまう。
常に冷静沈着で感情に左右される事の無いイタチだが、自分が両性具有である事を他者に知られる事は極端に嫌がっていた。医者にも診せたがらなかった程だ。
それは子供の頃に一族の者たちから貶められ、或いは劣情を持って見られていたせいであり、何より兄のように慕っていたシスイに裏切られた事が未だ癒え難い心の傷として残っているのだろう。
それにサソリが死んだ今では大蛇丸との繋がりは絶たれている。
デイダラがサソリから大蛇丸に関して何か聞き知っていたとしても、それは今、大蛇丸がどこにいるかをつきとめる助けにはならないだろう。
やはりここは自分一人で何とかしなければならないのだと、鬼鮫は思った。
「兄貴はどうしている?」
サスケの健康状態をチェックする為にサスケの独房を訪れたカブトに、サスケは訊いた。
カブトは軽く肩を竦めた。
「君以上に我儘で、手を焼いているよ」
「てめぇ…イタチにおかしなマネ、してねぇだろうな?」
殺気立つサスケに、カブトは苦笑した。
「『おかしなマネ』どころか必要な診察も治療も何も出来ない。触れるどころか近づかせても貰えないんだからね」
「……治療が…必要なのか?」
カブトに対する疑心と不安を同時に感じながら、サスケは問うた。
カブトはもう一度、肩を竦めた。
「診察させてくれないのだから何とも言いがたいが…切迫早産の可能性がある。それにとっくに安定期に入っている筈なのに、殆ど食べられない位に食欲が無いのも良くない兆候だ」
今までの体調がどうたったのかと問われ、つわりはずっと酷かったと、サスケは答えた。 6ヶ月目に入ってって漸く体調が落ち着いたが、暑さのせいか、その後また悪化したのだとも。
「……出産は普通の女性に取っても一大事だからね。両性具有の身で子供を産むのはかなりの負担なのかも知れない」
ともかく、と、カブトは続けた。
「少しでも食べてくれないと、点滴だけではとても持たせられないよ。だから、イタチ君の食べ物の好みを訊いておきたいんだけどね」
「……肉は嫌いだから昔から殆ど食べない。魚は赤身より白身。味付けは薄めが好みだ。甘いものも嫌いじゃないが、子供が出来てからは食べ物の好みが頻繁に変わるらしくて……」
「それはどの妊婦も同じだからね。参考になったよ__さて。じゃ、君の健康診断をしようか」
大蛇丸の元にいた頃には毎日定期的に続けられていた行為に、サスケは反抗する事も無く応じた。
2年半の間一緒に暮らしてきたという過去があるせいだろうが、サスケはイタチよりずっと扱いやすいと、カブトは思った。
「最後に一つ、訊きたいんだけど、正確な受胎の時期はいつだい?」
サスケの健康診断が済むと、用具をしまいながらカブトは訊いた。
「……7ヶ月前。正確には__30週間前だ」
「つまり、君が頻繁に無断外出していた頃だね」
言いながら、それならばまず大丈夫だろうと、カブトは思った。出来ればあと4週、少なくとも2週もたせられれば帝王切開で出産させても子供は助かるだろう。
問題は、いつ大蛇丸がサスケの身体に転生するか、だ。
もうすぐ子供が生まれるとなればサスケは生に執着するだろう。そうなれば転生は難しくなる。
今度こそ、大蛇丸の転生を成功させなければならないと思いながら、カブトはサスケの独房を後にした。
カブトが出て行った後、サスケは独房の床を見つめながら、イタチを想った。
暑さのせいか元々体調は悪化していたが、カブトの話からするとそれはここに拉致されて来てから一層、悪くなったようだ。
きっとイタチは精神的に不安定になっているのだろうと、サスケは思った。
イタチは精神的にもとても強いが、それは傷つかない事を意味しない。むしろ繊細で誇り高く、それ故傷つき易いとも言える。
ただその傷を他者に見せる事無く一人で耐えてしまうので、傍目には平然としているように見えるのだ。
だが夜明けに暗部の任務から戻ったイタチが人形のような虚ろな眼をしていたのを、サスケは知っている。
サスケはそんなイタチに何と言って良いか判らず、ただ朝になるまで冷たい身体を抱きしめていた。
今も側にいて抱きしめてやりたいのに、それが出来ない自分がもどかしく、腹立たしい。
恐らく自分ひとりの身であれば、イタチは死をも恐れないのだろう。
だが今は子供を守り抜きたいと思いながら、何の力も無い自分に苛立っているかも知れない。
それに敵の手に堕ちた事で、誇りが傷ついてもいるだろう。
いつまでもこんな所にイタチをいさせる訳には行かない__そう、サスケは思った。
カブトがイタチの部屋を訪れた時、イタチは眠っていた。
いつもの反抗的な態度が信じられないほどに、寝顔は無防備だ。
サスケと二人きりの時はいつもこうなのだろうかと、カブトは思った。
数ヶ月前に初めてイタチの姿を見掛けた時、喧嘩でもした後だったのか、サスケは宥めるように話しかけていた。
サスケのそんな姿も意外だったが、イタチが大人しくサスケの腕に抱かれていたのはもっと意外だった__無論、妊娠していたのもかなりの驚きだったが。
二人ともカブトからすれば無駄にプライドが高く、扱い難い。
だが二人きりでいる時は、互いに甘えたり甘えさせたりするのだろうか。
そしてそんな時に、イタチはどんな表情を見せるのだろう……
カブトは改めて、イタチを見つめた。
印象的な長い睫。
幽かに蒼褪めた頬。
肌理こまやかな、滑らかな肌。
見るからにしなやかそうな、艶やかな黒髪__
それと意識しないうちにカブトは手を伸ばし、イタチの頬にかかる髪をかき上げた。
「……!」
眠っているとばかり思っていたイタチが眼を開け、その手を振り払う。
「……起きてたのか。それとも、起こしてしまったのかな」
カブトの言葉に、イタチは答えなかった。
ただ煩そうにカブトを見上げ、それからすぐに視線を逸らす。
カブトは肩を竦めた。
「……サスケ君はもっと素直なのに、どうして君は打ち解けてくれないんだろうね」
イタチは答える代わりに眼を閉じた。
文字通り難攻不落だと、カブトは思った。そしてそんな風に考える自分に苦笑する。
大蛇丸が言っていた通り、イタチが協力などする筈が無いし、今は何の力も無いのだから無理やりに従わせれば良いだけだ。
だが何故か、それが躊躇われる。
自分の中にあるらしき感情を愚かしいと蔑みながら、それを消してしまう事が出来ない。
「…また後で様子を見に来るよ」
自分にもこんな感情があったのかと半ば訝しみながら、カブトはイタチの部屋を後にした。
大蛇丸の部屋を訪なったカブトは、サスケの健康状態が良好である事、イタチが受胎の30週目であって、あと4週間ももたせられればかなり良好な状態で子供を確保できるだろうと報告した。
「問題は、大蛇丸様がいつ、サスケ君に転生なさるか…だと思うのですが」
器となった者は身体を乗っ取られた後にも残留思念が残る。
それ故、その者が転生に同意しなければ激しい拒絶反応が起き、転生は失敗する。
かつてイタチに復讐する事のみを考え、それ以外の全てを__己の生命すらも__顧みなかったサスケだが、今はイタチと共に生きる事を望んでいる。
つまり、このままでは転生は失敗する。
「判っているわよ。サスケ君には、揺さぶりをかけてあるわ」
「揺さぶり…ですか」
鸚鵡返しに、カブトは訊いた。
大蛇丸は口の端を歪めて笑った。
「それを完璧にする為に、用意して欲しいものがあるのよ……」
カブトを側近くに引き寄せ、相手の耳元で大蛇丸は計画を囁いた。
「__なるほど……流石は大蛇丸様です」
ではそのように手配しておきますと言って、カブトは一礼した。
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