
(25)
「一族殲滅の理由はともかくとして」
サスケの隣に腰を降ろし、大蛇丸は続けた。
「君が想っている程に、イタチ君が君の事を考えているかどうかは疑問ね」
「……何が言いたい」
見え透いた挑発だと思いながらも、黙っていられずにサスケは言った。
「干柿鬼鮫よ。彼が逃げるでもなく歯向かうでもなく私に嬲られるのを見た時、鬼鮫とイタチ君がただのツーマンセルのパートナーでは無いと、気づいたのよ」
大蛇丸の言葉に、サスケの脳裏には7ヶ月前の夜に見た光景が蘇った。
同時に、あの時に感じた嫉妬とイタチへの情欲を思いだす。
今では鬼鮫の事は信頼しているが、それでも嫉妬は無くなっていない。
「私が鬼鮫の腕を切り落そうとした時、イタチ君が『やめろ』って怒鳴って。いつも冷静なあのイタチ君が声を荒げるなんて、驚いたわ」
「…アンタは眼の前で部下が殺されようがどうなろうが平気なんだろうな」
「イタチ君だって平然としている筈よ。それが単なる部下や仲間だったら…ね」
サスケは大蛇丸を見、何も言わぬまま視線を逸らした。
大蛇丸はそんなサスケの横顔を見遣り、口元を歪めて哂う。
「もしかしたらイタチ君のお腹の子の父親って、鬼鮫かも知れないわね」
サスケの指先が、ぴくりと震えた。
サスケが初めてイタチと結ばれたその夜に、イタチは鬼鮫とも肌を交わしている。
鬼鮫の言葉から鬼鮫は避妊措置を取っていたのだろうとサスケは考えていたが、実際のところどうだったのか、聞いてみた訳ではない。
それに、避妊具を使っても妊娠する可能性はゼロではない。
ひょっとしたら、子供の父親がどちらであるか、イタチにも判断がつきかねているのではないかとサスケは思った。
鬼鮫と自分の二人を側に置いていたのも、そのせいではないか…と。
鬼鮫の腕に抱かれているイタチの姿が脳裏を過ぎり、サスケは苛立ちを覚えた。
「考えてみれば、君とイタチ君はもう何年も会っていなかったのだから、木の葉にいた頃に恋仲だったとしても、心変わりするのは当然よねぇ…」
「要するに、何が言いたい?」
苛立ちを抑えきれず、サスケは言った。
「アンタは俺の身体にしか興味が無い筈だ。だったらイタチの胎の子の父親が誰かだなんて、どうだって良いだろう?」
「ええ…私は別にどうだって構わないわよ。ただあれが自分の子だと、確かな根拠も無く信じている君が可愛そうだと思って」
「子供も恋人もいないアンタに、何が判る?」
サスケの言葉に、大蛇丸は笑った。
「人が子供を欲しがるのは、永遠には生きられないからよ。だから己の遺伝子を持つ者を、後世に遺したがる。そうする事で、凡庸な者でも己の生に意味を持たせられると、そう思い込んでいるのよ」
「…アンタは『特別な存在』だし、永遠に生き延びるのだから子供なんて必要ないって訳か」
「サスケ君だってそうなれるわよ__私と一つになれば」
大蛇丸は身を寄せ、触れそうなほど間近でサスケを見つめた。
「この世の全ては脆く移ろい、確かなものなど何もありはしないわ。息もつかせぬ程の情熱もやがては冷め、馴れ合いだけが残る。どれ程の愛情を子供に注ごうと、彼らはやがて親を裏切る__その事は、君とイタチ君が誰よりも良く知っているでしょう?」
「……オレは……」
「何よりも確かなものである筈の力ですら、時の流れと共に訪れる老いには勝てない。三代目が死んだのは私のほうが強かったからじゃない。彼は老い、私は老いを克服している。だから、私は勝ったのよ」
サスケは黙ったまま、白い壁を見つめた。
器が数年で使い捨てにされるのは判っている。何より、永遠の生になど興味は無い。
今はただ、イタチの本心が知りたい。
もしも本当に胎の子の父親が鬼鮫であるなら、イタチはどうする積りなのだろう。
「何よりも確かな力……欲しいでしょう?力を得ること、そしてそれを行使する事__それは肉の交わりよりも強い恍惚を与えてくれるわ。サスケ君も、それを何度も味わったでしょう?」
サスケは視線を落とした。
確かに、強力な術を覚え、使いこなすのは快楽だった。
チャクラを自在にコントロールし、強い相手を斃した時には、えもいわれぬ悦楽を味わった。
だがかつて自分が力を求めていたのは、イタチに復讐する為__もっと言えば、イタチを超え、その事でイタチに認められたいが為だった。
今は別の意味でイタチに認められたいし、イタチと子供を護る為の力も欲しい。
だがそれは、大蛇丸に身体を差し出すことでは実現できない。
「……後でまた、話しに来るわね」
黙り込んだサスケを見遣り、大蛇丸は言った。
「イタチ君の様子はどうなの?」
自室に戻った大蛇丸は、カブトを部屋に呼んで訊ねた。
カブトは肩を竦めた。
「我儘はサスケ君で慣れている積りでしたが……。兄の厄介さは弟の比では無いですね」
「私の力を頼って来たサスケ君ですらああだった事を思えば、別に驚く事では無いわね」
「ですが…切迫早産の可能性があるのに、まったく治療に協力しないのでは……」
カブトはイタチが相変わらず殆ど食事を摂らない事、出血があったにも拘わらず診察を拒否している事を報告した。
大蛇丸は、軽く眉を上げた。
「とりあえず28週まで持たせられれば未熟児でも何とかなるでしょう?今までだって、何度も経験があるじゃないの」
「人体実験に使うだけならそれで充分でしたが、次の大蛇丸様の器になるかもしれない子供なんですよ?万全の体制で出産に漕ぎ付けなければならないのに、イタチ君は反抗ばかりして……」
カブトの苛立たしげな姿に、大蛇丸は哂った。
「イタチ君がこちらに協力するなんて考える方がどうかしてるわ。『敵に捕らえられたら一切の情報を漏らすな』__忍の鉄則でしょう?」
「お言葉を返すようですが、彼が全く協力しないのであれば、胎児の健康に責任が持てません」
「何をお前らしくも無い事を言っているの。今のイタチ君は一般人の女のように無力なのよ?縛るなり何なりして、診察でも治療でもすれば良いわ」
カブトは口を噤んだ。
大蛇丸が言う事は尤もで、イタチが協力しないのも当然と言える。
だが縛り上げて強制的に診察や治療を受けさせる事に、カブトは気が進まなかった。
この研究所に拉致して来た日に、見下ろすようにこちらを見据えていたイタチの瞳を思い出す。
それは夜闇のように静かで穏やかな光を湛えていながら、威圧的な力よりも強い何かでカブトを圧倒していた。
無力な相手に気圧されてしまっているとは認めたくない。
だがやはりイタチに無理強いする事は出来ないと、カブトは思った。
「…残念ながら、手荒な真似をすれば精神的理由から胎児の生育に悪影響を及ぼします。先ほども申し上げましたが、あの子供は単なる人体実験の材料ではないのですから」
「イタチ君はそんなに弱くないわよ」
「ですが、本人が子供を産む事を望んでいなかったら?」
カブトの言葉に、大蛇丸は改めて相手を見た。
ここに拉致された時点で、イタチは子供がどうなるか理解したのだろう。
男の子なら次の器、女の子であれば実験材料__聡いイタチならば、その事は見抜いている筈だ。
そしてそうなる位なら、死産の方がマシだと考えているかも知れない。
「…だったら尚更のこと、早めに取り上げてしまった方が良いかも知れないわね」
未熟児用の設備を整えておきなさい__そう、大蛇丸はカブトに命じた。
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