(24)


サスケは両手首に手枷をはめられて一室に監禁された。
手枷には長い鎖がついていて生活に支障はないが、印は組めない長さに調整してある。
その上、呪印と連動してサスケのチャクラに反応する特殊な結界が張られていて、術を使えば呪印に激痛が走る仕組みになっている。
そのサスケを大蛇丸が訪ったのは、サスケが大蛇丸に捕らえられた翌日の事だった。

「昨夜はよく眠れたかしら」
サスケが初めて大蛇丸の元に来た翌朝と同じ事を、大蛇丸は訊いた。
「……兄貴はどうしている?」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。それより……あんなにイタチ君を憎んでいた君が、どうしてこんな事になったのか聞きたいわね」
大蛇丸の問いに答える代わりに、サスケは視線を逸らした。
真実を告げる気などさらさら無い。
だが、イタチを救い出す為には大蛇丸を油断させることが必要不可欠だ。
大蛇丸は自分を器とする為に懐柔しようとするだろうから、その手に載せられたフリをしなければならない。
「でもねえ……。実は、それほど意外には思っていないのよ」
大蛇丸の言葉に、サスケは相手を見た。
大蛇丸はベッドの端に腰を降ろしているサスケを見下ろし、続けた。
「君のイタチ君に対する憎しみは愛情の裏返しなんじゃないかって、前から思ってたもの」
「……愛情があるなら、その相手を殺そうなんて普通、思わないだろう」
サスケの反論に、「普通はね」と、大蛇丸は呟いた。
「君が私の所に来たのは3年前だったけど、イタチ君に対する憎しみは日毎に募って行くように見えたわ__その原因となった一族滅亡は、どんどん過去の事になってゆくのに」

サスケは黙ったまま再び視線を逸らせた。
一族殲滅の日の記憶はいまだに生々しい。
何年たとうがあれが『過去』の出来事になってしまうことなど無いのだと、サスケは思った。

「どんな感情も時と共に薄れてゆくものなのよ。たとえそれが、一夜にして一族を皆殺しにされるような悲劇に起因しているとしてもね」
それに忍ならば誰でも肉親の悲劇的な死くらいは経験しているものだし、と、大蛇丸は続けた。
「でもその感情ときちんと向き合うことが出来ずに抑圧してしまった場合、その感情は無意識下でどんどん強く膨らんでゆく。そしてそれを抑圧する力も、それに伴って強くなってゆくものなのよ」
「……要するに、何が言いたい?」
「君は両親を愛していた。でもそれ以上に、兄であるイタチ君を愛していた。イタチ君さえいれば、両親などいなくなっても構わないと思うほどに」
サスケは黙ったまま、拳を握り締めた。
「でも実際にイタチ君が両親を殺した時に、君は罪悪感を感じたんじゃないかしら。両親などいなくなっても構わないと、そう思っていた自分に」

サスケの脳裏に、一族殲滅の日の記憶が蘇った。
集会で飲み物に毒を混ぜた時には、ただただイタチを助けたくて夢中だった。
一族の者達が血を流し、苦しみ悶える姿を見た時にもイタチの事ばかり考えていた。
今にして思えばあの時の自分は幼く未熟で、イタチを救うにしても他に方法があったのかも知れない。
何より、結果としてイタチに汚名を着せてしまった事は、いくら後悔しても足りない。

「自分のせいで両親が死んだのではないかという罪悪感も、愛する兄が愛する両親を殺したのだという事実も、君には受け入れがたかった。でもイタチ君が一族を滅ぼしたのだという事実は消せない。だから君は、イタチ君に対する愛情を抑圧してしまったのよ」
大蛇丸は手を伸ばしてサスケの顎に触れ、こちらを見させた。
「ただそれは抑圧してしまうには余りに強く激しい感情だった。だから君は、イタチ君を憎む事で、イタチ君への愛情を無意識下に閉じ込めてしまった……」
「__大した妄想だな」
大蛇丸の手を振り払い、サスケは言った。
大蛇丸は哂い、続けた。
「実の兄に対して兄弟以上の感情を抱いていた事が、君の罪悪感の根源だったかも知れないわね。その事を知れば、両親は当然、反対したでしょうし……それとも、実際にそれを知られて反対されていたのかしら。もしかして、イタチ君が一族を滅ぼしたのもそれが理由……?」
サスケは視線を逸らし、口を閉ざした。
大蛇丸はうちは一族滅亡の真実を知らないのに、恐ろしいまでに核心に迫っている。
イタチへの復讐を誓っていた頃の自分が自らの身体を器として差し出すことを納得させられてしまっていたのも、その恐ろしく巧みな心理操作の故だった。
気を抜けば、またいつ感情を操られてしまうか判らない。
今はただ、イタチのことだけを考えろ、と、サスケは心中で自らに言い聞かせた。
イタチをここから救い出す、その事だけに集中しろ…と。



「検尿も駄目、血液検査も駄目、その上、検温も嫌がる__つくづく厄介な患者だね、君は」
言って、カブトは溜息を吐いた。
イタチは相変わらずこちらに背を向けて横たわったまま、口をきこうとしない。
イタチほどの忍であれば敵の手に堕ちるのは初めての経験で、それゆえにプライドが傷ついているのかも知れない。
人体実験の材料にと攫ってきた者達に反抗的な態度を取られる事には慣れているが、彼らは力ずくで大人しくさせればそれで良かった。
だが大蛇丸が胎児とイタチの遺伝子に興味を持っているので、何としてでも無事に出産させなければならない。それに拉致して来た時には既にかなり体力が落ちていたので、カブトとしては気を遣わざるを得ない。
それなのに患者としてのイタチは、全く非協力的だった。
人体実験用に拉致してきた者たちも初めは恐怖や怒りから反抗するが、やがて状況に馴れ、或いは諦めて大人しくなってゆく。
だがイタチは見たところ妊娠の6、7ヶ月目で、体調が良くない。
反抗を諦めて大人しくなるのを待っている時間は無かった。
「昨日、少しだけど出血があったようだから、僕は切迫早産の可能性を心配しているんだけどね」
ベッドの端に腰を降ろし、イタチの横顔を見下ろしながらカブトは続けた。
「この時期に早産なんかしたら子供は助からないよ。そんなのは厭だろう?」

カブトの言葉に、イタチは何の反応も示さなかった。
わずかに感情の揺らぎを見せたのはサスケがここに拉致されて来た時だけで、それ以外は全く感情を見せない。
妊娠中は精神的に不安定になり易いというのに、どうしてこうも冷静でいられるのかと、カブトは思った。そして同時に、その冷静さを失わせてみたい…とも。

「もしかして君は、子供なんか欲しくなかったんじゃないのかい?サスケ君が望んだから、仕方なく…」
カブトの言葉に、イタチは幽かに眉を顰めた。
「君が子供を産みたがっていないらしいとサスケ君に伝えたら、彼は哀しむだろうね…」
「それで脅している積りか?」
平淡な口調で、イタチは言った。
口調は平淡だが、却って強く侮蔑の念を感じる。
幽かな苛立ちを、カブトは感じた。
「…僕はただ君と赤ん坊の事を心配しているだけだよ。切迫早産の話だって、嘘じゃない。大人しく診察を受けて適切な治療をすれば、可愛い子供を死なせずに済むんだよ?」

イタチは口を噤んだままでいた。
サスケと鬼鮫に読み聞かされた本である程度の知識はある。
確かに出血は不安因子だが、腹部の張りなどその他の兆候は現われておらず、早産の危険性が高いとは思えない。
何より、カブトは信用できない。
早産で生まれた未熟児でも、相応の対処をすれば無事に育つ筈だ。
それを「助からない」と言い切るのは、カブトに医療忍としてそれだけの能力がないのか、意のままに従わせる為の脅しなのか、いずれかだろう。
後者であれば勿論、前者であってもカブトに協力する必要はないと、イタチは思った。

「……ったく…。頑固だね、君は」
自分を無視し続けるイタチに、苛立ちが募るのをカブトは感じた。
「そこまで頑なな態度を取るなら仕方ない。君が子供を産むのを嫌がってて、早産の危険性があるのに治療に協力しないと、サスケ君に伝えておくよ」
「…俺はサスケを信じている」
静かにそれだけ言うと、イタチは眼を閉じた。





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