(23)


『東の岩屋』に辿りついたサスケは、気配を殺してあたりの様子を窺った。
ひっそりとしていて、人がいる気配は感じられない。
大蛇丸は殆どの部下とは連絡のみで、身近におくのはカブトを含む少数の側近たちだけだ。そしてその隠れ家は定期的に移動している。
音の里の全貌は、サスケも知らない。
かつては己が強くなる事しか頭になかったので他の事に興味はなかったのだが、今にして思えば大蛇丸の部下の数や他の隠れ家の位置など、知っておけば良かったと思う。
だが、今更後悔しても遅い。
太陽を見上げ、正午まで大分時間があるのを確かめてから、サスケは建物に忍び込んだ。
何らかのトラップが仕掛けられている事を想定し、慎重に歩を進める。
が、何も起きない。
それに建物の内部に全く人の気配が感じられない。
イタチは今、何の術も使えず気配を消す事も出来ないのだから、イタチがここにいるならその気配が感じられる筈だ。
焦りに、サスケは無意識のうちに歯噛みした。

「早かったわね」
背後から声をかけられ、サスケは殆ど反射的に跳躍し、相手の咽喉元に剣をつき付けた。
「イタチは__兄貴はどこだ?」
大蛇丸は、嗤った。
「ここにはいないわよ。研究所で、カブトが大切に看護しているわ」
「研究所……だと?」

それが、人体実験の為の研究所である事は明らかだ。
サスケも大蛇丸らと共に研究所に滞在していた事がある。
その時、見せられた実験台の姿を思い出し、幽かな吐き気が込上げるのを、サスケは覚えた。
そしてあんな所に拉致されたイタチの身が案じられると同時に、大蛇丸に対する憤りが沸き起こる。

「…てめぇ、イタチに何を__」
「大切に看護している…と言ったでしょう?私は君たちに危害を加えようなんて、少しも思ってないわ」
「だったら今すぐイタチを解放しろ。さもないとこの首、斬り落すぞ」
「やれば?」
平然と、大蛇丸は言った。
「私がここで斃されたら、カブトがイタチ君をどうするかしらねぇ……」
「……っ……」
大蛇丸は間近にサスケを見つめ、舐めるように相手の上に視線を這わせながら続けた。
「大人しく言う事を聞いていれば、悪いようにはしないわよ。今までだってそうして一緒に暮らしてきたじゃないの?」
「……イタチを、どうする積りだ…?」
「私に興味があるのはサスケ君の身体だけよ。無事に転生が済んだら、イタチ君は解放してあげるわ」
そんな言葉は信じられないと、サスケは思った。
元々、大蛇丸はイタチの身体を器にと狙っていたのだし、かつて自分を打ち負かした相手を大蛇丸が放っておくとは考えられない。
だが、イタチが人質に取られている今は大人しく大蛇丸の言葉に従うべきだと、サスケは思った。
敢えて相手の手の内に入り、それから機会を待つしかない。
「……判った…」
剣を収めたサスケに、大蛇丸は満足げに哂った。



「どうやらサスケ君が着いたようだね」
カブトの言葉に、イタチはベッドの上に半身を起こした。
カブトが手を貸そうとしたのを振り払い、廊下に面したガラスを見遣る。
少し距離があるのでよくは見えないが、大蛇丸とサスケのようだ。
イタチは眉を顰めた。
サスケが自分を見殺しに出来ないのは判っているが、それでもサスケまで捕らえられてしまえば逃げる機会は一層、減ってしまう。
何より、どんな事があってもサスケだけは生き延びさせたかった。
だから7年前のあの時サスケに幻術をかけ、身を切られるより辛い想いをしてまで自分への憎しみを植えつけたのだ。
「__兄貴……!」
サスケの呼ぶ声に、イタチは無意識の内に拳を握り締めた。
どうして此処に来てしまったのだと、心の内で問う。
そして、サスケから視線を逸らした。

「……イタチ……」
イタチの哀しげな表情に、胸が締め付けられるような痛みをサスケは覚えた。
おめおめと捕らえられた事を哀しんでいるのだと思うと、自分の力の足りなさが歯がゆい。
術が使えないように後ろ手に手枷をはめられているので、何も出来ない。出来たとしても助け出す前にカブトがイタチに危害を加えるだろう。
唯一の救いは、イタチが捕らえられているのが牢獄ではなく、清潔な病室のような部屋である事だ。
今のイタチに何の力もない事が判っているからか、部屋に鍵をかける以外には拘束していないようだ。
「イタチ君は無事だって判って安心したでしょ?君も大人しくしているのであれば、手枷なんかすぐに外してあげるわ」
でも暫くは我慢して貰うわよ__言って、大蛇丸は哂った。



サスケの残していったリストを見つめ、鬼鮫は幽かに眉を顰めた。
今頃サスケが大蛇丸の手に堕ちている事はまず間違いない。
何としてでも二人を__せめてイタチだけでも__救い出したいが、それがどれほど困難かは、考えなくとも判る。
相手が大蛇丸だというだけでもかなり厄介な上に、身重のイタチを人質にされてしまっては、手も足も出せない。
それに、サスケの残したリストにある隠れ家のどこかにイタチ達がいるとは限らない。
大蛇丸が慎重であるなら、今はサスケが知らなかった隠れ家にいる筈だろう。
鬼鮫の知っている大蛇丸は、慎重でもあり傲慢でもあった。いずれにしろ最後に鬼鮫が大蛇丸に会ったのは、もう何年も前の話だ。
何年も経ってはいるが、あの残忍さ貪欲さは今も強烈に印象に残っている。
恐らく、自分に歯の立つ相手ではないのだろう。
だがそれでも、何としてでもイタチは救い出さなければならないと、鬼鮫は思った。
たとえその為に、己の生命を犠牲にしようとも。





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