(22)


イタチが大蛇丸に捕らえられた翌日、昼食を持ってイタチの部屋を訪れたカブトは、殆ど手付かずの朝食に眉を顰めた。
前の日の夕食も、殆ど手をつけていなかった。
「…どういう積りなのか判らないけど、ちゃんと食べないと体に毒だよ」

カブトの言葉に、イタチは何も応えない。
こちらに背を向けてベッドの上に横たわったままだ。
シーツの上に広がる黒髪は誘っているかのように艶かしいが、近づけば拒絶されるのは判っている。
サスケが実の兄で、しかも生命を狙っていた相手との間に子供を設けた事を知った時は驚いたが、惹かれる気持ちは判らなくも無い。

「食欲がなくて食べられないのなら、何か好きなものを言ってくれれば作らせるよ。胎児の成長が著しい時期なのに、食べないのは子供の為にもならない」
カブトは言ったが、イタチはやはり何の反応も示さなかった。
単に食欲がないのか、反抗を示すがゆえの行為なのか、これではわからない。そしてそれが判らないと、対処のしようも無い。
「…だったら良い事を教えてあげよう。明日の昼までには、サスケ君がここに来るよ」
ぴくりと、幽かにイタチの指先が動いたのを、カブトは見逃さなかった。
「サスケ君を心配させたくなかったら、元気な姿で会いたいだろう?だから、ちゃんと食べてくれないかな」
宥めすかすようなカブトの言葉に、イタチはやはり何も答えなかった。

カブトは溜息を吐いた。
大蛇丸はまだサスケの身体を器にする事を諦めてはいない。だからサスケが現われたら出来るだけの手段を尽くして懐柔しようとするだろう。
その手段の一つがイタチと、その腹の子供だ。
サスケが憎んでいた筈のイタチと恋仲になった経緯は判らないが、サスケが大蛇丸の元から出奔した理由がイタチである事は、まず間違いない。
罠だと判っていながらサスケがイタチを助けに来るかどうかでその答えは出るのだと、カブトは思った。
そして少なくともそれまでは、イタチは大切な人質だ。

「…一時間後に、食器を下げに来るよ」
それまでに食べないようならまた点滴をしなければならないと思いながら、カブトは部屋を出た。



「イタチ君の様子はどうなの?」
やすりで爪の形を整えながら、大蛇丸は訊いた。
「…昨日からろくにものを食べてくれなくて。点滴で何とかもたせてますが」
「昔から食欲がムラで、食の細い子だったわよ。味付けを変えてみたら、少しは食べるんじゃないかしら」
「色々と工夫はしているのですが、なかなか……」
困惑気に言ったカブトに、大蛇丸はくつくつと笑った。
「サスケ君が私のところに来たばかりの頃を思い出すわね…。何かちょっとでも気に入らない事があると食事を摂らなくなって……手を焼かされたわ」
でも、と大蛇丸は続けた。
「サスケ君には素直で可愛いところもあったわね。少しでも強くなりたいと、必死で。__それに比べたらイタチ君は……」

何を考えているのか、まるで判らない。
人間ならば誰しも持っている弱みや隙、あるいは欲望や願望というものを、一切、見せない。
だから、手に入れる事は出来なかった。
自分の一族を殲滅したイタチには、己の子供すら弱点にはならないのだろう。
だが今、イタチは自分の手の内にあるのだ。
手元に置いてじっくり観察すれば、おのずと弱点も見えてくる筈だ。
そしてその弱点を突いてやれば、あのイタチも取り澄ましてはいられなくなるだろう。
その時が愉しみだと、大蛇丸は思った。



昼食の皿を一通りつついて、イタチは溜息を吐いた。
カブトに言われるまでもなく子供の為に食べなければとは思うが、どうにも食欲が沸かない。
一旦はつわりが治まり体調が回復するかに思われたが、蒸し暑くなると共に再びそれは悪化した。
ここに拉致されて来てからは、まるで食欲が感じられず、身体もひどくだるい。
精神的な要素もあるのかも知れないが、窓も無い部屋で24時間、人工的な空調のもとで過ごしているのが体質に合わないのかも知れない。

改めてこの施設の特殊性を、イタチは考えた。
瞬身の術で連れて来られたので建物の全体像や他の部屋の造りなどはまるで判らないが、少なくとも自分が閉じ込められているこの部屋は地下にあるようだ。となれば、建物もその一部または全体が地下にあるのだろう。
だが電気や水道の設備は整っており、単なる抜け忍の隠れ家とは様子が異なっている。
ここが大蛇丸の人体実験の為の施設である事はまず間違いないと、イタチは思った。
そしてそんな場所に自分を拉致して来た事、そして医療忍であるカブトがたびたび「子供の為」と繰り返す事から考えて、大蛇丸が子供に興味を持っているのは明らかだ。
男の子であれば将来の器に育て上げ、女の子であったら何らかの実験に使う積りなのだろう。
そんな事は絶対にさせられない__そう、イタチは思った。
だが今の自分には、何の力も無い。
サスケまで捕らえられたら、ますます逃れる術(すべ)が減ることだろう。
「……安心しろ。俺はまだ、諦めてはいない」
腹を撫で、自らに言い聞かせるように、イタチは言った。
その言葉に答えるかのように胎児が動くのを感じ、イタチは幽かに笑った。





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