
(21)
気配を殺しながら、サスケは獣道を走っていた。
産科医はすぐにみつかったが、予約がいっぱいですぐに往診するのは無理だと言われたので、予約だけ取った。
その後、イタチへの贈り物を探そうと思ったが、なぜか胸騒ぎがして早々に引き返したのだ。
鬼鮫がついているとは言え、今のイタチは戦うどころか一人で逃げるのも無理な身体だ。
どこかの里の暗部程度なら鬼鮫一人でも充分、応戦できるだろうが、大蛇丸やカブト、それに鬼鮫と同等の実力を持つ暁のメンバーが複数で来襲したら、持ちこたえられるかどうか判らない。
「鬼鮫さん……!」
隠れ家に戻ったサスケは、血だらけで倒れ伏す鬼鮫の姿に、悪い予感が当たっていたのを知った。
「イタチは!?」
「済みま…せん……大蛇丸…に__」
「連れて行かれたのか?」
苦しい息の下で、鬼鮫は頷いた。
鬼鮫の傷の酷さに比べて家の中はそれ程荒れていない。恐らく初めにイタチを人質に取られてしまい、鬼鮫は何の抵抗もできなかったのだろうとサスケは思った。
「明後日の正午までに…『東の岩屋』まで来い…と。さもなければ……イタチさんを、殺す……と」
「東の岩屋…」
鸚鵡返しに、サスケは言った。
『東の岩屋』は大蛇丸が使っている隠れ家の一つで、ここからだと忍の脚でも二日はかかる。
「時間が無い。あんたの応急手当だけはするから、後は自分で面倒を見てくれ」
「罠…ですよ?それでも__」
「それでも行く。兄貴が人質に取られているんだぞ?」
苛立ちながら、サスケは鬼鮫の服を裂き、晒しで傷口を縛った。
「人質を取られているのに……たった一人で、どうやって戦うんですか…?」
戦う術があるとは、サスケにも思えなかった。
大蛇丸とカブト二人を相手にして戦っても勝てる自信は無いが、イタチを人質にされては手も足も出せまい。
行けば自分まで捕らえられるのは火を見るより明らかだ。
だがそれでも、イタチを見殺しになど出来ない。
「…助けを呼ぶ当ては無いし、あったとしてもそれを待ってる時間は無い。だから、オレは行く」
鬼鮫の応急手当が終わると、サスケは『東の岩屋』を含め、自分が知っている大蛇丸の隠れ家をすべてリストに書き出した。
「オレにもしもの事があったら、兄貴と子供を頼む」
「…サスケさん…」
言い残して、サスケは走り去った。
「久しぶりだわね、イタチ君…」
拉致されたイタチは、大蛇丸の隠れ家の一室に監禁された。
大蛇丸の瞬身の術を使い、三人は瞬時の内にこの隠れ家に着いたのだった。
「本当に妊娠しているのね…。ちょっとお腹に触っても良いかしら?」
「断る」
短く、イタチは言った。
大蛇丸は哂った。
「相変わらずつれないわねぇ…。過去には色々とあったけど、これからは仲良くしましょうよ。大人しく言う事を聞いてくれれば、悪いようにはしないわよ?」
大蛇丸の言葉に、イタチは何も言わなかった。
その寡黙で高慢とも取れる態度は変わっていないと、大蛇丸は思った。
「それにしても……」
ベッドに上体を起こして座っているイタチを見下ろし、大蛇丸は呟いた。
以前に会ったのはイタチが13の時だった。その時にも美しい少年だと思ったが、今のイタチはあの頃よりも更に美しく、匂う様な色香さえ感じさせる。
妊娠による体力の衰えは予想以上だったが、やつれを感じさせないほどのこの美貌は何なのだろう。
単に顔立ちが整っているだけでなく、言葉では表し難い独特の雰囲気があるのだ。
両性具有とはこういう事なのか__そう、大蛇丸は思った。
染色体異常の身体を器に欲しいとは思わないが、自分には得られない『能力』を持ったイタチには、幾分かの嫉妬を感じる。
「…それじゃあ、カブト。後は頼んだわよ」
後ろに控えていたカブトに言うと、大蛇丸は部屋を出て行った。
「それじゃ、ちょっと診せて貰おうかな」
「俺に障るな」
近づいて来たカブトの手を、イタチは振り払った。
カブトは苦笑した。
「僕は医療忍なんだよ?これは医療行為なんだから、恥ずかしがる事は無い」
カブトの言葉に、イタチは無言のまま相手を見据えた。
ざわりと背筋が粟立つのを、カブトは感じた。
殺気や威圧的なチャクラではない。だが、何か近づき難いものを感じる。
それが何なのか判らず、カブトは改めて相手を見た。
サスケとよく似た顔立ちだが、サスケよりもずっと美しい。
しなやかに肩にかかる黒髪のせいか、艶やかさすら感じられる。だがその艶は決して媚を含んだものではなく、むしろこちらを拒絶するかのようだ。
そして拒絶されればされるほど、欲しくなる。
漆黒の瞳に見据えられていると、魂を吸われてしまいそうだ。
「…協力してくれないと、お腹の子供の為にもならないよ?」
自分の気持ちに幾分か驚きながら、平静を装ってカブトは言った。
「大蛇丸様もおっしゃっていた通り、大人しくしていれば悪いようにはしないよ。牢ではなく快適な部屋を用意したのもその表れだと思って欲しい__無論、鍵はかけさせて貰うけど」
だけど、と、カブトは続けた。
「反抗するようならこちらも強硬手段を取らざるを得ない。大分、身体が弱っているようだから手荒な真似はしたくないけど、それは君の出方次第だ」
カブトは言ったが、イタチは応えなかった。
ただ、黙したまま相手を見据える。
「とにかく、診察を始めるよ。余り顔色が良くないみたいだけど__」
帯を解こうとしたカブトの手を、イタチはもう一度、振り払った。
カブトは苛立ちを感じた。
「…僕の言った事を聞いていてくれなかったようだね。薬を使うと胎児に影響を及ぼすから、大人しくしないのなら縛り上げるしか無い」
イタチは黙ったまま、カブトの咽喉に両手を当てた。
カブトは哂った。
「…そんな細腕で僕を絞め殺せるとでも思っているのかい?」
「腕力が衰えていても、コツさえ知っていれば首の骨を折るなど容易い__試してみるか?」
見下ろすかのようにこちらを見据えるイタチの漆黒の瞳に、カブトは、再び背筋が粟立つのを感じた。
こんな風に誰かに圧倒されるのは、初めて大蛇丸に会った時以来だ。
だが今のイタチは体力も衰えているし、チャクラの波動も感じられない。それに、写輪眼も使えないようだ。その上、身重で、戦う術など何も無い筈だ。
だがそれでも、金縛りにあったように身体が強張るのを、カブトは感じた。
「……判った。君の嫌がる事はしない。だから…手を離してくれないか……」
イタチはカブトを見据えたまま、手を離した。
そのまま、カブトは数歩、後ずさった。
無意識のうちに、吐息が漏れる。
「…じゃあ、内診はやめにして…。幾つかの質問に答えてくれないか?まず、正確な受胎の時期と、今までの体調。出血とかおりものとか、何か気になる点があれば、聞いておきたい」
イタチは何も言わず、カブトの存在を無視するかのように視線を逸らした。
「…だったら食欲は?随分、痩せているみたいだから、つわりが酷かったんじゃないかと思うんだけど」
イタチはやはり何も言わない。完全に、カブトの存在を無視している。
その姿は一見、無防備なようだが、近づけば再び威圧されてしまうのだろう。
たとえ力ずくで押さえ込み、縛り上げたとしてもそれは変わるまい。
カブトは、溜息を吐いた。
「……シャワーとトイレは奥だよ。飲み物は冷蔵庫に入ってるけど、何か欲しいものがあったらそこのブザーで呼んでくれ」
7時に夕食を持って来るからと言って、カブトは部屋を出た。
そして、こめかみの汗を拭う。
「『彼は私より強い』……か」
大蛇丸の言葉の意味が今やっと判ったと、カブトは思った。
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